女剣豪×探査機=小旅行 Ⅶ (1/2)

女剣豪×探査機=小旅行 Ⅶ (1/2)

名無し

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ボイジャー「……あっ………ぐ………………やぁ……もう、こんなのっ……はいらないよ……」



武蔵「まだまだ……いけるでしょ……ほら……がんばって……」



ボイジャー「………………うぅ………………あっ………」



涙目で苦悶の表情を浮かべながら、ボイジャーは竹製コップに口を付けて、その中身を何とか飲み干そうとする。


ボイジャー「(けほっけほっ)…………からい…………エリセのりょうりが、かわいく、おも、えるくらい……」


口、食道、五臓六腑、体内の至るところに産み付けられた火竜の卵が孵化し、我が物顔で暴虐と繁殖の限りを尽くす。

そんな錯覚を覚えさせられる程度には刺激的な味わいだとボイジャーは感じた。


武蔵「がんばったね……、一息つかせてあげたいところだけど、次、いきましょうか」


彼女はそう言って、また別のコップをボイジャーに手渡す。その中は紅い液体で満たされていた。


それを飲み干せば終わりを迎えられる、という訳ではない。


何故なら二人の傍には、紅い液体がなみなみと注がれた大量の竹製コップが、わんこそばの残弾が如く並べられていたからである。



ボイジャー「……が、がんばる……」



~~~~~~~~~~~


エリセが口にした名前の人物を、

艦内アナウンスで管制室に呼び出してから数分後──扉が開き、件の人物の足音が響く。


2m近い長躯に深黒のカソックを纏う、蒼いストールと金のロザリオが目に鮮やかなその男が口を開いた。


言峰神父「ごきげんよう諸君。──それで、本日はどういったご用向きだったかな?」


藤丸「言峰神父……、こんにちは」


エルメロイⅡ世「どうも、言峰神父。単刀直入に伺いたい。


あの聖杯と思しき金色の小筒は何だ?

何故レディ宇津見にそれを手渡した?」


言峰神父「ふむ……平たく言うとあれは聖杯を用いた特別製の香辛料だ。


宇津見君とは食の好みが合うという事もあって、たまに雑談をする仲でね。


良い品が手に入ったので、喜んで貰えるかと思い、譲り渡した」


エリセ「……」


藤丸「じゃあ、金色の小筒はどうやって手に入れたの?」


言峰神父「ふむ、マスターに直接問い質されては、煙に巻く訳にもいきますまい。

隠し通す程の悪事でもなし、話は長くなるが、お話ししよう。」


そうして彼は真相の一端を語り始めた。


言峰神父「とある日、私はマスターの一助になれればと思い、過去の微小特異点に関する報告書に目を通していた。


そして、その中で特に目が引かれる単語が存在した。

ラスベガス特異点に関する報告書にあった『聖杯うどん』だ」


言峰神父「記述によると、聖杯に盛って頂くうどんは大層美味であったとか。


私はうどんが好きな訳でもなく、

心が動かされる事物も少ない人間だが、辛味の事となれば些か話が変わってくる。


私は『聖杯うどん』と同じ理屈で至高の激辛料理を創り出せないか考え始めた」


言峰神父「最初は『聖杯麻婆』を考えたが、食す度にもうひとりの自分が産み出されてはかなわない。

だが、調味料という形式なら小分けで摂取する事により、その問題を回避できるのではないか?──と思い至り『聖杯七味』の開発に向け舵を切った」


言峰神父「そしてその成就の為には大まかに分けて3つの要素が必要だった。

聖杯、香辛料、加工技術の3点だ」


言峰神父「まずは聖杯だ。


聖堂教会の記録を頼りに調達する手もあったが、私は向けられてる監視の目も強い身、レイシフト帰還後のボディチェックは厳重だ。


カルデアにおいて聖杯の私有はまず許されない、見つかれば供出を求められてしまうだろう」


