『女神教司祭グルメ籠城事件』

『女神教司祭グルメ籠城事件』

あにまん掲示板:【AIのべりすと】安価ファンタジー【物語を書いてみる】


 私は絢爛な神殿を訪れていた。

 街の北部、この街の運営に関わる政治家や役人、大商人などが住む、いわゆる高級住宅街の中に立てられている神殿である。白亜の大理石を削り出して作った床や壁面にステンドグラズが飾られ、建築技術と魔法の技術のなせるわざか、建物内には常に清廉な空気が保たれている。

 塵一つなく掃除の行き届いた回廊には、この神殿で崇められている女神様を図案化したステンドグラスが左右に飾られている。世界の誕生、人間たちに奇跡を授け、魔王を放逐し、英雄たちを召喚する。この世界の神話の中では女神は常に人々に安寧と恵みを与える存在だ。

 回廊を抜けて、角を曲がると小さな告解室がある。

 私がその中へ入ると、向かいの窓のヴェールにはすでに人影が映っていた。


「ごめんなさい、お待たせしましたか?」

「いいえ、かまいませんとも。私が勝手に待たせていただいたのです。この件について考える時間が欲しかったものでね」


 穏やかそうな男性の声。

 年配の人だ。それなりに高い地位の人なんだろうと想像する。

 この神殿に務める司祭だろうか。


「それで、冒険者ギルドの方からは、内密にお仕事の依頼をなさりたい、とお聞きしたのですけれど。さっそく要件を伺ってもいいでしょうか? ……それと」

「はい。秘密は守れる方だと伺っています。もし手に余るというのでしたら、断ってくださっても構いません。」


 ちゃんと話が通っているようで良かった。

 ここは剣と魔法のファンタジー世界。それなりに文化だって発展してる風だけど、まだまだ力が法な蛮族思考も抜けていない。

 権力者の秘密を握ったら問答無用で無礼討ち、なんてことも笑い話じゃないのだ。


「お気遣いありがとうございます。可能な限り引き受けたいと考えています」

「そうおっしゃってくださると助かります」


 男性は嬉しそうに。嬉しそうに思える声色でゆっくりと話を始めた。


「籠城事件を、解決して頂きたいのです」

「籠城?」

「籠城です。今、この神殿の地下で、司祭の一人が立て籠もりを行っています」


 引きこもりかな?

 いや、こんな神殿の中で、引きこもりは無理か。落ち着かないだろうし。


「籠城、という表現をする理由はなんでしょう?」

「神殿に立て籠もっている人物、ジョエル司祭はきわめて強力な奇跡の使い手です。彼の『守護』の魔法は強力で、彼が現在立て籠もっている、『神器の保管室』全体を完全に外界から隔離しています」


 なるほど、だから籠城。私は了解した。


「精神力が尽きるのを待つという手が使えないのはどうしてですか?」

「神殿に保管されていた神器の中には、星人の血を奇跡の力に変える『血の聖杯』が含まれています。ジョエル司祭はコレを利用しているのです」

「それって」

「はい、いつかは司祭は死に至るでしょう。それゆえ、このまま待つべきという者もいます。ですが、私はできるならば彼が死ぬ前に、彼が籠城している原因を解決したいのです」


 なるほど、人命救助が絡んでくるのか。

 厄介なお仕事なのは予想通りだけれど、予想していたよりは良いお仕事のようだ。

 人を殺すお仕事は嫌だけど、人を助ける仕事は好きだ。気分が良いしね。


「ジョエル司祭が籠城している理由は? 彼は何を要求してるんですか?」

「それが、ですね……」


 告解室の向こう側、ヴェールの向こうで男性が困ったように言葉を途切らせる。

 私は嫌な予感を感じながら、辛抱強く続きを待った。


 ◆◆◆


 小一時間後、私は市場にいた。目的は食材の調達である。


「お嬢さん、新鮮な野菜が入ってるよ! ほら、そこのお兄さんも買っていきな!」


 店主の威勢の良い呼び込みを聴きながら、私は店内を物色する。

 野菜。肉。香辛料。それに干した魚。港町ではあるが、ここらでは干し魚しか売っていない。 新鮮な魚は良いものだけど、生で食べる文化はこの都市にはない。


「ううーん……もうちょっと、いいものが欲しいなぁ」


 この時間の市場で手に入る食材ではダメなのかもしれない。


「すいませーん!」

「なんだい嬢ちゃん!」

「こう、新鮮な食材が手に入る場所とか、教えてもらえませんか!」

「うちの食材が新鮮じゃないっていうのかい? ほら、見てくれよこの野菜の色艶! 隣町で仕入れてきた商隊が真っ直ぐに卸してくれたんだ。生でだっていけるぜ?」

「いえ、そうじゃなくて。あ、もちろんそれもありますけど。この辺りで手に入れることのできる、珍しい食材が知りたいんです。例えば、海産物とか」

「そういうことなら、港の市場に行けば良い。この街の市場には遠く及ばないが、新鮮さってだけならな。なにしろ採れたてだし、ここで並ばない妙なものも並ぶ。いろんな食材が揃うぞ」

