嫉妬させちゃうアースが悪い
調子が良いウマ娘を見たら褒めて口説き、困っているウマ娘を見たら助けて口説き、落ち込んでいるウマ娘が見たら慰めて口説き、特になにもないウマ娘を見ても口説く。それがアースさんの生来の生き方なのだからそれ自体はもう諦めている。
その結果は、例えばバレンタインデーでは大量のチョコという形で表面化する……。
「おお、キタサンブラック! 頬を膨らませたキミもチャーミングだけれど、どうせなら笑顔の方が可憐だよ?」
頬杖ついてムスッとしたあたしの顔をのぞき込む、アースさんの王子様風イケメンスマイル。
「乙女達が胸を高鳴らせる素敵な日に、どうしてキミがそんなに拗ねているのか、バカな私にどうか教えて?」
あたしが臍を曲げている原因が、そこにうずたかく積まれたチョコだとは気付いていない。そういう人だ。
あたしに唇を奪われる隙を作ろうとわざと顔を近づけてきたんだというのはお見通しだ。ぷいっと顔を背けると流石のアースさんも少し動揺したようだった。
「わ、私がなにか悪いことをしてしまったのかな? どうか謝るチャンスを与えて欲しい……」
わかってる。アースさんの口説きに他意が無いことくらい。口説いてる自覚も無いんだってことも。
それでも、本気で心を奪われちゃった可愛そうなウマ娘ちゃん達に、一人一人丁寧に心の籠もったお礼を言いながら大切そうにチョコを受け取っているのを間近で見せられたら、良い気分ではいられなかった。
アースさんはあたしを振り向かせようと必死になって言葉を尽くし、あたしはそれら全て耳を絞って聞こえないポーズをとる。
喉を詰まらせたような音が聞こえて、流石にちょっとやり過ぎたかな? と思ってちらっと視線を背後に向ける。
「……キミの意志が固いことはわかった……。でも、どうか……どうかせめてこれだけは受け取ってくれないか……」
そう言いながらアースさんがおずおずと取り出したのは綺麗にラッピングされた四角い箱。
ぴょこんと、心臓が跳ねた。
「開けてください……」
「え?」
「ここで、開けて見せてください……」
戸惑う様子を見せながら、アースさんはあたしに言われたとおり丁寧に箱を開封し、中身を見せてくれた。
四×四の仕切りに入れられた一口サイズのチョコ。一つ一つ形が凝っている。
あたしのために用意してくれたんだ……。頬が少し熱を持つ。
背けた顔を戻して可愛い人に向き直る。濡れた瞳にへなっと垂れた耳。可愛そうなくらい落ち込んでいるのがわかる。
この顔だけはきっとあたしにしか見せていない、あたしだけのアース。
「……受け取って欲しかったら」
「うん……」
「一つ咥えて?」
アースは一瞬きょとんとするものの、あたしが目を細めると慌てて箱の中のチョコを一つつまみ、口にくわえる。
そうして未だ不安げな視線をあたしに向けた。
あたしは胸の中とお腹の中のゾワゾワを顔に出さないように気をつけながらおもむろに立ち上がる。
愛しい気持ちで一杯なのに怒った顔を続けるのは難しい。揺れる瞳を見つめ返しゆっくり顔を近づける。さりげなく腕を背後に回し逃がさないようにする。
吐息が掛かる距離から一気に近づけて、アースの唇ごとチョコをもらった。
アースの細い身体がピクンと跳ねて、反射的にか下がろうとした身体を腕で受け止める。
自分の唇でアースのつやつやな唇を撫で、舌でチョコをアースの口の中に押し込む。
お互いの舌の熱でじっくりと溶かす。アースの舌の上で舐めて転がして、形がなくなるまでじっくり味わう。
指でアースの尻尾の付け根の辺りの毛を弄ると、尻尾は切なげに揺れた。
「……美味しかったよ♥」
唇を離し、唾液を舌で舐めとりながらアースとチョコの味の感想を伝える。
少し前までとはきっと違う意味で潤んでいる瞳。熱っぽい頬の色にあたしの身体の中の熱も勢いを増す。
アースはチョコをもう一つつまみ、口にくわえて、目を閉じた。