女神魔性転生 クルクシェートラ8
生まれたときから欠けていた。
母は凶刃に倒れ自らも河の底に沈もうとしていた。
それは花が肉体となったもの、存在意義を失くし太陽がなければ生きられない人しても花としても中途半端なものだった。
太陽は許さず欠けた存在を太陽神の加護で埋めた。
失くしてばかりの生だった。肉は半分を別けられた。残ったものは花だけであった。母を、弟を、妹は存在すら消された。別たれた肉は全ての魔性の煮凝りとなった。空いた席には異母兄が成り代わった。機構としての己、ドゥリーヨダナとしての運命はその手からこぼれ落ちた。新たに得た兄も、見つけた弟も、細やかな未来も壊れた。残ったのは散りゆくしかない花の体だけだった。
その身には魂しか残らなかった。
だが思い出して欲しい。
その男は神々の思惑を魂一つで出し抜いた。
賢く愚かで傲慢で博愛に満ちた魂が諦めることを許さない。
伝承でカリは翻訳上神カーリーと誤認された。カーリーの化身と認識されるなら、それは反映されるべきだ。
女神が花で体を作ったのならば、そこに花の女神の幸運が宿らないはずがない。
他の世界線では五王子を、神殺しを成した世界線があった。その魂が同一だというのなら、この魂にできない道理がない。
魔性殺しと神殺し、幸運を与える新たな運命があってもおかしくはない。
これは今宵限りの奇跡、女神が目覚める前に、花は咲き誇り魔性は眠りに着くだろう。
これはクル族の終末を賭けた戦いの物語である。
光が収束する。持ち得ないはずの力が、溢れる。人の身に過ぎた力が体を軋ませる。
「よし、いいぞ。」
「・・・力はいいが、はち切れそうだ。」
「言っただろう。幸運を、特攻をそうだな、カルナにでも盛っておけ。それで溢れるなら適当に振り分けろ。」
「分ける?盛る?」
「祝福の与え方もわからんのか。」
凶兆の申し子が祝福なんて与えたことないに決まっているだろう。
「・・・兄様。」
カルナの手を握る。ぐるぐるするものをゆっくりと流す。気持ち悪さは少し和らいだ。でもまだ多い。
「ビーマ、渡部綱。」
カルナで要領はわかった。二人分、切り離して付与した。残った分は自分で打ち込めばいい。だが問題は、もう一つある。
「どこを狙うか・・・」
大地の女神はまだ動く気配はない。角は罅が入ったまま完全に割れてはいないことが原因だろうか。
「・・・大物を倒すんなら、どういう成り立ちをしているかっす。そのものが大きくなったか、本体に肉付けされて大きくなったか。前者はそのまま倒すしかない。後者は本体を倒さないと死なないっす。」
ガンダーラ国に来てから、あれが自分から別れたものであるという実感が強くなった。自分と繋がりを感じるのは、胸の中央だ。あそこに自分の半分があるのが嫌でもわかる。
「後者だ。胸の中央を狙え。」
「足場は用意しよう。」
マーリンが杖を振ると花の道ができた。
「アーユス、俺もっ。」
服の裾をアシュヴァッターマンが握る。その手を握り、少しだけ祝福する。
「お前は立香を守れ。ガネーシャ神がいるとて他がサポートに回れば隙はできる。できるな?」
「・・・わかった。」
本当に、いい子でよかった。花の道を駆け上がる。棍棒に祝福を込めて、胸の中央を打つ。岩が砕け、肉が弾け飛ぶ。ビーマが追撃し、渡部綱が更に肉を切る。
「カルナァ!!」
「承知した。」
カルナの強靭な腕が弓を引く。轟音と炎を放ち、魔性の根源を穿った。
剥き出しになった少女の器を矢が貫く。少女に炎が取り巻くがそれが肉を焼くことは、なかった。
「ーーーーー」
それは女神の嘆き。声の風圧で足場になっていた花は散り、前衛も弾き飛ばされるのが見えた。角の罅が大きくなる。体の隙間から肉が膨張するとそれはそのままカリになった。ほとんどがこちらを無視して四方八方に向かっていく。進行路にいればそのまま襲うがほとんどが大地を平すように建物といった障害も気にせずに真っ直ぐ進む。人がいれば、潰して進む、村があれば、壊して進む、街があれば粉砕する。あれは殺し尽くすまで終わらない類の厄災だ。凸凹の紫色の角の下から赤い硬質で滑らかな表皮が見える。ああ、羽化が始まってしまう。
「アーユス!!」