「んー、ありがとうございます」


 お礼を言って店を離れる。

 珍味、珍味か。そういうのもいかもしれない。他には高級料理店に頼るとか。

 冒険者ギルドに行って、急いで食材になるモンスターを狩ってもらうとか。それぐらいの食材じゃないとダメな気がする。いやどうかなぁ。

 珍味だからって美味しいってわけじゃないよね。美味しくなきゃ話にならない。


「なにしろ、女神の舌を満足させる料理を作らなきゃいけないんだから」


 市場ですべての食材を揃えることを諦めた私は、いくつかの品を箱ごと買って神殿まで届けてもらうようにお願いすると、足を早めて次の目的地に向かった。


 ◆◆◆


 港には多くの船が停泊している。

 この世界では大型の貿易船は帆船が主流だ。精霊使いが風を捉えて、潮を導いて、すごく速く遠くまで安全に航海を行う。見張り台は彼らの特等席なのだ。

 だが、小型の漁船はそうはいかない。

 まず、小さな帆で風をつかまえてもあまり速度も出ない。櫂を漕いで潮を読んで、ようやく沖に出ることができる。経験なくては漁師は務まらない。


「あんだよーねーちゃん、かえれよー」


 さんざん聞き込みを続けてようやく目的の人物の居場所を特定した私は、さっそくその居場所、港近くの酒場に足を踏み入れた

 件の人物は、奥のテーブルに陣取って酒をかっくらっていた。

 ちびっこである。ただしめっちゃ酒臭い。


「伝説の漁師、アルフ・フェイドでなければ務まらない仕事なんです」

「あぁん? 今日はもう店じまいだ店じまい! 一日分の魚はもう獲っちまったから、これ以上は海の姫様に怒られる! 今のオレは伝説のエールジョッキだ!」


 めっちゃ酔っ払ってる顔だった。たぶん本来は白いであろう肌が酒でほんのりピンク色に染まっている。エルフ特有の尖った耳の先端までピンク色。

 げっぷと共に酒の匂いが向かい合ってる私まで届いてきた。

 世界一かわいくないピンク色だ。


「そこをなんとか。尊い人命がかかっているんです」

「あぁん? クラーケンやらリヴァイアサンでも釣れっていうのか?」


 アルフさんの目が剣呑な光を帯びる。アルフさんは、世にも珍しい海エルフだ。

 彼らは森に住むエルフと比べて背丈が低く、子供みたいに見えるものの、体はドワーフよりも頑丈で。しかしめちゃくちゃ泳ぎが上手い。

 生まれつき海の加護を受けた種族なのだ。

 そして、彼らが操る水の精霊は、他の種族の操るそれと比べて段違いに強力だ。

 人間の精霊使いが操る水の精霊がゴム動力のスクリューなら、海エルフのそれは原動機付きスクリューである。しまおガソリンエンジンで動くやつ。。


「いえ、クラーケンやリヴァイサンじゃなくて」


 ごくりと息を呑んで。言葉を続ける。

 場合によっては逆鱗に触れるかもしれない。

 そんな覚悟を呑んでから、私は彼女に仕事をお願いしたい理由を口にした。


「問題なのは、目的地です。竜宮城まで向かって欲しいんですよ」


 この世界、この街において知られている『龍宮城』とは、この港町から出向して二日ほどの距離を海岸線に沿って南に下った沖合にある、奇妙な島の名前である。

 この島には、神話に語られる伝説の存在、すべての海を統べる、すべての海の生命の長である、海王種の姫君が住んでいるとされている。

 海エルフも、その海王種の血を引く一族であるとされている。そして、ウワサが確かならば、アルフさんはその血がとくに濃いのだと。


「海王種が狙いかよ」


 アルフさんの目がスッと細くなった。声色が鋭い。

 酔いを覚ましてしまったようだ。肌のピンクは変わらないから、どっちかというと怒りに転じちゃったとかそういうことかも? ヤバいヤバイい。


「いえいえぜんぜんちがいます。狙いはそういうのじゃなくて」


 慌ててブンブン首を振って否定する。

 それから眉をひそめているアルフさんの耳元にそっと口を近づける。

 しっかり聞こえるようにこっそり目的を説明した。


「……はぁぁぁぁああ?  つまり、なんだ。あのクソガキに美味いご馳走を届けるために、わざわざ竜宮島くんだりまで出向こうってのかぁ? そんなことしなくても、この辺りの食材で適当に美味いもん作ってやりゃいいだろうが」


 クソガキて。

 呆れたようなアルフさんの言葉に、私は肩を落とす。


「やっぱり無理ですかぁ」


 私だって、できればそうしたい。でも、確実に条件に合う料理となると、これしか思いつかなかったのだ。籠城しているジョエル司祭の命に関わる以上、いい加減な料理を出すことはできない。

 中途半端な料理を出して、女神の舌を満足させることができなかったら?

