好きになったのは誰?

好きになったのは誰?


今日も手紙を差し出された。

「……悪いが、受け取るつもりはない」

「今日のは自信作だったのですが」

「恋文など貰っても返事はしかねる。だから受け取らない。何度もそう伝えているのだが?」

「ここでは生前のしがらみなどに囚われる必要はありませんよ?」

何度断ってもめげずに送り続けてくる相手との関係は好敵手、とでも呼ぶべきものだ。

「………」

「晴信?」

「ここでの記憶は座には持ち越せないのだろう?」

「まあ、そうだとは聞いています」

「だったら、別のどこかでお互いに召喚された時、お前の中のその想いとやらはどこへ行くんだ?」

仮初の姿で存在する自分たちが今持っているこの感情は、一時的なものに過ぎないのではないだろうか。

「どこにも行きませんよ。これは座に呼ばれるよりも前から、私の中にあるものなので」

「でも、名前を付けたのはここに来てからだろう?」

「名前がなくとも想いはあります」

ここで付けた名前と、別の場所で付けるであろう名前は果たして同一のものであろうか?


一旦状況整理をするとしよう。

「……おまえは俺が好き」

「はいそうです」

「俺はそうじゃない」

「今は…です。もしかしたらと夢を見ることも、許されませんか?」

「もしかしたら…ねぇ」

大体、こいつのことは戦場で相対した時ぐらいしか知らないのだ。そこで抱いた思いは愛や恋とは違う。

(有事の際に出会った相手に、平時とは異なる感情を抱く……吊り橋効果?だったか?)

高揚感を履き違えているように思うのは俺だけなのか?

「俺の中にはおまえの想いに答えられるだけのなにかに、行きつく方法がない」

「ですから、こうして手紙を書いているのです。少しでも道標になればと思って」

「………やっぱり、受け取れない」

「そうですか」

すっぱり諦めたわけではなさそうだが、しょんぼりとした雰囲気で去っていくのを見送った。


(あいつは俺のどこが好きなんだろう)

(俺たちは影法師。誰かのどこかを切り取ったもの)

(生前の姿そのままでいるサーヴァントなど、いるのだろうか?)

甲斐国主であり武田の棟梁であることが己の根幹である。

(今ここにいる俺は本当に俺自身なのか?)

(後の世のイメージで形作られた部分もあるのに?)

(愛だの恋だのに現を抜かすような俺は、俺でない気がする)

(ここは夢の中のようなものだから好き勝手にふるまっても許される?そんなもの、ただの都合のいい言い訳だ)

あちらこちらに散らばっていく思考は、段々と深みに陥っていく。

ふらりと立ち上がって歩き出す。目的地も何も決めないまま進んでいった。


当てもなく歩いていると腕を掴まれた。誰だろうと思ったら心配そうな顔の相手がいた。

「母上お疲れですか?……失礼します」

そのままひょいと抱き上げられた。昔とは逆の立場になるなんて、大きくなったものだ。

部屋まで連れて行ってくれた後、ベッドに降ろされた。

「熱はありませんね。横になって休めばよくなるでしょうか?」

寝かしつける態勢に入りそうだったので慌てて止めた。

「いや、四郎。体調が悪いわけではなくて…考えごとをしながら歩いていただけだ」

「そうだったんですか」

「ちょうどいい、考えをまとめるのに付き合ってくれ」

隣に座らせて、話し出す。こんな時は誰かの意見を聞くのも重要だ。


「恋文を差し出されてな…もとより返事をする気もないので受け取らなかったんだが」

「こいっ…」

「あいつは、その、人間とやらの勉強中みたいな部分があるだろう?」

「大分、人らしくなられたように思いますが……」

そう言われると表情だったり、態度だったり、感情表現が出来るようになってきたと思う。

「初めて人だと思ったのが俺だったせいなのか鳥の雛みたいな感じで着いてくるし、知らない感情を確かめる時はまず俺の所に来るし…」

「えっと…大変でしたね」

「真似事をするのをやめろとは言わんが、対象を俺以外にしてほしい気持ちもある」

「謙信公が求めていらっしゃるのは母上だと思いますが」

「あいつが俺を求める理由って何なんだろうな」

「それは、難しい問いですね」

「ここが戦場だったら、捕虜なのかな?とか思うんだが」

俺もこの子もそうなのだが、良くも悪くも『武田』のために生き、『武田』のために死んだのだ。敵将に執着する理由など『こちらの利になるから』ぐらいしか思いつかない。

「その…謙信公は母上になんと仰っておいでなのですか?」

「『好きだ』と言われた」

「それはやはり愛の告白なのでは?」

「うーん…色々と考えてはみたんだが……」

そのまま自分が考えていたことを伝えてみれば納得したような、そうでもないような…という顔をされた。

「確かに、今の謙信公がこちらの知っている姿そのままだという確証はありませんね」

「だろう?それに、俺も、四郎も、うちの皆も、どこかしら違和感を覚える部分があったとしてもおかしくない。それを言い表せるかどうかは別として」

「『名前がなくとも想いはある』と言っていたが、それはいつ、どの姿の俺を見て、抱いた想いなのだろうな」

「……母上は母上ですよ。たとえ、どんな姿かたちであっても」

あの頃と同じ瞳で見つめられて変わらない部分もあるのだと知った。


「初志貫徹ってことで今度も手紙は受け取らないことにするか」

「中身が気になるので見てみたいとは思いますが、そんな理由で受け取ったら悪い気がします」

「『添削してほしくて持ってきました』とかならまだ受け取りやすいんだが…『本気です』って言われると覚悟がいるんだよな」

「………僕が母上に恋文を書いたら、読んでくれますか?」

小さい頃を思い出すような愛らしい表情で問われた。

「それはもう、大歓迎だ。いくらでも返事を書くぞ」

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