言峰神父「そこで私は縁を頼り、

私ではない私、しかし私でもある私の給料として、月の蝶より聖杯を頂戴した。


涙ぐましい労働交渉の末に勝ち取った、というのが実情だがその子細は省くとしよう」


言峰神父「次に香辛料だ。

これはさほど苦労はしなかった。

私自ら仕入れに赴き、

インドネシアのキャロライナリーパー、京都の山椒など、至高の逸品を7種揃えた」


エルメロイⅡ世「7……もしや言峰神父、貴方は7種の香辛料を7騎の英霊に見立て、擬似的な聖杯戦争を成立させたのか?」


言峰神父「話が早くて助かるよ君主。


ご明察の通り、聖杯による密閉空間を舞台に見立て、そこで英霊、もといスパイスを競わせ各々の"持ち味"を発揮させる事で、激烈にして芳醇、深遠なる辛味を実現させる、というアプローチの術式だ。


香辛料の相克や消滅によって生じるエネルギーも容器内に滞留させ風味増進の糧としている。翻案とは言え、無駄のない設計に仕上げられたと自負しているよ」


言峰神父「そして最後に加工技術だ。


材料も揃い、

設計書やコンセプトもあったものの、それを形にするだけの技量が私には無かった。


治療魔術に関しては心得があるものの、聖杯の加工は手に余る。 

かといってカルデアにいる腕利きの術者に依頼しては足がつく。


なので教授に交渉を持ちかけ、彼の蜘蛛糸の力を借りて解決した」


言峰神父「そうして必要要素を揃え出来上がった物が『聖杯七味』──あの金色の小筒の正体だ」


エリセ「──そんな手の込んだ物を私は戴いていたんですね……、ありがとうございます」


言峰神父「お味の方はいかがだったかな?」


エリセ「それはもう最高でした。……でも生身の人間が食べても大丈夫なものだったんでしょうか?」


言峰神父「口に合ったようなら何よりだ。


あの聖杯の魔力の大部分には香辛料への指向性が付与されている。だが、人間が口にしても、ごく少量なら、生命力が体に満ち溢れる程度で済むだろう」


エリセ「安心しました……あっ、だから食べたあt……ぃぇ……」


藤丸(……エリセ、ステイ、ステイ……!)


藤丸とエリセは共に顔を赤くして口を閉ざした。


エルメロイⅡ世(……ここは深掘りしないのが賢明そうだな)


皆、察しはしたが同じく口を閉ざす事が優しさだと判断したらしい。生温い沈黙が管制室を支配する。


そんな中ある1人が再び口火を切った。


ダヴィンチ「んー、でもひとつだけ分からないなぁ。共通の趣味を分かち合える同志相手にとは言え、そんな手間暇かけて作った大切そうなものを、他人に与えるような性格かな?キミ。

複数作ってるとか?それとも毒見役としてエリセが適任だと考えた?

辛党仲間だからって主張はフェイクで何か裏の目的があったんじゃないの?」


言峰神父「中々棘のある物言いですな、ダヴィンチ女史。

私はただ至高の辛味を彼女に味わってもらいたかっただけだ。

作った聖杯七味は1個きり、自分で何度か実食した上でのプレゼントだ。


……ただ、今日のような出来事が起こるとは露にも思っていなかった。宇津見君、遅くなってしまったが、謝罪をさせて欲しい」


言峰はエリセに向かって深々とお辞儀をする。


エリセ「いえいえ!誰も予想できない事態でしたから!そんなかしこまらないでください!」


ダヴィンチ(他にも謝るべき事があったり、謝るべき相手がいたりすると思うんだけどなー……、まあこれ以上空気を悪くするのも本意ではないしね、黙っておこうか)


エリセ「それに──」


エルメロイⅡ世「……それに?」


エリセは藤丸に顔色を窺うように目線を送り、それに気付いた藤丸は頷き返した。


エリセ「言峰神父は、私の妊娠祝いとしてあの香辛料をくださったんです」

 

「「「「「…………はい?」」」」」


藤丸、エリセ、言峰を除いたほぼ全員が困惑の声を上げた。