 絶対、次はもっともっとハードルが上がってしまう。

 一度肥えた舌はなかなか元に戻らないのだ。次から次にと料理を持っていけば、腹を満たせても舌を満たすことはできない。ジョエル司祭が死んじゃいかねない。


「……無理とは言ってねぇだろ」


 肩を落とす私を半眼で睨みつけながら、アルフさんが吐き捨てるように言った。


「ただしオレは運ぶだけだ。交渉はテメェでしろよ。連中とは口もききたくねぇ」


 やった! 私は小さくガッツポーズをした。


 ◆◆◆


 それから一時間後には、私たちは竜宮城が見える海域へと辿り着いていた。

 一時間後である。

 普通の船なら二日かかる道程を、アルフさんの船なら一時間まで縮めることができるのだ。これがアルフさんに依頼した理由。ご馳走は鮮度が命だからね。

 ただし、アルフさんの船、❝一本角の巨大サメ号❞の乗り心地は最悪だ。

 人が乗れる巨大なサーフボードをジェットエンジンですっ飛ばしてる感じと言えば伝わるだろうか。波を蹴るたびに吹っ飛ばされそうになるので、ほぼほぼ私は船の中央に立っているポールに掴まってるだけの一時間だった。


 波は穏やか。天気は晴れ。絶好の航海日和である。

 そこを巨大な波飛沫をあげる小舟がすっ飛んでいったのだ。今日、海を見ていた人間たちはドン引きであろう。

 軽く煽っていった帆船の乗員さんたちには心の中で謝っておいた。


「そろそろくるぞー。だらしなくへたり込んでないで、立て立て!」

「はいぃぃ~~」


 龍宮城は不思議な島だ。

 孤島と言っても、見た感じは巨大な岩の塊のように見える。

 島中央にはまるで山のように大きな水柱が立っていて、頂点で四方に散っている。この水柱から散った海水が、薄い膜のように島全体を覆っているのだ。

 海水の膜の向こう、島の上部に城が建っているのがぼんやりと見える。

 あれが海王種の姫君の住処。

 それを私が確認した直後。

 ❝一本角の巨大サメ号❞の前方に、二つの巨大な水飛沫が上がった。


『人間よ。何用でここを訪れた』

『この地は我らが姫の塒。疾く、その穂先を陸に向け、引き返しなさい』


 降り落ちる飛沫が虹を描く。

 その下で、海面に立つ二体の威容は美しき白亜のシードラゴン。

 伝説に語られる竜宮城の守り手たち、❝極光の兄妹❞であった。


「す~い~ま~せ~~~ん! 聞~こ~え~ま~す~か~~~?」


 さっそく私は船の上に立ち上がった。

 ぴょこぴょこジャンプして己の存在を全力アピールした。

 シードラゴンたちは、そろって私を見下ろして、パチクリと可愛らしく瞬きをする。それからアルフさんの方に視線をついっと動かした。

 視線にナニコレって書いてある。

 その珍獣を見たようなムーブはちょっと傷つくんですけど?


「こっち見んな! 今日のオレはそいつを運びに来ただけだっつーの」


 大声でコミュニケーションを拒否られたので、シードラゴンたちは顔を見合わせたあと、ようやく視線を私の方に向けた。

 諦めてこっちの話を聞いてくれる気になったらしい。

 伝え聞く伝説とか、いきなりの来訪に対しては、意外と律儀に反応してくれてる。思ったよりも人が良さそうなドラゴンさんたちで良かった。


「私は、女神様の舌に合う料理を求めてここに来ました!」


 シードラゴンはもう一度、今度は目を閉じて、首を傾げて、それから目を開いた。

 それからアルフさんをじろりと睨む。

 アルフさんは知らんぷりして、そっぽを向いていた。


「えーとですね、女神様とあなた方の関係はよく分かりません! ですが、現在、女神教の大きな神殿で、女神様からの啓示を受けた罪のない司祭さんが、ご馳走がくるまで籠城していて、このままではヘタをしたら死んじゃいそうな状態になっています! 彼のためにもどうかご一考を!」


 めちゃくちゃこっちの事情であるので、もはや情に訴えかけてるだけなのだが、私は海エルフさんや海王種の間での反応から、この交渉の勝機を見出していた。

 そう、どうやら海関係の方々には女神様の印象がクッソ悪いようなのだ!

 被害者に対する同情を誘えばいけそうな気がするのだ!

