好いたあなたに無理を言い
娘ちゃんは撫子ちゃん
全くもって事実ではないけれど、捏造というのも違う気がする。かといって事実を元に盛りまくったにしてはネジ曲がっている。
なにせ前提から違うのに、作り話というわけでもないのだ。書いたやつは本当にそう思っていただろうとなんとなくわかる。つまりこれは。
「……認知の歪み」
「さっきから難しい顔してなに読んでるんだい?」
「尸魂界からもってきたやつッスよね?」
「これ?藍染惣右介の日記」
全くタイプの違う二人からの「は?」を貰いながら、勝手知ったる浦原商店の畳に寝転がりながら血だけの父親の日記を読む。
だってひよ姉に見つかったら破り捨てられそうなので家で読むわけにもいかないし、石田も浦原さんもなんでかアタシのことを仲間はずれにするので丁度いいのだ。
「娘に日記読まれるってどうなんスかね……」
「読まれんの嫌なら捨てればええやろ」
「なんでそんな物を」
「いけ好かないからなんか弱み握れるかなと思って、いらんならちょうだいって貰ってきたの」
どうにもなんの証拠にもならない見られてもいいように脚色されたものだと判断されたらしくて、他の諸々の紙類とまとめて燃やすかと五番隊で処分待ちだったのを持ってきたので変なことはしていない。
最もアタシとしてはアイツの弱みを握れたらが三割で、大部分は全然教えてくれないみんなの尸魂界にいた頃の姿がちょっとでも知りたかったからなのだけれどそれは言うまい。
みんなポツポツとは話してくれるけど、色々あるのか詳しいことはあまりアタシに教えてくれないのだ。
あれだけ一緒にいた夜一さんの実家がなんかものすごいお貴族様だったことすらアタシは最近まで知らなかったし。
色々終わった後に夜一さんに「偉いお家の人やったん?」と聞いたところ、色々省きながらもなんやかやと教えてもらった。
その中で冤罪をかけられた浦原さんを単身助けにいってその場から拐って来たことも聞いたりしたけど、浦原さんは一度もそんな話はしたことがない。秘密主義め。
正直いってアタシが浦原さんなら確実に惚れてしまうと思った。白馬の王子様ならぬ黒猫の王子様だ。いや、お姫様かもしれないけどそれは置いておくとして。
そんな風に夜一さんのかっこよさにアタシがキャーキャー言うと本人も満更ではないようにドヤっていたのでよく覚えている。
まぁそんな顔しながらも細かいこととか肝心なことはあんまり教えてくれなかったのだけれど。
「なんかなぁ……随分と認識が歪んでるというかなんというかで、すごいことなっとるの」
「嘘書いたとかじゃないんスか?残ってたならそういうことでは?」
「浦原さんアイツの中で自分のことフッたオカンと逃げたことにされとるけど」
「ええ??」
もちろん事実は全く違う。というか浦原さんがみんなを連れて現世に逃げなければいけなかったのは、虚化させて冤罪被せたアイツのせいに他ならない。
なのに「最後まで受け入れてはくれなかった」とか「あの男にみすみす奪われた」みたいなことが書いてあるのだ。
いやお前のせいやろ。とはなるが、どうにも本気でそう思っていたような気がしてしまう。ムカつく話だけど血のせいかもしれない。
そもそもアイツはオカンにどうして欲しかったのだろうか、聞いたような所業をされても好きだと縋って欲しかったのか。
…………いやぁオカンにそれは無理やろ。
百歩譲って被害が自分だけなら針の穴を通すくらいの可能性はあったかもしれないが、被害を出しまくってる時点で針へし折って砂漠に捨てて見つけても砂で穴が潰れてるくらい望みがない。
「……石田は酷いことした相手がまだ自分のこと好きになってくれると思ってるやつのことどう思う?」
「厚顔無恥だと思う」
「せやな、アタシもそう思う」
浦原さんはなにか微妙なものを食べたような顔をしているけど、頭が良かったらしいあの男は恋愛事では脳みそが働かなかったんだろうか。
「まぁ、あれッスよ。恋をすると愚かになると言いますし」
「恋した相手にあんなことする?」
「いやぁ……あの人も、なんというか……複雑な感情を向けてたんでしょうね」
ひどくもってまわった言い回しをするのでなんだかムカついて浦原さんの背中を蹴ったらヘラヘラした顔に戻って「痛いじゃないですか」と言った。
「ま、撫子サンも思わせぶりなことはしない方がいいッスよ」
「そんなんオカンが悪いことしたみたいやん」
「いやいや、狙ってなくても相手に好意があれば勘違いされることもあるんで、気を付けてと」
「なんやあいつあんなに女侍らせとるのにどーてーなん?」
「……平子さん」
石田が言外にお行儀が悪いと咎めたので畳の上にちゃんと座って口を閉じた。
アタシだって実の父親が童貞なわけないのは分かってるけと、でもあの面あの言動あの女の侍らせ方で勘違いして粘着するのって相当あれじゃないかとは思う。
「僕は少し分かるよ、君は誰にでも友好的だから」
「アタシ友達としか仲良くせんもん」
「うん、そう……では、あるね」
「大変でしょう?揃って無自覚なんスよ」
「……鍵をかけ忘れた家に強盗が来るような話ですね」
「あー……いい得て妙というか、悪いのはあっちなのは間違いないんスけどねぇ」
「またアタシ抜きで喋ってる!」
憤慨するアタシを二人揃ってピーピーなく雛鳥を見るみたいな目で見たので、腹いせにあの男の日記を適当に放ってまんじゅうを食べることにした。
そういえば日記にはオカンが疲れてるだろうと買ったのをくれたことが書いてあったなと、ちょっと思い出しながら。