嫁とおねえちゃん.4

嫁とおねえちゃん.4


―当たり前のように両親が居て。


―当たり前のように心が通じ合って。


―当たり前のように愛されている。


―それがどれだけ幸せなことなんだろう。




「……これが、フリルとMEMさんに会うまでにあったこと」


硝太が、苦虫を嚙み潰したような顔で全てを語ってくれた。

正直言って、何て言葉をかければいいのか分からなかった。



最初のきっかけは、最近になってルビーやアクアさんの様子がおかしい、と気付いたこと。

その理由を調べているうちに、二人がとある人物と定期的に接触していると気付いたこと。

その人物の居場所を突き止めて今日会いに行ったら、その人物が自分の実の父親……斉藤壱護だったこと。


そして、再会した父親から語られたのは信じたくない衝撃の事実たちだった。


壱護さんの目的は13年前に星野アイさん殺害事件を裏で操っていた黒幕を見つけ、復讐すること。

そのために苺プロの社長を辞めてミヤコさんと硝太の前から姿を消し、13年間ずっと裏で事件を追い続けていたこと。

更にルビーもアクアさんも壱護さんの協力を得た上で、アイさん殺害の黒幕を見つけ出そうと現在画策していること。

そして……三人とも、場合によっては自らの手を汚してでも犯人の息の根を止めるつもりでいること。


『なんで……なんでそんなことをしようとしてるんだよ!?アク兄やルビ姉まで巻き込んで、しかも二人が罪を犯して堀の中で一生を終えるかもしれないって言うのに、そうなるのを手助けするような真似して!!』


『あの二人は仮にそうなったとしても納得するぞ。生みの親の仇が取れるなら自分がどうなっても構わない、それだけの覚悟がある』


『そうだとしてもっ、残された周りの人達はどうなるんだよ!母さんは……アイさんが居なくなってからずっと、あの二人のことを本物の家族のように……!』


『本物じゃない、所詮は血の繋がっていない他人だ。アクアもルビーもミヤコのことはその程度にしか思っていないさ。ミヤコが頼んでもあの二人は止まらないだろうさ』


『ッ……いい加減にしろよ!!大体父さんこそ何なんだよ!?アンタがいなくなってから母さんがどれだけ苦労して会社を存続させてきたのか分かってるのか!僕のことだって、ずっと一人でここまで育ててくれたんだぞ……それを、こんな……!』


そこまで言われてから、初めて壱護さんは硝太の方を向いたそうだ。

そして、こう言い放ったのだ。


『あいつも大概だな。アイが死んだせいで命の価値が無くなったお前をこんなになるまで育てていたなんて』


そして……彼の口から語られたのは"斉藤硝太がこの世に生を受けた意味"だった。


アイさんの妊娠が判明する少し前、当時の壱護社長はもし自分とミヤコさんとの間に子供が生まれたら、その子にある目的を持たせることを考えた。

それは、"愛を知らない星野アイに愛を教える"というもの。

何でもアイさんは母親から虐待を受けて育ったため、家族を愛する、家族から愛される経験が無かったのだそうだ。

仮に完璧なアイドルとして周囲を欺き続けていても、人間としての本質までは完全に隠し切れない。意図せず脆さが露呈することだってある。このままでは今後のアイドル、更にはアイドル引退後の芸能人としての活動にも支障が出るかもしれない、そんな危うさを抱えていたらしい。

なので、そんなアイさんに弟のような存在が出来たら、彼女の心の隙間を埋めることができ、人間として大きく成長できるのではないか……そう考えたのだ。

そこで壱護さんはミヤコさんと行為に及び、めでたく彼女は懐妊することとなる。


その時ミヤコさんのお腹にいた子こそが、斉藤硝太だった。


―しかしそこで思わぬ事態が判明した。アイさんが妊娠していることが分かったのだ。ミヤコさんの予定日よりも数カ月早く双子が生まれる、と。

自分の子供を待望していたミヤコさんはともかく、それは壱護さんには大きな誤算であった。

もしも他ならぬアイさん自身に子供が出来るのなら、彼女はその子達を通じて人を愛すること、愛されることを知るはず。

では当初の目的を失った自分達の子供はどうなる?これからこの子は一体何のために生まれてくるのだ?


