女剣豪×探査機=小旅行 Ⅴ

女剣豪×探査機=小旅行 Ⅴ

名無し

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ボイジャー「どうしたの!? だいじょうぶ!? ……むさし! ……むさしちゃん!」


ボイジャーは武蔵に駆け寄り、切迫した様子で声を掛ける。


武蔵「ぁ……、ボイジャー……、私の持ってきた、……風呂敷、ほどいてくれる?」


武蔵はどこかぼんやりとした口調で懇願した。


ボイジャー「ふろしき……? わかった! つぎは!?」


武蔵「コップに、水筒から、水を注いで……、うん、それから、金色の……小筒があるでしょ……そう、それそれ……それの蓋を、開けて、中身の、粉を……少し、コップに入れて、かき混ぜてくれる……?」


ボイジャー「うん!」


ボイジャーは武蔵に言われるがまま作業を進める。


ボイジャー「えっ!? このこな ちょっといれただけなのに こっぷの みずが まっかだよ!? 」


武蔵「いいのいいの……。それ、飲ませて、ちょうだい……」


ボイジャー「……うん、 どうぞ」


ボイジャーは紅い液体で満たされた竹製コップをおそるおそる武蔵に手渡した。 


武蔵「ありがと……」


武蔵はコップの中を覗き込みながら逡巡していたようだったが、意を決した様子で、一気に飲み干そうとする。


武蔵「(ごっ ごっ ごっ……)」


ボイジャー「(ごくり……)」


ボイジャーは固唾を呑んで見守る。


武蔵「……ぷはーっ…………、すぅーーっ……ふぅーっ…………。よし!これで大丈ドゥブッハアッッ ッ!!!!!!」


ボイジャー「むさしちゃーん!!!?」


武蔵は盛大に吹き出した。


武蔵「(げほッ!え゛ほけほっ!)

だ、大丈夫!噎せただけだから!」


口から溢れた液体を手で拭いながら、武蔵は笑顔で答えたが、

液体の色も相まって、端から見れば完全に吐血の様相を呈していた。


ボイジャー「ほんとに!? そもそも なんなの それ!」


武蔵「細かい事は気にしないのー。……ちょっとごめんね」


(がばっ)


ボイジャー「わっ」


武蔵はボイジャーの顔を自らの胸に埋もれさせるように抱き寄せ、彼の髪を撫でながら、自分の鼻を頭頂部に埋め、その匂いを堪能した。


武蔵「(すーっ……)……うん、お日様と蜂蜜のいい匂いがする……、手触りふわふわ……かわいい……」


ボイジャー(わ、   わ、わ)


頬から伝わる ふにゅん とした感触にボイジャーは戸惑わずにはいられなかった。


彼は見る者の庇護欲をそそるその容姿のせいもあってか、エリセに限らず、その他の妙齢の女性達に抱き締められる事は別段珍しい事では無かった。


それらのスキンシップは、母が我が子に、飼い主がペットに対して行うような親愛のニュアンスに基づくものであり、彼も特に意に介してこなかった。


だが、この数時間で性の手ほどきを受けた影響か、少年は武蔵の豊かな胸の柔らかさを意識せざるを得なくなっていたのである。


ボイジャー(なんでだろう…… いままで こんなこと なかったのに。とても どきどき、する)


武蔵の胸の鼓動はリラックスしたものであるのに対し、ボイジャーの胸は早鐘を打っていた。


二人はそのまま数分ほど密着していた。


武蔵「……ふーっ、今度こそ本当に落ち着いたわ……ありがとう……」


彼女は抱擁を解き、ボイジャーの両肩に手を乗せながら、そっと身を離した。


ボイジャー「……、……。」


少年は熱に浮かされたようにぼーっとしながら押し黙っていた。

ハグの終わりに名残惜しさを感じている事すら自分で理解できていないようだった。


彼のその様子を見て、武蔵は「はて?」と言いたげな表情を浮かべていたが、すぐに訳知り顔になって、彼をからかい始めた。


武蔵「ははーん、さては君、えっちな事考えてたでしょ?」


ボイジャー「え゛っ……!?」


図星を突かれた──より正確に表現するならば、自分が抱いた感情の正体を突き付けられて、少年は狼狽えた。


ボイジャー「あ……、それより! からだ! だいじょうぶなの!?」


武蔵「あっ、誤魔化した」


ボイジャー「それは、いいから!