~~~~~~~~~~~


──昨日の深夜、ストームボーダー内医務室にて。


アスクレピオス「妊娠7週目、といったところだな。……興味深い、受肉もしていないサーヴァントが子を宿す事は通常あり得ない事例だ。」


エリセ「……私の母の血筋や準サーヴァントという在り方が関係しているんだと思います」


藤丸「エリセ……ごめん、俺迂闊で」


エリセ「?どうして謝るの?」


アスクレピオス「僕の腕にかけて、出産時の母体への負担やリスクは限りなくゼロに近付けてみせる、何が不安なんだ?」


藤丸「現代の倫理的に14歳の子を妊娠させるのは流石によろしくないんです……」


エリセ「私は嬉しいよ、お母さんの立場になれるの」


アスクレピオス「当世ではそういうものか……、いつの世でも育児を全うできないのであれば問題だと思うが、ここでならバックアップも十全に得られるだろうし、藤丸の給金も高額の部類だと聞いている。やがて社会で暮らしていくとしてもやっていけるだろう。ここだと敵襲が不安、というのはあるかもしれないがな」


藤丸「…………うん、俺が弱気になってちゃダメだな」


アスクレピオス「心の患部を治療できたようなら重畳だ」


エリセ「そう言えば先生、お腹の子は男の子ですか?女の子ですか?」


アスクレピオス「そればかりはもう2ヶ月程経たないと判らない。


それと向こう5ヶ月程は戦闘行為などの過激な運動は控えるように。サーヴァントの肉体は頑強だがその膂力をフル活用してしまえば胎児に危険が及ぶだろうからな。


ところで、ダヴィンチ達への報告はどうする?

患者のプライバシーを優先したいところではあるが」


藤丸「もう4月1日に差し掛かってますし、2日程待って自分達の口で報告します。エイプリルフールのせいで話が広まるとややこしくなりそうなんで」


アスクレピオス「当世は当世でしがらみがあるものだな、了解した」


その後、妊娠期間中の注意事項の説明を受け、藤丸とエリセはアスクレピオスにお礼を言って医務室を後にした。


___________



エリセ「赤ちゃんの名前はどうしよっか?」


藤丸「……エリカ、とかはどう?」


エリセ「わかりやすいけどいいね、男の子だったらどうする?」


藤丸「う~ん、そうだなぁ……」


藤丸の部屋に戻ろうとする途中、二人は歩きながらまだ見ぬ我が子について話し合っていた。


深夜のストームボーダーの通路で誰かと鉢合わせる事もそうそうないだろう──と考えていた矢先、こっそりと厨房で聖杯七味入りの麻婆豆腐を堪能した帰りの言峰神父と遭遇する。


言峰神父「おや、こんばんは、二人とも。珍しい時間に出歩いているものだね」


藤丸「こっ、言峰神父……!」


エリセ「こんばんは、言峰神父。あなたも人の事は言えないんじゃあないですか?」


言峰神父「私にとって夜の散歩は日課のようなものだよ。……ところで赤子について話していたようだが一体……」


エリセ「ああ、それはですね」


藤丸「エリセ!?」


エリセ「立香、この人には話しても大丈夫だと思う。たまに激辛料理トークや雑談とかするけどこういう場面で悪巧みするような性分ではないよ、きっと」


そう言ってエリセは言峰に事情を話した。


言峰「……なるほど、ではこれを君に贈ろう」


言峰はポケットから聖杯七味を取り出し、エリセに手渡す。


エリセ「これは?」


言峰「特別製の香辛料、オリジナルの配合の七味だ。既に幾度か賞味した余り物を贈り物とするのもどうかとは思うのだか、至上の辛さをぜひ君にも体験してほしい」


エリセ「激辛!?いいですね!」


辛さ、というワードに目を爛々と輝かせるエリセ。


エリセ「でも、いいんですか。そんな良さそうな品を戴いてしまって」


言峰「……全ての新しい命の誕生を祝福する、というのが私の信条だ。少しばかり気は早いが、惜しむつもりは一切無い」


エリセ「ありがとうございます!じっくりと味わいますね!


ねえ立香!明日は一緒に激辛料理食べるの付き合ってよ。私が作るからさ、たまにはいいでしょ!」


藤丸「いいよ。でも俺についていけるかな、その辛さに」


言峰「宇津見君、その七味は我々の舌でも焼けそうになる代物だ。彼に食べさせるなら極々少量にするのがいいだろう」


エリセ「それほどなんですね……!いやが上にも期待が高まります……!


