娘さんを僕にください!(嘘)

娘さんを僕にください!(嘘)


「うぉ、マジで氷の君いんだけど……」

「こんな近くで見たの初めてだわ」

ざわざわと地球寮の一角で生徒達がエランを盗み見てはコソコソと話している。スレッタに連れられて来た、とは聞いていたが、黙って座っているだけなのに存在感が……すごい。

「え、エランさん、お母さん来ました!い、行きましょう!」

「わかった」

人形のように微動だにしなかった彼が立ち上がり、扉から顔を出したスレッタの方へと向かう。

「ひえ〜、本当に行ったし。てかスレッタの母親ってどんな人だろうな」

「な〜。まだ付き合ってそんなに経ってないのに、彼女の親と挨拶とか俺なら泣く」

「それな。結婚とか視野に入れてんのかね。やっぱ御三家だし。忘れてたけどスレッタも社長令嬢だもんな〜」

本日の地球寮のネタは尽きることが無さそうだ。


「こんにちは。スレッタのお母さんです」

真っ赤な紅を引いた口が無骨なヘッドギアの下で輝く。

エランは、エアリアルの前に立つその女性を真っ直ぐに見て会釈をした。

「はじめまして。僕は、パイロット科3年のエラン・ケレスです」

「もちろん。スレッタから聞いてるわ」

スレッタはエランと自分の母親が会話をしている光景がなんだか信じられなくて、ソワソワと落ち着かない様子で手をぎゅっと握りこんでいた。しかし決して嫌では無い。姉とエランが話をしている時と同じような、変に心が浮き立つ高揚感があるのだ。

「じゃあ、狭いけど入りましょうか。エランくんがシートに座って。先に私がコクピットに行くわね」

「はい」

エアリアルのコクピットに無理やり3人で入り込む。たとえパイロットスーツを着ていなくとも、2人でさえ狭いのだから、3人はもっときつい。何より自身の母親がこんなに近くにいるのは、エランにとって余計窮屈な思いをさせるのではないか、とスレッタは心配して彼の顔を伺うが、相変わらずの無表情だった。そしてこれからさらに、圧迫面接官は増える。

エランの頬、スレッタの頬、プロスペラのヘッドギアにそれぞれ機械模様の痣が浮かぶ。

「こんにちは。エリクト・サマヤ」

「うん、久しぶりだね。お母さんとボクとスレッタに囲まれて、アナタも大変だね」

「いや、特には」

「あら、さすが肝がすわってるわね」

スレッタはどぎまぎしながら黙って皆の様子を眺めていた。エランは姉に気に入られていたのだから、きっと母にも好かれるはずだ。しかし心配する気持ちは消えないので、何かあればエランのフォローにまわる気でいる。

「今日は私たちの大事な娘が、どんな馬の骨と付き合ってるか見極める……じゃなくて、私たちがエランくんにお願いをしようと思って来たのよ」

「えっ……?」

エランを馬の骨呼ばわりされてムッとなっていたスレッタが困惑の色を見せる。

「なんでしょうか」

「それは勿論、うちのスレッタをこれからも宜しくね、ってお願いよ」

「お母さん……!」

ほう、と息をついてスレッタは喜んだ。大好きな人が、大好きな人達に認められる、というのは自分のことのように嬉しい。

「エラン・ケレス。貴方は何人目?」

「…………4人目、正しくは4号。身体改造された人間は僕の前にもいたかもしれないが、詳しくは分からない。少なくとも、顔を変えて学園に通うことになったのは僕が最初だ」

「そう」

母とエランの会話は、知っている内容ではあったものの、やはりやるせない気持ちが湧き上がる。自分には少なくとも、スレッタという名前はある。誕生日は普通の人間とは違うが。しかし彼には名前が無い。番号だけが付されているなんて許せない。大好きなのに名前すら呼べないなんて、とスレッタはぐっと歯を食いしばった。

