姉はいなくてひとりぼっち

姉はいなくてひとりぼっち




溺れているような息苦しさを感じることがある。

気温は大して寒くないのに体は芯から凍える震え、雨にずぶ濡れただと錯覚する。

調子が悪ければ上手く呼吸できなくなったりするのだが、今日はそんなことは起こらずただ息苦しさを感じるだけだった。

気を失ったことはないけれど、いつかそうなってしまうかもしれない。

体を乱暴に扱っているのでその自覚はあるし、こうなってしまった原因も覚えている。


── 一言で言えば失敗したのだ。


ぼんやりとしながら夜の暗い海を見る。

波は静かで、海面には月が浮かんでいて……

その光景はとても幻想的だと感じた。あの時と違って。

こんな賞金稼ぎに成る前のもっともっと昔の…遠い記憶の話だ。




                       # # #




目を覚ますと、きれいな町並みが炎に包まれていた。

お父さんと綺麗だねと感想を言い合ったあの風景はもうどこにもない。

あるのは無残に破壊された街並みだけだ。

夜の闇を照らす赤い炎が町のあちこちで上がっている。

港からお父さんたちの船の後ろ姿を水平線に消えるまで見続けた。

ひとりにしないで、おいていかないで。

町を燃やす業火が、夜の黒い海を赤く染め上げる。

目を赤く染め上げた赤い炎は、何時の間にか振ってきた雨で消えていく。

雨が降ってきたことに気がつからないくらいに、

ぼぅとただずんで船が消えて行った方向を眺めていた。

もしかしたら夜が明けていたかもしれない。何時間もただ何もせず動けずにいた。


何より置いていかれた事実を認めたくなくて、

悪い子になったから捨てられたんだと思って。そんなことあるはずがないのに。

だって私とお父さんは家族なんだもの。そう思いたかった。

けれど現実はいつだって残酷で、私は一人ぼっちになった。

痛い、痛い、痛い。


「痛いよぉ……」


胸を締め上げる苦しみを口にしても助けてくれる人はいない。

雨で濡れた震える体なんて気に成らないほどに、内側から締め付けられる。

ボロボロと涙を流してもソレを拭いてくれる人はいない。


いつかきっと迎えに来てくれる。

そうして一緒に暮らせるようになる。

そんな日を一瞬だけ夢見て、そんな日が来るわけがないと思ってしまった。

お父さんの船にいた日常を思い出して、辛くなってしまった。

辛く感じてしまった。


「は、ははっ…」


幸せだった思い出が、辛い思い出に変わったしまった。

嫌だ、幸せな思い出は幸せなままでありたい。お父さんを嫌いたくない!

辛くなった記憶なんて背負ってたくない!!



波の音が耳に届いた。


……。

そうだよ。こんな世界にいたって辛いだけだもん。

仕方ないよね? 私の居場所なんてどこにもないんだし。

早くこの苦しみから逃げ出したい。

お父さんに会いたかった。

会いたくてたまらないよ……。

ねぇ、お父さん―――




   ざ

         ば


    ん



その一歩を踏み出した。

目を閉じて、ゆっくりと意識を沈めていく。

やがて思考も闇に包まれていき、何も考えられなくなって……



    ご

            ぽ


      ご



  ぽ


いきぐるしい、くるしくてめがさめた。

ねむりたいのに、ねむれない。

からだじゅうつめたくて、ふわふわしてる、すごくきもちわるい。

うえはきらきらしてて、てをのばす。

ぐるんとからだがかいてんして……


















目が合った。



「うぅ……げほっ、ごほ」


お腹に違和感を覚えて、海水を吐き出して目を覚ました。

咳き込みながら起き上がると、そこは砂浜だった。

辺りを見渡すと大小様々な残骸が打ち上げられており、その中にはあの港街の住人であろう死体も混ざっていた。

少し遠くに白い煙を上げる廃墟が見えた。あと港街から流れ着いてしまったらしい。


「いたっ…」


お腹がじんじんと痛む、足元を見れば大きな流木が転がっていた。

きっとこれがお腹にぶつかったのだろう……

そう思った瞬間、私は自分が海に落ちたことを思い出した。

そして海草にくるまっていた死体の目が合ったのを思い出した。

途端に恐怖で体が震えだす。


あぁなりたくないと思ってしまった。死にたくないと思ってしまった。

逃げ出すのは失敗した代わりに、生きる理由を手に入れた。




                       # # #




溺れているような息苦しさはきっとあの日を忘れない為だ。

体の震えは止まらない。怖いのに、忘れたくない。

忘れてしまったら私は何もなくなってしまうから。死にたくなくて生きてきた。

だからじっと体の震えを抑えるように、自分の体を自分の体を抱きしめて目を閉じた。

そうすると少しずつ震えが収まっていって……動けるようになる。

今日が辛くても痛くても、きっと明日の私は生きているのだろう。













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ふと、最近生きてて良かったと思うことがある。

少なくともあの時逃げ出すのに成功してしまえば、死んでも死にきれない思いをしただろう。

天気は晴天、サニー号と甲板でお姉ちゃんとルフィを両脇に一緒に日向ぼっこをしていた。

二人で肩を寄り添うのも悪くないけど、さすがに三人に挟まれるとせまいなぁ……。

でも、この狭さが心地よい。

そう感じながら私は目を閉じて風を感じていた。

今日はとてもいい日だ……心からそう思えた。


「ねぇ……二人とも」

「ん?どうした」

「どうしたの?アド」

「これから先もずっと一緒にいようね……」


私が微笑みながら言うと二人は嬉しそうな表情を浮かべる。

そして私の手を握り締めてくれた。二人の手はとても暖かい。


「あぁ!もちろんだ!」

「うんっ!約束する!!」


二人の笑顔が太陽のように眩しく見えた。

そんな風に思うと同時に目頭が熱くなるのを感じた。

なんだろう……視界がぼやけてきた……。

そうか、泣いているんだ私……。


「ありがとう……二人とも大好きだよ」


私は涙を流しながらも笑った。笑顔、作れてたかな?

その涙は決して悲しさとかではなくて、嬉しくて涙を零す。

もしかしたら久しぶり、ううん。始めてだったかもしれない。

両隣の体温が心地よくて、体を傾けるとぎゅっと腕を寄せて受けていてくれる。

いつまでもこんな日々が続くといいな……。


                            溺るような息苦しさはもう感じない。


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