 そして予想した通り、シードラゴンたちが顔を見合わせて、マジか……って雰囲気を出してる。ついでにアルフさんまでドン引きしてた。

 そう言えばそこまでは伝えてなかった。


『……それは確かに、我らの姫君ならば捨て置きはしないであろう』

『しかし、我らは女神の使徒と言葉を交わすことは許されぬ』


 重々しく唱える言葉に、私はマッハで誤解を解く。


「あ、私は女神教とか信仰してないので! 使徒とかそういうのじゃありません!」


 ぱちくりとシードラゴンたちが瞬きして私を見下ろしていたが、不意に長い首を垂らして私の顔を覗き込んできた。口を開けたらパクっと飲み込まれそうなサイズにちょっとドキドキする。

 でも、近づいてみると綺麗な目だなー。なんて。匂いも不思議と海の生き物特有の潮臭さとかがなくて、これだけ近い距離でも不快さがまるでない。神聖な生き物の雰囲気をビンビン感じる。


『ふむ……事実のようだ』

『だが、外なる神の匂いを感じたが』 

「ちょっと付き合いがありまして。そちらの信者さんのお仕事を何度か受けたり」


 シードラゴンたちは、しばらく何かを探るような目でじっと私を見つめていたけれど、どうやら満足したらしく、顎を上げて私を見下ろす態勢に戻った。

 顔が近いと迫力がすごいので、ホッと一息。


『この者はどうやら、ずいぶんと役に立つ存在のようだな、妹よ』

『そのようなものも必要でしょう。お兄様』


 二体のシードラゴンは顔を合わせてそう言うと、ゆっくりとこちらを見下ろす。

 ちょっと聞き捨てならない言葉な気もするけれど今回はスルー。スルー大事。


『姫様の許しは得られた。お前の望むものを授けよう』


 ◆◆◆


 神殿の、神器保管庫。それは祈りが集まる祈祷室の真下にある。

 信者たちの祈りの力はこの保管庫に設置された女神の写し身、女神像へと注がれて神の力になるのだそうだ。世界にはこういう女神の写し身である神器がいくつか存在していて、これの管理を女神様に任されることは栄誉あることらしい。

 だからこそ、今回の不祥事は取り急ぎ内々のうちに片付けてしまいたいのだろう。女神教の総本山である大神殿は、虎視眈々と神器の管理を自分達の管轄にしたいと狙っているだろうし、秩序の破壊を目論んでいる過激派の邪神教徒に存在を知られたらテロの標的になる可能性もある。


「……正直、聞きたくなかったなぁ」


 そんな秘匿性の高い情報なので、知らされた私も今後ガッツリ監視されるに違いない。もちろん女神教の神器をどうこうしたいなんて私は思っていないけれどね。

 さて、明日の心配よりも今日のお仕事だ。


 竜宮城で授けて頂いた、新鮮な料理。

 伝説に伝わる言葉にできぬ美味なるご馳走。


 アレフさんの❝一本角の巨大サメ号❞で鮮度が落ちないうちにこれを運んできた私は、すぐに馬車で神殿まで運び込んだ。神殿で待機して頂いていた料理人(堕天使)に市場で買い込んだ野菜や果実などを添えて盛り付けて頂いた。

 サービスワゴンを押して、一人、地下へと降りるスロープを降りていく。

 一人というのは、籠城を決め込んでいるジョエル司祭からの指示だ。


「ご所望のものをお持ちしました」


 宝物庫の扉の前まで来たところで、声を鋭くして到着を告げる。

 しばらく間があって、扉が僅かに開いた。

 僅かな隙間から、憔悴した白髪の男性、恐らくジョエル司祭と思われる人物が覗いている。ぺこりと頭を下げると、安堵したような溜息の音が聞こえた。


「あの御方の望まれるものに、間違いはありませんか?」

「はい、自信があります。通してください」


 期待と葛藤の間で揺れる、責任感の強さが伺える披露した瞳。

 私はじっとそれを見返して強く断言した。

 しばらくの間があって、扉の片側が大きく開く。一礼をしてから、私はサービスワゴンを押して宝物庫の中に足を踏み入れた。


「あ~~~、なるほど、それで……」


 ずっと私の中に、一つの疑問があった。

 どうして、ジョエル司祭は宝物庫の中に籠城していたか?