「ベルメリア・ウィンストン」

エランが目を瞠る。

「ベルはね、私の後輩だったのよ。まさかこんなことをやっていたなんてね。彼女を恨んでる?」

知らない女性の名が母の口から発せられた。察するに、エランに改造手術を施した人間だろうか。

「恨みは無い。興味も無い」

「うふふ、本当に肝が据わっているわね。ファラクトとかいう機体の操縦もその状態で素晴らしいものだったし、判断力や肉体にも恵まれている……ベルったら逆に勿体ないことをしてると思わないのかしらねえ」

「! そうなの、エランさん、すごいんだよ!ファラクトじゃないモビルスーツでの決闘も見たんだけどね、」

「それは電話で聞いたわよ」

「あっ……」

スレッタは俯いて赤面した。

「確認だけれど、エアリアルやスレッタについて、口外はしていないわよね?」

「していない。証明はできないが」

「ええ、まあ。信じるわ。お喋りなスレッタがいけないのだからね。話したのが彼だから良かったと考えるべきか、彼だから話してしまったと言うべきかしら」

「ご、ごめんなさい……」

母はエランを見に来たはずなのに、スレッタの方が責められていると感じるのは気のせいだろうか。自業自得だ、と肩を丸める。

プロスペラがもう一度、エランの方をじっと見つめた。エリクトも底が知れない笑みを浮かべてエランを見据える。

「私たちは、スレッタがエアリアルの鍵としての役割を終えたら、スレッタを解放するつもりよ。その時、あなたにスレッタを──任せるわ」

「ボクたちの計画をきっとアナタも分かってるよね。地球、宇宙、様々なところが戦火にのまれると思う。学園も、怪しい。でもアナタが、スレッタを守って。スレッタと生きて。一人ぼっちにしないであげて」

エランはゆっくりと頷いた。

「貴方たちに言われなくとも、僕はスレッタと生きたいと、そう思っている」

ばくばくと心臓が痛いほど鳴っているが、必死に口をつぐんでエランを見つめた。

「ふふ……復讐をやめろとは言わないのね。貴方の故郷が酷いことになるかもしれないというのに」

「僕には記憶が無い。おそらく地球の出身だけど、僕がこのような状況になっているということは、家族はもういない、ということだろう。だから、誰もいない故郷に未練など無い」

スレッタはエランの言葉で熱くなっていた頬が、今度は怒りややるせなさで熱くなっていくのを感じた。

──家族がいないことを、そんな風に、なんでもないことのように言わないで欲しい。

「え、エランさん!私があなたの家族になります!だから、だから……どこに行っても大丈夫です!ずっと誕生日をお祝いし合って……そしたら、そこが新しい故郷です……。だから、エランさん……」

「あらあら、聞いたエリィ?これなら孫の顔もすぐ見れちゃうかもね」

「ボクって……伯母さん?」

「ままままま孫……っ!?あだっ!」

動揺したスレッタが頭を壁にぶつける。すると、エランが後頭部をさすってくれたので、余計にぼわ、と顔に熱が集まって喋れなくなった。

「じゃあまたね、エラン・ケレス」

姉がニコニコと今度は無邪気な笑みで私たちを見送る。ハッチが開いて、3人で出た。


地球寮の居住区への道すがら、プロスペラが仮面を外す。

「エランくん。改めて、スレッタをよろしくね」

「はい。彼女と、ずっと一緒にいます。任せろ、とは言えません。情けないけれど、僕一人は本当に何の力も持っていないから。でも、二人でならどこででも、きっと大丈夫です。……だよね、スレッタ・マーキュリー」

エランが淡い笑みを浮かべてスレッタを振り返る。ムズムズする胸を抑えながら、力強く頷いた。

「はい!私とエランさんなら、絶対幸せになれます!!」




…………このあと傍で聞いてた地球寮の皆にめちゃくちゃいじられた。なんなら全校生徒に親公認カップルって広まって死ぬほど恥ずかしかった。

〜完〜

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