姉弟関係の終わり

姉弟関係の終わり


 もともと、ゼイユとスグリの姉弟関係においてはゼイユが圧倒的な力を持ち、スグリは不本意にせよ従うのが定石であった。しかしそんな一方的な関係は、スグリがゼイユに敵わない間でしか成立しないものだった。

 いくらゼイユが女性としては体格に恵まれていたとしても、スグリが成長期に差し掛かると男女差は無視できなくなっていた。それでも勝気なゼイユが精神的に上位に立っていたおかげで、歪ながらも子供の頃から変わらない姉弟関係が続いていた。しかしそんな薄氷の上に成り立つような関係は呆気なく変わってしまった。

 

 林間学校を急遽切り上げてスイリョクタウンを発つ前日、スグリはずっと自室に引き籠っていた。ゼイユもオーガポンに絡むあんなことがあった手前、アカデミーの生徒と顔を合わせたくないという弟の気も分からなくはないため好きにさせていたのだが、さすがに夕食すら顔を見せずに祖父母に心配を掛ける態度は気に喰わなかった。

「スグリ、入るよ!」

 ノックもせずにスグリの部屋を蹴破る勢いで入って来たゼイユは、ベッドの上で膝を抱えて蹲るスグリの髪を掴み無理やり顔を上げさせる。いつもなら髪を掴んだ時点でスグリからの情けない謝罪の声があがるのだが、その時のスグリは髪が数本抜けても眉ひとつ動かさず、ただじっとゼイユを生気の抜けた目で見つめるだけであった。

 弟のいつもと違う様子に底知れない薄ら寒さを感じたゼイユだが、怯えを悟られまいと努めて声を張り上げる。

「あんた、いい加減にしなさいよ。ずっとこうして、いじけているつもりなの?」

 ゼイユの怒声にも、しかしスグリは表情を動かさない。さすがにどこかおかしいと感じたゼイユは

「……まああんなこともあったからさ、でもご飯くらいは食べなさいよ」

と、怒りを引っ込めて宥める口調になってしまう。だがそれでもスグリの顔は動かず、それどころか自身の髪を引っ掴んでいるゼイユの手を大きく振り払った。その勢いに思わずよろめいたゼイユを視界に映したスグリは……途端、口角を歪につり上げた。

 スグリはゼイユの手首をしかと握りしめて引き寄せ、骨の割れる音が鳴りそうなほどの強い力で締め付ける。

「……ねーちゃん、痛いなら振り解けばいいべ」

 スグリの煽るような言葉にいつものゼイユなら数十倍にして言い返すはずだが、今までにない弟の加虐性に恐れを抱いた彼女はただ顔を歪めることしかできない。何とか逃れようと腕を振り解こうとするがびくともしない。

 前までなら口でも力でも敵わなかったはずの姉が成す術もなく自分のいいようにされている。スグリにとって姉とは強くて敵わないはずの存在だった。なのに今、目の前にいる姉は……鬼様に選ばれなかった自分に負けるほどの弱い存在でしかないのだ。

 

 おれはアカデミーから来たあいつよりも弱かったから鬼様に選ばれなかった、ずっと鬼様に憧れていたおれじゃなくあいつが選ばれたのはあいつが強かったから、あいつは強いから弱いおれから鬼様を取り上げても咎められなかった……弱い奴は強い奴にたてついたらいけないんだ。

 だったら姉より強い自分は……目の前のこの弱っちい姉を好きにしていい。そうだ、今まで自分が姉に手を上げられたのも隠し事されて除け者にされたのも、姉の方が強くて自分の方が弱かったから。だったら同じことを、いや、どんなことでもしていいはずだ。だって姉は自分より弱いのだから。

 

 スグリはゼイユの両腕をまとめて左手で押さえ、身体ごとベッドへ沈み込ませる。右手で制服の前を無理やり開けてやれば千切れたボタンが床に転がっていった。

「じょ、冗談よね? あたし達姉弟でしょ?」

 弟がしようとしている行為を察したゼイユの声は恐怖で上擦り、引きつった笑い顔のような表情を浮かべる。だからといって頭ごなしに「やめろ」と制止してしまえば、弟が及ぼうとしているその行為が本気であると認めてしまいそうになる。姉としての最後の意地で、それを弟の悪ふざけの延長でしかないと矮小化して冗談にすり替えようとした。

 しかしスグリは姉のそんな悪あがきを気にも留めずゼイユに馬乗りになり、右手だけだとまどろっこしいと焦れて両手で姉の服をはだけさせていく。ゼイユは両腕を解放されたが、動揺のせいか抵抗らしい抵抗などできなかった。

 

 下着も外され、ゼイユの日に焼けていない白い肌がスグリの目に晒される。品定めするかのような視線に居た堪れなさを感じたゼイユは思わず

「なんで、どうしてこんなことするのよ……」

と呟く。消えるような小さな声だが、スグリの耳には入っていったらしい。

「そんなの決まってるべ。おれの方がねーちゃんより強いから」

 やおらスグリはゼイユの首に手を伸ばし、両手で作った輪でゼイユの細い首をぐるりと囲む。その輪をゆっくりと絞めていくと、ゼイユは生殺与奪を握られた恐怖に目を見開いた。

「はは……ねーちゃん、弱っちいな♡」

 へらりと笑ったスグリの顔は昔と変わらない弟の顔であるはずなのに、今のゼイユには見知らぬ男の顔にしか見えなかった。

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