 女神様の託宣にて、彼女の舌を満足させるご馳走を振る舞うよう命じられた、そう聞いたけれど、どうしても籠城する理由と結びつかない。仕事の依頼をした高位司祭もそのことは不思議に思っていたようだ。

 その疑問は、宝物庫の中に足を踏み入れたことで解けた。


 そこには女神様そのひとが降臨していたからだ。

 ジョエル司祭は、例え女神の崇拝者であっても、女神様の御姿が人の目に触れることを良しとしなかったのである。

 なぜならば、女神様の御姿は、この地上の万物に宿る聖なる力、美の結晶であらせられるから。人の目にはあまりに眩しく、目にしたものは心を奪われてしまう。

 とくに男性は。

 だってこの女神なんにも着てないのである。

 裸の女神様が、その細くしなやかな肢体を惜しげもなく晒していた。

 腰まである金髪に、美しい碧眼。透けるような真っ白な肌に、かすかな丸みを帯びた胸とゆるやかな腰のライン。

 そして、輝かんばかりに人の心を惹きつける美貌。

 その肌と髪の毛は裡から溢れる輝きを留めることもせず、宝物庫は女神様の放つ輝きによって眩く照らされている。うん、女神様はすごい美人だ。


 宝物庫の中央に浮かび、女神様は私を見下ろしている。

 彼女は、私の姿をみとめると、ふわりと微笑んだ。

 男性ならだれだって心奪われるような親しげな笑みだ。笑みだけど、私は即座に見抜いた。その視線が私からちょっと逸れてサービスワゴンに突き刺さったことを。

 私は女神様の美しさに感動すると同時に、一つの確信を得た。

 このひとマジでご馳走目当てに地上に降りてきただけじゃねーかと。

 この女神様、やはり人格に問題がある。

 そもそもこの女神が常時スッポンポンだからジョエル司祭は紙みたいに真っ白な肌で死にそうになってるのである。冷静に考えたら酷い。服を着ようよ。


「モニュ、でしたね。よくぞ神命を果たしてくれました」

「お呼び頂き、恐縮です。本日はお日柄もよろしく、この度の拝命においては……」

「そういうのいいですから、ほら、こっち、こっち」


 女神様がふわふわと降りてくると、宝物庫の中央に準備されていたテーブルに着席すると、テーブルの上をぺしぺし叩く。ぺしぺし。

 私は、ジョエル司祭に目配せして、ワゴンの上のものをテーブルに並べはじめた。並んでいく数々の料理に、女神様が目を丸くする。


「これって竜宮城の……?」

「はい。シードラゴンさんたちを通してお姫様に許可をもらって、ちょっとだけ」

「へぇー! あの子たちが人間に協力するなんて、珍しいこともあるんですねぇ」

「ええ、まあ。色々ありまして」

「うふふ。これは期待できますね」


 私と女神様が話している横で、ジョエル司祭が震えながら祈りを捧げていた。

 もちろん女神様を見ないように背中を向けて、壁に向かって一心に。


 ◆◆◆


 前菜などは省略して、竜宮城から頂いてきたご馳走、一品目め。

『吸血ゴリラの腕』


 それは、血の滴る生肉。

 その筋骨隆々とした腕は、人間とは似ても似つかない。

 その腕は、筋肉質で赤黒く、人間のものより一回り大きい。硬い毛に覆われていて、鋭い爪が生えている。

 吸血ゴリラとは、血の滴る生肉を好む。狂暴な種族である。

 人里に現れては、若い娘を攫い、生き血を吸う。人語を解し、人語を操る。

 好物は、生娘の生き血。


「……あの、これ本当にご馳走なんですか?」

「ふふふ、吸血ゴリラは貴重な種なんですよ。吸血鬼と違って血族を増やす習性がありませんし、なによりパワーがすごいので狩るのも大変なんです」

「いや、貴重ならいいって話じゃないですよ見た目の問題ですよ」

「むしろ興奮します」

「…………えっ」

「うふふ」

「……あっ、いや、そういう性癖なら、はい、大丈夫です」


 女神様は皿に盛り付けられた吸血鬼の腕、いわゆる生肉そのものを、フォークとナイフで器用に一口サイズに切って、小さな口の中に運ぶ。


「ん……」


 白い頬が愛らしく動き、口の中のものを咀嚼する。

 小さく喉を動かして飲み込む。女神様は口元に手を当て嬉しそうに顔を綻ばせた。


「……美味しいです」


 口の中で蕩けた肉の味を確かめるように、目を閉じて、感想を口にする。


「柔らかい口当たりと、舌の上で形が崩れて灰になる食感。楽しい料理ですね」


 食べたら灰になるんだ吸血ゴリラ。

 食感が理解不能すぎる。私は微妙に顔を引き攣らせながら食事風景を見守った。


「なによりこのお酒と合いますね。お肉に合うワインは、そのお肉を何倍も美味しくするんですよ? 選んだ方には女神が満足していたとお伝え下さい」

「……お気に召したようで何よりです」


 アンドレさんに伝えたらどんな表情をするだろう。よく考えたらあのひと堕天使だしめっちゃ女神様と折り合いが悪そうな気がするんだけど。

 女神様はグラスに注がれた赤い液体をくぴりと飲んで、満足そうに息を吐いた。


 続いて、二品目。

『綺羅星の雫』


 それは、宝石のように輝く果実。まるで虹のような輝きを放つ。だから綺羅星。


「……これは、また変わったものが出てきましたね」

「はい。伝説によるとこの果実は、星を丸ごと一つ食べてみたいと、海王種の賢者が試行錯誤して作ったのだとか。それ依頼、彼らの王族たちはお祝いの席で好んで食べるのが、この果実なのだそうです」