立香は何が食べたい?」


藤丸「──うどん、かな。七味って話だし」


___________


厨房に立ちながらエリセは思考する。


エリセ(……すごく、幸せ、だけどいいのかな。ボイジャーとどこかすれ違ったままで、彼は私の救いになってくれたのに、今でも大切なのに。


立香と付き合い始めて、いつの間にか、距離感がわからなくなってしまった。


今更私がもういいって言うの?

差し伸べてくれた、繋いだ手を放す事になっても。そもそも彼の憂いを私が晴らせるの?

これは、悪者になりたくないっていう私の甘え?)



エリセは気付いていなかったが、

彼女の葛藤に呼応して、

金色の小筒に幽かに紫電が走った。


~~~~~~~~~~~


エリセ「──という事だったんです」


ゴルドルフ「……藤丸!重要な報告を疎かにするのはまるで感心せんぞ!」


藤丸「すみません、ゴルドルフ新所長……!」


ゴルドルフ「……若いみそらで、あまりにも特殊で過酷な環境に置かれているのだ。


我が世の春を楽しむのを責め立てたくはないが……ううむ、これゆくゆくは私が監督責任を問われるやつではないかね?」


シオン「まあ、今は何とでもなると考えましょう。

責任を問われようにも目の前の事を片付けていかなきゃ始まりませんし」


エルメロイⅡ世「……しかし参ったな。事態の究明にはいくらか漕ぎ着けたが、肝心の解決策が無い。どうすればボイジャーを補足し、帰還させられるか」


藤丸「武蔵ちゃんは無鉄砲なところもあるけど帳尻は合わせようとする人です。何か手は考えている筈」


エルメロイⅡ世「ふむ……。マスター、宮本武蔵はあの赤い鍋が君の物であるという事は知っているのか?」


藤丸「えっと、はい。

昔、厨房で一緒にあの鍋でうどんを作って食べた事があったと思います」


エミヤ「私が講師をした料理教室か……懐かしいな」


エルメロイⅡ世「なら、あの鍋をアンカーに紐付けようとしているのかもしれない。


となるとアンカーになり得るのはマスター、エミヤ、……もし在るのなら同一の物体。


こちら側から打てる手としては、あの鍋の構成情報をトリスメギストスⅡにインプットし、それに該当する存在が無いか捜索を続けるぐらいしか無さそうだ、気の長い話ではあるがな……」


藤丸「あの赤い鍋なら霊基保管室に他にもありますよ!俺取って来ますね!」


エリセ「あっ、行くなら私も!」


藤丸とエリセは管制室を出ていった。


話し合いが一段落ついた静けさの中、少女の嗚咽が響いた。


マシュ「……ぐすっ……うっ……」


ブーディカ「……マシュ、いい子だ。良くこらえたね」


ブーディカはマシュに近づき、彼女を優しく抱きしめ慰める。


マシュ「……ずみまぜん、本当なら、っ祝わなくちゃいけないのに……悪い子です、私……」


ブーディカ「それでいいんだ、そんな気持ちになる事、誰だってある」


ダヴィンチ「私の失態だよ、マシュ。藪をつついたら思わぬところから蛇が出てきてしまった。本当にごめん」


マシュ「遅かれ早かれ、知る事ではありましたから……でもっ、もう、とっくに踏ん切りがついたと思ってたのに……!……ひっく……ぐすっ……」


ゴルドルフ「……会議も長引いたからな。休憩がてらしばらく外の空気でも吸ってくる事にしよう」


シオン「ええ、そうしましょうか」 


ゴルドルフとシオンが席を外す。

エミヤ、言峰神父、エルメロイⅡ世の3人はいつの間にか音も無く、部屋の外へと移動していたようだった。


ブーディカ「──ほら、マシュ、思いっきり泣いていいんだよ。

溜め込むのは、経験上よくない」


マシュ「……うっ……わあああああ!!……あああああ……っ……!」


ブーディカの胸に顔を埋め、ダヴィンチに頭を撫でられながら、マシュは秘めていた思いを吐き出した。



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