姉様
「ロー、狩人様がお戻りです」
「コラさんが?分かった」
このやり取りも、もう何回目だろう。不思議な夢で出会った"姉様"と一緒にコラさんを待つ日々は、おれにとってすっかりお馴染みのものになっていた。
「ロー!悪いな待たせて」
「いいよ別に…おれが外を探索できるわけでもねえし」
外に出たらきっと、おれはまた死にかけの病人に逆戻りだ。だから夢の外を冒険するのはずっとコラさんの仕事だった。
「そうだ、これ…あんたのだろ?」
そう言うと、コラさんは少しだけ身をかがめて手を開いた。背伸びして覗き込めば、手袋をはめた大きな手には小さな髪飾りが乗っかっていた。
コラさんはよく夢にあれこれ物を持ち込むけれど、今回はどこからどう見たってただの髪飾りだ。でも、たしかに姉様の灰色の髪によく似合うと思った。
「これは…なんでしょうか?」
いつも凪いだ湖のような姉様の声が、揺れている。
「私、私には何もありません、分からない、分からないのですが」
「姉様?」
「…温かさを感じます…こんなことは、はじめてです…」
「…ああ」
「私は、おかしいのでしょうか?」
髪飾りを胸に抱き込んだ姉様を、コラさんは静かに見守っていた。夢にしか居ないはずの姉様にとってこれがどういうものなのか、初めから知っていたみたいに。
「ああ…でも、狩人様。これは、やはり喜びなのでしょうか」
はらはらと白い涙が、灰色の瞳から流れていく。コラさんに拭われたそれは、珀鉛によく似た涙型の石になっていた。
手渡された滑らかな石は、コラさんがきらきらグモをやっつけてからヘンな色になった空の下でも綺麗な白を跳ね返している。
「これ、おれが持ってていいのか?」
「いーだろそりゃ。…温かさを感じられたってんなら、きっとお前と一緒に過ごした時間のおかげだ」
「そういうもんか…?」
「そういうもんだよ」
コラさんはそれだけ言い残すと、鴉羽のコートを着込むようになってから置き去りにされてる、あの黒いファーコートにくるまって眠り始めた。今回の冒険はまた大変だったみたいだ。
探索は上手くいってることもあれば、いってないこともあるみたいだった。
外じゃまともに休んだりはできないみたいだから、本当はもっと帰って来てほしい。何度かそう伝えても、変に頑固な所のあるコラさんは全然聞いてくれやしねえ。
「姉様、その髪飾り、おれが付けてやろうか?」
「お願いします」
背の高い姉様に座ってもらって、きれいな灰色の髪を小さなカメオの取り付けられた髪飾りでまとめていく。
折角ならコラさんがやればいいと思うけれど、銃器の取り扱いはビックリするほど器用な癖に、こういうことはからっきしの人だから仕方ない。
おれはといえば、こういうことにはちょっと慣れていた。故郷では妹が、ラミがいたから。
「できたぞ」
「ありがとうございます」
立ち上がった姉様が笑う。人形と名乗り、名前が無いのだと言ったその人を姉と呼んだのは、この場所がどうしても故郷のあの家に似ていたから。
ゲールマンは、お爺様はおれに医学を教えてくれた。
姉様はいつも、そっとおれに寄り添ってくれた。
コラさんはいつだって面白おかしい冒険譚を語って、あんまりの荒唐無稽っぷりに原型はどんなだったんだよと渋い顔をするおれを笑っていた。
そしていつもどこからかこの夢にやってくる友だちは、いつだっておれや、おれの語るコラさんの話を信じてくれた。
ここにはおれが故郷で失くしたものが、たくさん詰まっていた。
夢の中でもお爺様のもとで医者の勉強を続けてると言ったおれに、ひどく嬉しそうにしていたコラさんの顔を胸の奥にしまい込む。
なあコラさん、おれもう病気が治らなくったって構わねえって思ってるんだ。
だってここには姉様もお爺様も、友だちだっている。
なによりずっと、コラさんと一緒にいられるだろ。
黒いファーコートに潜り込んで、コラさんのやたらと高い体温を感じながら目を閉じたおれは、そんなどうしようもないことを考えていた。