「まぁ、お詳しいんですね。なるほどなるほど。では、いただきましょう」


 今めっちゃ聞き流された。

 薀蓄をスルーされたショックで微妙に落ち込む私を他所に、女神様は皿に手を伸ばす。彼女が手に取ったのは、水晶玉のようなものが浮かぶ透明な果実だった。


「……あら、これは?」


 果実は女神様の手の中でぷるんと揺れる。

 虹のように輝いていたのは、光が見せる幻で、傍でじっと見ると果実には種も果肉もないように見える。表面が不思議な張力で保たれたゼリーみたいな。


「それは、星を食べてみたいと願った海王の願いが叶った結果だそうです」

「……えぇ?」


 女神様は手にした果実を見下ろして、小さく首を傾げる。

 そういう仕草はまるで無垢な少女のようで、まるで年下の子に言って聞かせているような気分になる。人々を導く尊き女神様とは思えない愛らしさだ。


「海王種ですから。星は水でできているべき、ということじゃないかと」

「なるほど、そういう理由ですか。うふふ、面白いですね」


 女神様は、しばらくその果実を眺めていたが、やがて意を決したように、その表面の滑らかな表面に歯を立てた。

 ぷるんとした感触が、彼女の唇に触れる。


「んっ!」


 驚いたような声を上げて、女神様は目を丸くした。


「まぁ……今までにない食感と、甘みと酸味が同時に押し寄せてきて、そのあとに爽やかな風味が広がって、すごく、面白いです」

「お口にあったのならば何よりですよ」

「ええ、合いました、合いました。ぴったりジャストフィットです」


 そうしてさらに、一口、二口。

 果実をぺろりと平らげると、女神様は唇についた果汁を舌で舐め、顎の下に垂れた果汁を指で拭って舐め取って、満足そうにふぅと息を吐いた。

 胸元に、ぽたぽたと垂れた果汁が、なんだか背徳的だ。


「……これは、実に美味しいわ。次に世界を作るなら、水だけの星を作りましょう」

「そんな、お戯れを」

「うふふ」


 女神様は楽しげに笑って、次の料理を出すように私に言った。


 三品目は、『妖精の尻尾』。


 皿の上に盛り付けられたそれは、一見すると普通のチーズケーキに見える。

 これのどこが妖精の尻尾なのか私にも分からなかった。

 聞いたところによると妖精の粉を練り込んだ小麦粉で作った妖精のチーズケーキ、とのことだけれど。それでどうして尻尾なんだろう?

 私は、皿の上に鎮座するそれを、まじまじと観察した。


「えぇと……これは、小麦粉に妖精の粉を練り込んで作ったチーズケーキで」

「ええ、匂いですぐに分かりました。ふふふ、妖精の尻尾ね」

「知ってるんですか?」


 私の質問に笑みを返すと、女神様はフォークを手に取った。

 先端でケーキの欠片を切り取って、それを私の口元に向けて近づけてくる。

 助けを求めてちらりとジョエル司祭を見てみると、壁を見つめたまま祈りの言葉を唱えている最中だった。うぅ、気の毒だけど、よくも見捨てたなとかちょっと思う。

 私は観念して、そっと口を開いた。

 女神様は目を細めて笑うと、私の口の中、舌の上にケーキの欠片をそっと乗せる。


「んっ……」


 口の中で溶けるチーズの風味と、甘くてほんのり香る蜂蜜の香り。


「……美味しい、ですね。うん、すごく美味しいチーズケーキ」

「でしょう? ふふふ、これは私の大好物なんですよ」


 女神様は嬉しそうに微笑んで、今度は自分のためにケーキを切り取った。

 幸せそうに頬張る。

 たしかに美味しいチーズケーキ。だけど、他の二つのメニューとはちがって、すごく奇抜なメニューってわけじゃない。妖精の粉がなくても、これぐらいのチーズケーキなら、街の高級菓子店で食べられなくもないぐらい。

 どうして龍宮城のご馳走の中に、これが入っていたんだろう?


「うふふ、不思議でしょう?」

「……はい」


 ケーキを食べる手を止めて、女神様がこちらを見た。

 見透かされているのがちょっと怖い。

 ご本人は満足そうだし問題はなさそうだけど、何か理由があるのかな?