「アシュヴァッターマン、待って、ガネーシャさんの後ろにいて!あの数は槍じゃ無理だ!!」
「私の宝具とアスクレピオスの宝具を重ねがけする。」
「お願い。」
『永久に閉ざされた理想郷』
『倣薬・不要なる冥府の悲歎』
花が再び舞う。模倣された死をも避ける加護が宿る。カリの勢いは減らないが花を避けるようにカリが移動するようになった。足場が戻ったことで前衛が攻撃に戻っているが決め手に欠けている。これではいつか物量に負けてしまう。回復手段があるとはいえ、精神は回復しない。いずれどこかで綻びが入る。少年のアシュヴァッターマンは槍を握りしめている。握りすぎて、手が擦り切れている。ただ一人、無力であることを噛み締めている姿は、異聞帯の自分と少し似ていた。
「助けたい、っすか?」
思わず言ってしまった。後悔は後に立たない。それは、かつての自分。何もできなかった、何もしなかった、ただ、死ぬことが怖かった。何でもない自分を、ただ受け入れてくれた人に報いることもできずにいた自分。その無力を知っている。
「ああ。」
『何度だって同じことをする。』と言った怒りの化身。呪いを受けるとしても、彼を踏み躙られたら同じことをするのだ。この子は小さくてもアシュヴァッターマンだ。今までうんともすんとも言わなかった本当のガネーシャ神の忠告が入る。力を貸す、ことはできる。ただこの子はまだ人間で、人間が強い力を持った時向かうものは破滅である。力を貸すなど、傲慢に過ぎた。
「呪われても?」
「いい。」
彼は怒りの化身のくせに、生命を慈しむ愛をもつ人だったとマハーバーラタには記録されている。カルデアの彼も、口は厳しいが優しい人だと、カルナを通じてわかっていた。そして決めたことは貫くと、身をもってわかっている。右手にある斧が光る。光はアシュヴァッターマンにも伝播する。
「使って。シヴァの加護、ガネーシャの加護を。」
光が収まる頃には背丈が伸びた、彼がいた。カルナと同様にカルデアの彼よりも少し大きい。パラシュも心持ち大きくなっている。
「ガネーシャ神のご好意、感謝します。」
「・・・奇跡なんて、起きないんすよ。」
力には、代償がつきものなのだ。それでも彼は選んだ。選ぶことができる強い人だ。
ガネーシャ神の加護を盾に花の道を登る。花の上にはカリも乗ってこない。カルバイラヴァの力が溢れる。幼い体では御しきれない力もこの体ならなんとかなった。
「アーユス!!」
「アシュヴァッターマンか!?」
兄の姿は少しおかしかった。別れた時よりも、全体の色素が落ちている。その顔が、悔しげに歪んでいる。多分、お互いの状態について悟ってしまったのだろう。花は咲けば散って枯れるしかない。薪は燃えてしまえば灰しか残らない。
「アーユス、俺に、全部の祝福をくれ。」
「・・・お前には生きて欲しいのだが?」
今の体では兄はひどく小さく見えた。
「お願いだ。」
これが最後なのだから。いつだってカルナの次だったのだ。こんな時ぐらい、一番でいさせてほしい。
「我儘な弟だ。」
「アーユスの弟だからな。強欲だ。」
「そうだな、この中でお前が一番偉い。全部手に入れることを選ぶお前は賢い。」
欲しがっていい、そう言ったのは、貴方だった。どうして欲しがらないのかといつも不思議そうだった。
「全部、欲しい。全部くれ。」
欲しがらないのは、諦めていたからだ。でも、今は諦めない。
「いいぞ!!俺の全部持っていけ!!」
体に、ガネーシャ、シヴァ、アーユスの祝福が、満ちる。
「行け、叩き込め。俺のアシュヴァッターマン。」
力が抜けて、色素が抜けたアーユスの体はカルナが受け止めた。パラシュに力を込める。本当は弓のように放つ奥義だが、今回ばかりは直接打ち込んでやる。まだカルナの矢は燃えている。穿つべき場所は、わかる。
「君の道行を信じよう。」
「少しだけ誇張して書いてやる。」
「ヴィナーヤカ!。」
パラシュで邪魔な肉を削ぐ。削いだ途端にカリになる肉を無視して、舞っていた花弁から編み出すのは究極兵器。
「光赫よ、獄死の海を権限せよ」
余談
アシュヴァッターマン(ランサー):実装時にはカーマちゃん形式で実装されます(大中小)。
五王子を倒した世界線は偽王の時空のことを言っています。
戦闘シーンが雑?苦手なので許してください。