奪還①
鳥飼天竜人留置所から少し離れた道の角、2人の海兵は今日も元気に聖地の見張りをしていた。
和やかな話し声と時折聞こえる銃声、奴隷の悲鳴。今日もいつも通り平和な日だ。
ここのところ少し寝不足なので、思わず溢れそうになる欠伸を噛み殺した。
その時。
身体に鈍い衝撃が走る。
咄嗟に後頭部を押さえるが、みるみるうちに薮の中へ引き込まれ、身動きが取れない。悲鳴すら許さないという様子で口を押さえられる。
隣の味方は慌てて助けに入ろうとする。が、彼も突然襲ってきた男に敵わない。
2人揃ってまた後頭部を殴られ、失神してしまった。
その屈強な男は、背の高い方から海軍制服を剥ぎ取り、そのまま身に纏った。
腰には軍愛用の拳銃、頭には帽子。
顔には大きな絆創膏。
これで見かけは海兵にしか見えないだろう。
男は見張りの海兵達に敬礼し、何食わぬ顔で留置所へと入る。
見た事の無い顔だな。とその内の1人が何気なく声をかける。
男はさわやかに微笑み、本部から伝達に来たのだ、とだけ言った。誰も彼の事を疑わなかった。まさか死刑にされかけた天竜人が、こうしてのこのこと正面切って侵入しているとは夢にも思わないだろう。
身分証の確認はされなかった。
まさか天竜人の機関に逆らう人間がいるわけもない。そんな驕りが警備を隙だらけにさせる。
侵入に成功したが、中で顔見知りに出会って仕舞えば流石にバレる。
帽子に髪を出来る限りねじ込み、目深に被り直す。
それでいて、自分はここの勝手を知っているのだと言わんばかりに堂々と歩いた。
挙動不審は疑いを招くからである。
実際、内部の構造は半分程ぼんやりと理解していた。
ここを右に曲がれば拷問部屋、ここを真っ直ぐいけば面会部屋、ならば、ここを左に曲がれば?
新たな道をスタスタと歩いて行く。
そこには、罪人達から巻き上げた物品だろうか。金銀のアクセサリーや金が下品に積まれている。
そして、一際大切そうにケースに入れられた剥製……MC01746だ。
拍子抜けする程早く見つけてしまった。
本当は戦闘になることも覚悟していたのだ。罠ではないかと周囲を見渡す。何かしらのトラップが仕掛けられていないか、怪しい人物はいないか。
しかしそれらは杞憂に終わった。
男は他の海兵達に会釈しながら、剥製を眺めている天竜人の元へと近づいた。
何をしに来たんだえとその太った天竜人は言った。
内心はびくついていた。確か、父に剥製を教わっている者の1人だ。はっきりとした面識が無かった事に救われた。
男は迷いに迷った挙句、父の日記を思い出してこう言った。
「大目付、センゴクからの申し付けです。こちらの剥製を回収しろとの事です」
太った天竜人は心底面倒臭そうに頭を掻いた。
「あーー、センゴクには渡せないと伝言しておいてくれだえ。第一、この剥製は我が師、トリスキー聖の最高傑作だえ。…まあ、例の件で無惨な姿になってしまったのが悔やまれるえ。…お前、あのイカれ息子については聞いたのかえ?」
「事件の事は存じております。こちらの剥製はトリスキー聖の所有物ですから、海軍で引き取るといったことはしません。しかし、かのドンキホーテ・ドフラミンゴが絡んでいるとなると話は別です。全てが終わればお返ししますから、少しの間お借りしたいと思いまして」
ペラペラと適当にでっち上げた話を垂れ流す。
そのイカれ息子は貴方の目の前に居ますよ。とはとてもじゃないが言えない。
「そうかえ。ならばトリスキー聖に直に掛け合ってくれだえ。…あれが許すとは到底思えないえ」
「ありがとう御座います。では、私はこれで」
流れるようにケースの蓋を開ける。
MC01746はピエロの笑みを絶やさず、ただ静かにそこにいた。
私はその冷たい身体を持ち上げた。
「まてっ!まだ持っていっても良いとは言っていないえ!お前、止まるんだえ!」
天竜人の絶叫を無視して走り出す。
取り返した。
帰れる。これで、D.Dの望みに一歩近づける。
男は有頂天だった。
周りなど何も見えないぐらいに。