 ドキドキしながら言葉を待っていると、女神様は急に宝物庫の端で置物のフリをしていたジョエル司祭を名指しで呼んだ。


「ジョエル司祭、分かりますか?」

「はぇ!?」

「もしかして、地上に降臨した私のありがたーい話を聞いてなかったのですか?」

「いいえいえいえいえ! 一言一句逃さずすべてお聞きしていました!」


 からかうような女神様の言葉に、ジョエル司祭はブンブンと首を振って否定する。

 そうしながらも、視線は必死に部屋の宙空、天井の辺りに向かっている。素晴らしい精神力だった。女神様すっぽんぽんだもんね。見ちゃダメだから大変だよね。

 私の方はもうなんか慣れてきた。

 彫像とかの裸婦像みたいなもので、神聖さとか感じても、生々しい色気とかを感じる段階は過ぎちゃった。めっちゃモリモリご馳走食べてるだけだし。


「それで、ジョエル司祭、妖精の尻尾のことだけど……」

「ええ、もちろん存じ上げています! 妖精の尻尾という菓子は、元々は嗜好品のなかった人々に、女神が与えた恵みの一つ。人はそれで甘味を知り、デザートで食事を彩ることを始めたのです」


 え、そういう話だったの。妖精の尻尾って。

 女神教の経典はちらっと読んだことあったけど、その話はなかったはず。


「よくできました」


 女神様はクイズの正解を認める名司会者な顔で満足気に頷いた。

 自分の偉業を称える言葉に、ちょっと自慢気な顔をしてる。


「昔はもっと、硬かったり、甘すぎたり、パサパサしたり、洗練されていなかったのだけれど、妖精たちの粉は人々に明日を楽しみにする幸せを教えたのよ」


 きっとそのことへの感謝を込めて、ご馳走の中に入れたのね。

 自慢気に語る女神様の言葉を聞きながら、私はこのメニューがご馳走の中に入っていた本当の理由に気付いて、表情に出さないよう苦労していた。

 人々が妖精の粉を求めた結果、妖精たちが乱獲されて、それを保護したエルフと人間の間に戦争が起こったのは、歴史書を読めばだれだって知ってる。

 絶対、それを思い出して自粛しろって意味だよねこれ。

 しかし私は楽しそうに自分語りをはじめちゃった女神様に真相を告げる勇気もなく。笑顔を浮かべて「知りませんでしたー、女神様がお菓子を作ったんですねー」みたいな相槌を返すことに集中するのであった。


 すべてのご馳走を食べ終えると、女神様は満足そうに席を立った。


「素晴らしい食事でした。これでしばらくは戦えます」


 ぽんぽんとお腹を叩いて満足気にそんなことを言う姿は、はしたないというか色っぽいというかエロいというか。だって裸だし。満腹でもスタイルはぜんぜん崩れてないのは女神様ゆえだろうか。

 ジョエル司祭は完全に壁を見つめる人になっている。


「なにか望むものはありますか? 今なら幸せボーナスでちょっとした奇跡を授けてあげますよ。あなたは私の信徒ではないのでしょう? なら見返りが必要でしょう」


 女神様はじっと私の目を見つめて、そんなことを口にする。

 私はしばし考えて、こう答えた。


「それなら、女神様みたいな理想的なボディラインが欲しいです!」


 壁を見てたジョエル司祭の方がピクッと動いたけど見なかったことにする。

 ちゃんと最後まで話を聞いて欲しい。この願いはあくまで、女神様にとっての理想の願い事。別に私が本当に理想のボディラインが欲しいわけじゃないのだ。


「あらあら、まぁまぁまぁ! なんて素敵に可愛らしいお願いでしょう」


 女神様は私の願いに、とても嬉しそうに微笑む。

 よし、成功。女神様は私の答えに満足してくださったようだ。


「ですが、その御姿は尊いもの、私には……」

「それじゃあなたの体を、理想的に整えてあげましょう!」

「えっ」


 待ってちゃんと人の話を聞いて。

 慌てる私にお構いなしに、女神様が手を伸ばした。

 私の体がふわりと宙に浮かび上がった。足の裏から床が離れてバランスがとれなくなる。必死に手をバタバタさせるけど、浮き上がっていく身体は止まらない。


「わっわっわっわっ……!?」

「安心なさい、痛くありませんから。ほら、リラックスリラックス」


 そのままふわふわと浮き上がっていく私。

 リラックスとは程遠い状態で手足をバタつかせながら、私の身体は天井近くまで持ち上げられて、ようやく止まった。

 そして身体がなんか光りだした。ぴかーって。服を貫通して肌が直接光ってる。

 うわなにこれ。周りから見たら体のライン丸見えじゃん!


 あ!って思ってジョエル司祭見たら、壁を見つめる人になったままだった。

 良かった。いや良くない。


「ちょっ、ちょっと待ってください女神様! あの、これ、どういう……?」

「大丈夫、痛くはないはずよ」


 そういう問題じゃないんだよ! っていうか痛いかどうかよりも、まず何が起こってるのか理解できない、いやなんとなくもう理解しちゃったけど!