しんぱい なのは ほんとうだよ!」


武蔵「ふふっ、ごめんごめん♥️

落ち着いて」


そう言って武蔵はボイジャーの額にそっとキスをする。 


ボイジャー「んっ……」


少年は思わず目を閉じ、ビクッと体を震わせた。


武蔵「満足していただけたかしら?」


彼は目をゆっくり見開いて、武蔵の薄藍色の瞳を見据えながら答える。


ボイジャー「うん……、それじゃあ はなしてよ むさし。きみの じじょう」


武蔵「誤魔化せなかったかー……、

……君には気兼ね無く楽しんでいて欲しかったから、黙っておきたかったんだけどね。

仕方ありません、お話ししましょう!」


あくまでも明るい調子で、

武蔵は滔々と自らの置かれてる状況について語り始めた。


武蔵「今回、私が召喚されたのは──」



~~~~~~~~~~~



藤丸「エリセが、今回の武蔵ちゃんのマスター……!?」


エリセ「あの、私、英霊召喚の儀なんて行った覚え無いんですけど……体質的にも難しいと思いますし、令呪も見当たりませんよ?」


エルメロイⅡ世「身近に在った聖杯が君の願望を汲み取り、その結果として武蔵が召喚された、というのが私の見立てだ。


令呪が見受けられない点については……そもそもイレギュラーな召喚である事や元々の君の体質が関係しているのかもしれない」


エリセ「聖杯を取り扱ったり、見かけたりした記憶も無……いえ、これについては何とも言えませんね」


エルメロイⅡ世「そうだ、聖杯がいかなる場合においても我々の良く知る形態をとっているとは限らない。

どんな些細な事でもいい。ひとまず、今朝からの行動や、いつもと違った事を教えては貰えないだろうか」


そう言われて、エリセは目を瞑りやや渋い表情をしながら記憶の糸を辿る。


エリセ「えっと……、10時45分頃に目覚めて、ブランチを作ろうと思って、食堂の厨房に向かいました」


エルメロイⅡ世「起床した場所というのは自室かね?」


エリセ「え、えと、その、り、立香の部屋です」


ふしゅーっと湯気が立つ程に顔を赤くするエリセ。


周囲から種々様々な感情が込められた目線を注がれた藤丸は照れくさそうな苦笑いをしながら視線を斜め上に向けていた。


エルメロイⅡ世「……すまない、続けてくれ」


エリセ「は、はい。それから厨房を借りさせてもらって、うどんを二人分作って、それを立香の部屋に持ち帰って彼と一緒に食事をしました。

食べ始めたのは11時半前だったと思います」


ブーディカ「キッチンで料理してるのは私も見てたよ。時刻も合ってると思う」


エリセ「ありがとうブーディカさん。──それからはずっと立香の部屋に居て……12時半頃にダヴィンチちゃんから今回の件で召集アナウンスが入ったのでここに来ました」


エミヤ「……聞く限り特段変わった点も、矛盾も無いように思われるが」


エルメロイⅡ世「ふむ……、では続いて昨日の行動も教えてはくれまいか」


エリセ「そうなりますよね……。えーっと……、あ」


藤丸「どうかした?」


エリセ「あの、話は逸れるんだけど、ブーディカさんすみません。厨房で使った調理道具とか調味料の後片付け忘れちゃってました。

食べ終わってからやろうと思ってたんですけど──」


ブーディカ「え?片付けてくれてたんじゃないの?

あの事件が起こったすぐ後、『エリセちゃんまだ残ってたりするかな?』って思って一応キッチンを覗いたんだけど、綺麗に片付いてたと思うな」


エリセ「え?」


エルメロイⅡ世「……そこが匂うな。ダヴィンチ、キッチンの監視カメラの記録映像を頼めるだろうか」


ダヴィンチ「承知した。ほんのちょっとだけ待ちたまえ!」


間を置かず、モニターに当該時刻のキッチンの映像が表示される。


マシュ「エリセさんがコンロの前に立って調理をされてますね」


エミヤ「完成したうどんを丼に盛り、トレイに乗せ、立ち去る……。そうだな、麺が伸びてしまっては事だからな。正しい判断だ。」


エミヤは口角を上げながら、うんうんと頷く。


エリセ「ありがとうございます……?」