そこで壱護さんは役目を失ったその子に新たな目的を与えることにした。

それは、"星野アイを癒す存在になる"こと。

―端的に言うと、アイさん専用のペットにする、ということだった。


『そ、んな……僕が……ペッ、ト……?』


『お前のことはな、生まれた時からその辺の犬っころ程度の存在にしか思っちゃいなかったよ。要らなくなったら殺処分する程度の命、それがお前だ。愛したことなんて一度もない』


『と、父さ……』


『二人から聞いたぞ、お前、アイのことをこれっぽっちも覚えてないんだってな?俺達がアイの喪失にもがき苦しんでいた間、お前は都合よく自分の記憶に蓋をして辛いことから一人逃げていたって訳だ』


『ち、違う!僕は……』


『じゃあ逆に聞くぞ?お前、自分の目の前でミヤコが刺されて死んだら何を考える?ミヤコが殺されたらそのことは簡単に忘れられるのか?刺した犯人にそれを指図した黒幕が居ると知ったら、そいつのことを許せるのか?死んだ人間は返ってこないから、そういって割り切って復讐を諦められるのか?』


『っ……!!』


『アイはな、亡くなる直前までアクアとお前のことを腕に抱いていたそうだ。ルビーはそのことを根に持ってたぞ?どうして私じゃなかったの、どうして血すら繋がっていない硝太だったの、ってな。その癖に当のお前は最後の思い出すら忘れていたなんて。本当に薄情な奴だな』


『…………』


『これはアクアから直接聞いたんだが、あいつはな、アイが殺されてからずっと犯人を捜し続けていたんだ。片時もアイのことを忘れず、犯人に繋がる手がかりを求めてDNA鑑定にまで手を出していたそうだ。お前は気付いていたか?10年以上そばにいながら、あいつがそんなことをしていたなんて知らなかっただろう?暢気なもんだな。アクアも内心あきれ返ってるだろうよ』


『…………』


『結局な、お前にとって家族だと思い込んでいた存在はその程度の存在だったんだよ。さっさと忘れてしまっていい程度の相手。大事な秘密を抱えていることにすら気付けない相手。苦しみもがいていたことにすら気付いてやれない相手……そんな風にしか捉えていなかったお前に、俺達の気持ちは理解できない。お前に俺達の復讐を止める権利はない』


『…………』


『これ以上お前と語ることは何もない。分かったらさっさと失せろ。二度と俺の前に姿を現すな。もし邪魔をするようなら容赦はしないからな』


『…………』


結局、何一つ言い返せないまま、硝太はその場を立ち去ったのだそうだ。

そして、自宅に帰ろうと歩いていた時、赤信号の横断歩道に侵入しようとして……私達に拾われた。



全てを聞き終えて、私の心はもはや形を留めないほどに様々な感情でぐちゃぐちゃになっていた。

アイさんの死の真相への衝撃、壱護さんへの怒り、ルビーやアクアさんへの憤り、そばにいながら何も気付けなかったことへの自責の念‥‥

ありとあらゆる感情が姿を現してはぶつかり合い、あまりの苦痛に脳が考えることを止めそうになってしまう。

でも、それ以上に。


「顔も覚えていない父親だけど、血の繋がりのない兄弟だけど、心のどこかでさ、期待してたんだ。家族なんだからきっと分かり合えるだろう、って」


ただひたすら、目を離したら今にも砕け散ってしまいそうな硝太に、どうしようもないほどの憐みが湧きあがり続けていた。


「でも、違ったんだ。父さんは僕のことをこれっぽっちも愛してなくて、アク兄もルビ姉も僕達が本気で心配してるなんて露ほども思っていなくて、母さんのことはみんな他人事のようにしか考えてなくて……僕は結局、どこまで行っても"他人"で」


―辛いならもう言わなくていい、そう言いかけて口をつぐんだ。

彼の全てを受け止めると宣言したのは他ならぬ私なのだから。

でもせめて、何か、何か彼に言葉をかけてあげたい。


「何もわかっちゃいなかったんだ、みんなのこと。理解したふりして、知ったかぶった顔して、ずっと目を背けてたんだ……大切な人との思い出からも、本当はみんなから"家族と思われていない"という真実からも」


硝子玉のような涙が、彼の頬を伝っては落ちる。

違う、君はいつだって逃げなかった。今だって憎んで当然の父親と向き合おうとしてる。何とかしてルビーとアクアさんを助けようともがいてる。

そんな君を救えるだけの言葉を、何か、何か。


「家族と思われなくて……愛されなくて、当然だったんだ……僕の価値は……アイさんが亡くなったあの日に、当の昔に……無くなってたんだから……」


頭が回らない。言葉が、出てこない。彼の悲しみを癒すのに必要な、今最も言うべきふさわしい言葉が。

お願い、どうかこれ以上悲しまないで。


「僕は……僕には……何もできない……何をしても価値がない……」


お願いだから、どうか……


「僕なんか……死んでしまっても誰も」


「硝ちゃんっっ!!」


その時、突然硝太の背後から両腕が伸びて、そのまま彼を抱きしめた。



それは、先ほどまで黙って話を聞いていた、MEMちょさんだった。

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