『契約してもらいたい怪人達』
夕暮れ時、小学生の男子が一人ランドセルを背負って下校していた。だが、その顔はどこか不安そうだった。なぜかというと……。
「夕暮れの怪人……かあ……」
なぜなら、クラスで噂になっている怪人のことで不安になっていたからだった。その噂の内容はというと……。
「夕暮れ時、子どもが一人でいると……シルクハットに黒マントで、顔がヤギの怪人が現れて、『君も私と契約して、怪人にならないかい?』って言ってくるんだよ……」
「ヤギ? 俺が契約を持ちかけられたのは、顔が狼だったぞ!?」
「私のは顔がカラスで、自分のことをカラス男爵って名乗っていたわ!」
「契約したら、改造されて奴らが所属している組織仲間にされちゃうんだ……」
そんな噂が、クラスで持ちきりになっていた。自分はまだ出会っていないものの、一人きりになると不安で仕方なかった。
「噂の怪人が、出てこないと良いけど……」
そう独りごちた瞬間、少年の後ろからこつこつと、足音が聞こえた。思わず振り返ってみると、そこにいたのは……!
「やあ坊や、私は怪人ヤギ男爵……私と契約して、怪人にならないかい?」
「わーっ、出たーっ!」
そこにいたのは、燕尾服に蝶ネクタイを締めてマントを羽織り、シルクハットを被ってヤギの装飾がついたステッキを持った、頭がヤギの怪人だった。噂通りの姿に、少年は驚いて一目散に逃げ出した!
「た、助けてーっ!」
「怪人は楽しいよ、君もなろうよ……」
逃げ回る少年に、怪人の素晴らしさをささやきながら追い回すヤギ男爵。それに対し、命からがら逃げおおせた少年。息を切らしながら、後ろを見て安心する。
「ハァ、ハァ……に、逃げ切れた……!」
だが、そんな少年に息をつかせぬ出来事が起こる。息切れしている少年の目の前に現れたのは……。
「もしもし、可愛い坊や……私と契約して怪人にならないかい? 私は怪人カラス男爵だ」
「わ、わーっ! 今度はカラスの怪人だーっ!」
先ほど出会ったヤギ男爵と同じ格好(違うのはステッキの装飾がカラスなことぐらい)をした、頭がカラスの怪人だった。一度に二度も怪人に出会ってしまったことに恐怖した少年は、慌ててその場から逃げ出した!
「嫌だーっ! 助けてーっ!」
「そんな嫌がらなくて良いじゃないか、怪人になろうよ……」
先ほどのヤギ男爵と同じく、逃げる少年に怪人の素晴らしさを説きながら追いかけるカラス男爵。命がけで逃げる少年が曲がり角を曲がると、そこにいたのは……!
「やあ、坊や……私はオオカミ男爵。私と契約して怪人にならないかい?」
「三度目は、オオカミの怪人ーっ!?」
曲がり角でばったり会ったのは、先ほどの二人と全く同じ格好をした(違うのはステッキの装飾がオオカミなこと)頭がオオカミの怪人だった! 一度に三度も怪人に出会ったことに、恐怖した少年は……疲れてその場にへたり込んでしまった。
「おや、契約してくれるのかい? ならば早速、私と契約して……もらおうか」
地面にへたり込んで動けず、恐怖している少年。だが、その後ろから現れたヤツを見て、オオカミ男爵は驚いた。
「き、貴様ら、カラス男爵に、ヤギ男爵!? 貴様らもこの少年と契約するつもりだったのか!?」
「オオカミ男爵、貴様ぁ! この少年はこの私、カラス男爵が契約するつもりだったのだぞ!」
「いや、最初にこの少年に契約を持ちかけたのは、このヤギ男爵なのだぞ! お前達にその資格は無い!」
全員が、自分と契約するつもりだったのか……と思い、もしかして、全員に契約させられる!? と驚く少年。だが、頭とステッキだけが違う男爵達は、お互いを敵視した表情を浮かべていた。
「貴様らぁ! ろくに契約も取れていない弱小怪人のクセして、このヤギ男爵様の邪魔をするな!」
「それは貴様も同じだろう! ここにいる我々は皆階級が同じ男爵ではないか! 特にヤギ男爵にカラス男爵……お前らは子爵にもろくに届かないくせに……」
「それはお前もだろうカラス男爵! ゴミ捨て場でゴミを漁るしか能の無い害鳥が!」
「なんだとこの犬より多少デカいだけのケダモノが!」
「ケダモノと言うならヤギ男爵の方だろう!? 草を食うしか取り柄のないヤツだぞ!」
「なんだと貴様ぁ!」
オオカミ男爵の言葉にイラついたヤギ男爵が、ステッキでオオカミ男爵を殴る。それに対し、今度はオオカミ男爵がステッキで殴ろうとするが、ヤギ男爵は避けてカラス男爵に当たってしまう。それを受けて、今度はカラス男爵がオオカミ男爵を殴ろうとするが、全員が全員を殴るという形になる。それを受けて、更にガルガルと唸ったり敵視した表情をする。
「……やる気か?」
「当然だ! こうなれば、ここで戦って勝ったヤツがこの少年に契約をさせる! 良いな!?」
「良いだろう、男爵から子爵に上がって、そろそろこの窮屈な衣装とお別れしたかった所だ、行くぞ!」
「「「望むところだ!」」」
その言葉と同時に、三人の男爵はケンカを始めた。手袋のした手で殴ったり、黒の革靴で蹴ったり、ステッキで殴ったり……と、少年そっちのけでケンカをしていた。
その様子を見て少年は。
「……帰ろ、さっきまで怖がってたのが馬鹿馬鹿しいや」
衣装や帽子をボロボロにしながらケンカをする、三人の男爵に呆れて家へと帰るのだった。
『登場人物』
「少年」
ランドセルと短パンとTシャツの男の子。ツンツンした髪型。
「怪人ヤギ男爵・怪人カラス男爵・怪人オオカミ男爵」
子どもに契約を結ばせて怪人にしてしまう怪人達。
全員燕尾服に蝶ネクタイを締めてマントを羽織り、シルクハットを被って装飾がついたステッキを持っている。違うのは頭とステッキの装飾ぐらい。ヤギ男爵ならヤギの頭とヤギのステッキといった感じ。
本人達の発言から、階級制のようで子爵に上がりたかったようだが、この様子では上がれそうにもない。