「……え? あれ?」


 そうしている間にも、私の体はどんどん変化していく。

 全身が熱くなって、脂肪が燃えて、筋肉が引き締まって、骨格が変わって、骨が太く固く、しなやかなバネみたいになっていく。

 光が収まる頃には、私の身体は完全に女神様の身体、それの似姿になっていた。


「はい、これで良し」


 女神様が満足そうにそう言って、私の体から手を離した。

 私の身体はゆるゆると地上に降りて、保管庫の床に着地する。


「……うそぉ」


 私は自分の手を見下ろした。

 黄色人種の特徴のまるでない、透けるような真っ白な肌。この世界の生活の中で、傷やシミなどもあった腕は、ほっそりと細くしなやかな筋肉に包まれている。

 ふくらはぎもキュッと締まっていて、太ももも細く、お尻も小さくて、腰回りもスッキリしている。そう、効果音にするとストンって感じ。

 おそるおそる胸元に手をやる。そこには微かな丸みがあった。ちっちゃい。

 服が、ブカブカになっていた。

 女神様の肉体、アレフさんがクソガキと称した女神様そのものの肉体。つまり、その、かなり幼くなっていた。少なくともこれは21歳の身体じゃない。


「あああああ……」

「ふふふ、感動で言葉もないのですね。いいのです。感謝の言葉は必要ありませんよ。これはあくまで報酬ではなく、私から貴女への好意として受け取ってください」


 満足げにそんなことを言うと、女神様の肉体は出し抜けに光に包まれた。

 放たれるものすごい輝きに部屋全体が白で覆われ、やがて世界に色が戻ると、そこにはもう女神様の姿はなかった。


 ◆◆◆


「そんなわけでおっぱいが小さくなりました」

「訴えたら勝てるんじゃない?」

「かーてーまーせーんーよーーーーーー」


 テーブルに突っ伏して私は泣いた。世の理不尽とかに泣いた。

 戻ってくるなりいきなり泣き出した私に、すわ何事かと、鏡の中から出てきたカラさんにお付き合いいただいて、盛大に愚痴ってる最中である。


 神殿で保管庫を出て、この借りてる部屋まで戻ってくるまで、私は人に会うたびに事情を説明しなければならなかった。いや、神殿関係者以外には、魔法の実験の被害によるものと言い換えてたけど。

 肌の色まで変わってるので、メチャクチャ訝しがられた。

 幸いなことに顔は私のままなので、別人だと思われることはなかった。

 若干印象が変わって見えるらしいけど、鏡で見た感じじゃイマイチ分からない。


「この前買ったばかりの服、まだ一度も着て歩いてないのに……」

「それは残念だわ」

「あんまり残念そうじゃありませんね……?」

「一式買い直すんでしょう? あなたで着せ替えして遊ぶのは、楽しいもの」


 そうだった。服がダブダブになったので、よそいきの服どころか、もうほとんどの服は使えないのだ。恐ろしい出費である。

 特に野外用の頑丈な革鎧など、またサイズを測ってもらわなきゃ。

 せめてもの救いは、さすが神殿からの直接のお仕事だけあって、報酬だけはたんまり頂けたことだろう。服と装備を買い直してもプラスにはなる。


「そうですね……カラさん、またショッピング、付き合ってください」

「ええ、それに今夜は美味しいものを食べましょう。仕事を成功させたのでしょう? あなたの自慢話を聞きたい気分だわ」

「か~ら~さ~~~~~~ん……」

「よしよし」


 気遣いに心が満たされる。瀟洒なレディは慰め方も瀟洒だった。

 それからサイズ差があっても大丈夫な服を選んでもらって、わたしは近くの酒場兼食堂で、ひっそりと今日の事件の成功を祝ってもらうことにした。


 余談だが、今回の一件については神殿から箝口令がなされた。


 ジョエル司祭は私の対応のすべてについて満足して頂いたようで、今後のことについては最大限取り計らってくれることを約束してくれた。

 女神様の肉体そっくりに変身されちゃったことについては、私の望み通りではないことについては察して頂いたので、不問ということになっている。

 今回の一件でジョエル司祭は高位司祭の中でも抜きん出た地位を得ることになるそうなので、女神教の方から私が追求を受けることはないだろう。むしろ、強力すぎるコネができちゃったので扱いに困るぐらいだ。

 ただし、と、ジョエル司祭からは、もしも顔まで女神様と同じにされていたらさすがに庇いきれなかったし大神殿で一生飼い殺しにされてたかもしれなかったと、割と真面目な顔で言われてしまった。

 女神様、怖すぎる。

 願掛けする時に、願い事を口にするのはもう絶対にやめよう。


 ◆◆◆


『女神教司祭グルメ籠城事件』 END

Report Page