予期していなかった方面からの称賛にエリセは目を丸くしながらもはにかんだ。


藤丸「ん……?エリセが立ってた辺りにうっすらと光が……あっ、あれは!」


モニターに武蔵が現界する場面が映し出される。半信半疑だったエリセや他の者達は思わず息を呑んだ。


エリセ「本当だったの……?、あの情報量でここまで辿り着けるんだ……凄い……」


エルメロイⅡ世「ひとつめの推論が首尾よく功を奏しただけの話だ。外してたら、また別の考察を試みてただろうよ」


ゴルドルフ「そうか……では彼女はやはりオリュンポスで……いやしかし、それなら英霊・宮本武蔵の霊基情報は失われている筈だ。なぜ召喚ができる?」


エルメロイⅡ世「それはおそらく、本日が4月1日──エイプリルフールである事が影響している。


正直、自分もこうして目にするまでは……いや今でも確証は持てていないのだが、"誰もが嘘を吐いてもよい"というルールが汎く浸透した結果、"嘘のような出来事が罷り通る"土壌が培われたのだと思われる。


無論、いかなる事象でも成立し得る訳ではないが、条件さえ整えれば"二度と会えない筈の者との対面"が叶う程度にはこの世の理が揺らいでいるのだろう」


藤丸(……二度と、会えない筈の人達……)


マシュ(…………)


藤丸とマシュが遠い目をする中、

管制室の他の面々は映像の成り行きを見守っていた。

モニターの中の武蔵はじっとしたまま考え事をしているようだった。


エルメロイⅡ世「……だが、あくまでも嘘とは儚いもの。

霊基を維持する事自体が困難だとしても不思議ではないのだが……」


シオン「……ところでブーディカさんは武蔵さんが現界するところを目撃しなかったんですか?」


ブーディカ「その時刻は食堂が混み出す時間帯だからね、給仕で手一杯でキッチンには用事が無い限りは立ち入らないかな」


シオン「成る程、ご回答感謝します♪」 


ブーディカ「シオン、食堂にはあまり顔を出さないものね。」


程なくして武蔵は動き始めたようだった。


ダヴィンチ「あ、調理器具や調味料を物色して持ち去ろうとしているみたいだね。」


エミヤ「うん?よく見たらあの鍋、オレが藤丸に贈った物か?」


藤丸「──ああ、そうそう。バレンタインのお返しに貰ったやつ。俺がエリセに貸したんだ」


ブーディカ「それに……醤油やワサビは見覚えがあるけど……、あの金色の小筒ってここのキッチンにあったっけ?」


エミヤ「私も見覚えは無いな」


エルメロイⅡ世「……となるとあれが聖杯である可能性が高いな。レディ、あの調味料は君のものかね?何処で手に入れた?」


エリセ「ええ。その、とある人から譲り受けたんです」


エルメロイⅡ世「その人物とは?」


エリセ「……、──」


エリセは躊躇うような素振りを見せながらも、その人物の名を口にした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



武蔵「──というのが今の私の身の上です。」


武蔵が語り終える頃には、空は茜色に染まり、カラスの鳴き声が遠くから響いてくるようになっていた。


ボイジャー「きょう いちにち かぎりの げんかい……まるで しんでれら みたい」


おおよその事情を聞いたボイジャーの述懐には寂しさが滲んでいた。


武蔵「あははっ、お姫様って柄ではないかな~私。そう言われるのは満更でもないですけど♥️」


ボイジャー「……いや、いま いうたとえでは なかったかもね。

……さっきは つらそうに してたけど いまは ほんとうに だいじょうぶなの?」


武蔵「お気遣いありがとう、大丈夫よ。それにあの時のは、痛いとか苦しいとかではなくて、突然襲ってきた眠気を必死にこらえているって感覚が近かったかな」


ボイジャー「ねぶそく?」


武蔵「実際に眠い訳じゃなくて、言葉の綾みたいなものね。


"自分が今、此所に在る"って意識を強く持たないとふっと存在が消えてしまいそうになるのよ。


私の寿命は否が応でも今日限りってのは解っていたけど、

どうやら一日の終わりが近づくにつれ、不安定さが増すみたい。

魔力の補充も気休めにはなるようなのがせめてもの救いかしらね」


ボイジャー「そっか……さっきのは そういうことだったんだ」


武蔵「……さて、合点がいってもらえたところで本題です。


消失の波がいつ訪れるともわからない状況な訳だけど、それがドリフト中に来ないとも限らない。


ボイジャー、私の手落ちで貴方をこの世界でひとりぼっちにさせる訳にはいかないわ。山頂まで行けなかったのは残念だけど、………………安全な帰り道が残っている内に戻りましょう、カルデアへ。」


ボイジャー「──きみの "どりふと"って いきさきは きめられないのでは?」


武蔵「この赤い鍋が標になってくれるわ。これに縁のある立香や食堂のお兄さんあたりが……アンカー?って言うんだっけ? それになってくれるから、辿り着けるの。今日なら成し得るみたいよ」


ボイジャー「なるほど」


武蔵「さっ、荷物をまとめて……っと。帰りましょうか」


武蔵は少年に手を差しのべる。


ボイジャー「──うん、おしまいにしよう」


突如、ボイジャーの体が光を放ち、武蔵はその眩しさに目を細めた。


武蔵「ん──」


光が収まったかと思えば、少年の装いは童話に出てくる王子様のようなものに変化していた。


武蔵「──えっっっ、なにそのキリっとしつつも愛くるしい出で立ちは──って、わっ!」


ボイジャーは武蔵の手を引き、山頂の方向に歩き始める。


武蔵「待って!何処に行くの、話聞いてたでしょう!?」


ボイジャー「どこって このたびの ごーるさ」


武蔵「帰れなくなってもいいの!?」


ボイジャー「まさか」


武蔵「だったら!」


ボイジャー「"あんぜんな、かえりみち"」


武蔵「?」


ボイジャーは足を止め、武蔵の方に向き直る。


ボイジャー「きみ、さっき そういおうとしたとき いいよどんでた。


きみは、むこうみずだったり……ちょっぴりいじわるなところも あるけれど……じぶんだけのために たにんを きけんにまきこむような ひとじゃない。

 

さっき たおれたじてんで かえることを まよおうとは しなかったはず、 "かえりみち" が ひとつしかないならね 」


武蔵「……!」


ボイジャー「あるんでしょう? かえるてだてが もうひとつ」

 

思考を言い当てられ、武蔵は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。


武蔵「っ……驚いたぁ……。でも、手堅い手段ではないの!もし万が一があったら……」


ボイジャー「……ぼくの ありかたは いまでこそ ふぉーりなー だけど もとは ぼいじゃー だ。


さいはてにいたる ぐらんどつあー、そのみっしょんを こんぷりーとしたもの。


せかいをわたることにかけては ちょっとしたものさ。


そんなぼくを しんじては もらえないかしら」


白馬の王子様もかくやといった凛々しさがボイジャーの言葉には伴っていた。

それを聞いた武蔵の頬にほんのり赤みが差す。


武蔵(う……、いけない宮本武蔵、ここで揺らいでは……!)


ボイジャー「……それにさ、ぼくは きみに がらすのくつを とどけにいっては あげられない。


だからさ、"きょう"を めいっぱい たのしもうよ。せっかくの えいぷりるふーるだもの。」


日だまりのような微笑みが、武蔵の網膜と決心を灼き尽くす。


武蔵(──……あー……敵いようがないわ、これは。) 


彼女は根負けし、腹を括ったような笑みを浮かべた。


武蔵「合点承知。旅は道連れ世は情け、ってとこね。

こちらこそお世話になります!よろしく!」


ボイジャー「ろじゃーかぴー!

さあ、いこう!」



そうして二人は目的地に向かって駆け出した。

お互いに、ひとりぼっちにさせないという思いを込めて、手を繋ぎながら。



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