奇跡が起きるなら
奇跡を起こすウマ娘。
そう呼ばれて少し経った後。
ボクはマックイーンに呼ばれた。
チームスピカの慰安旅行を計画してくれたのだと言う。
ボクは嬉しくなって、旅行に向けた準備に取り掛かった。
…だけど何故か、心に引っ掛かる物があった。
スペちゃん達と一緒に居られるのに、疲れを癒せるのに、何でだろう?
…何で、ボクは…?
心のモヤが晴れないまま、当日を迎えた。
ボク達二人は、先に旅館に着いた。
マックイーンからの連絡に寄れば、スペちゃん達は、到着が遅れるとのことだったので先に上がらせて貰うことにした。
ちょっとチャラチャラとした見た目の人が丁寧に部屋まで案内してくれた。
露天風呂付きの、大浴場。
美肌効果、疲労回復にも効果があるのだと言う。
お食事の前にどうですか、と言われたのでマックイーンと入ることになった。
熱いのはやだなあ、とか備え付けのシャンプーでは髪が纏まりませんわね、とか他愛もない会話をしながら服を脱いでいった。
普段から見慣れてる、マックイーンの身体。
引き締まるところがちゃんと締まっている、まさにステイヤーに相応しい身体。
…それは、見ようとして見た訳じゃない。
治療を乗り越えたであろう形跡が、少し痛々しい痕として残っていた。
その視線に気付いたのかマックイーンは、それを隠す様にタオルで覆った。
…それくらいで、ボクはマックイーンを軽蔑したりはしないのに。
むしろそれは、挑戦者の証にも思える程だ。
…二人きりの大浴場は、広い。
利用者が他にも居るはずなのに、時間帯が合わないのか人っこ一人居ない。
ボク達は自然と隣り合って、湯船に浸かっていた。
湯加減は熱すぎずぬる過ぎず、ずっと浸かっていられるくらいに心地よい。
しばらくその心地よさに浸っているとふと、ボクの手に何かが触れる様な感触を感じた。
その正体は、考えるまでもなかった。
マックイーンだ。
触れた手は、当然かの様にボクの手を握る。
そうされたからと言って、お互い特別何かを口にするわけでも無い。
正直、のぼせてもおかしくないくらいの時間、こうしていたと思う。
何かが起きそうで、起きない時間。
夕食の時だって、マックイーンがボクのデザートを食べようとするくらいでいつも通りだった。
勿論、ご飯自体はとても美味しかった。
事件は、その後に起こった。
「…布団、一つしかありませんわね」
布団が一つ…枕は並んで二つ。
その光景を見た瞬間、旅館側のミスだと思った。
多分、言えばすぐに布団は持ってきてもらえる。
ただ、スタッフの人たちはとても忙しそうだったので手配はやめておいた。
それに、別にボクは押し入れで寝ても問題ない。
病み上がりで身体を気遣う必要があるマックイーンが寝られる分の布団があれば、それで良いと思ったのもある。
一つだけの布団と並んだ枕の意味は、あまり考えたくなかった。
…考えたらキリがなくなるから。
これは、マックイーンが企画したチームでの慰安旅行。
それ以上の意味は何もない筈だから。
…この時間になってもスペちゃん達からの連絡がない時点で、何処かおかしいのは薄々感じていたけれど。
「ねーねーマックイーン、皆まだかなあ?」
その予感は出来れば外れていて欲しい、そんな願いを込めて来るはずの無い仲間の話を切り出した。
側から見れば、ステップを踏んでいるかの様に忙しなく脚を動かしていたと思う。
そんなボクを見てマックイーンは、どんな顔をしてるんだろう。
…そう思った矢先、マックイーンから切り出してきた。
「テイオー」
振り向いた先には、ボクの良く知っている彼女の、知らない顔。
いつもの、面白い顔でも無い。
…あの時の、絶望に満ちた顔でも無い。
その顔は、緊張と…決意に満ちていた。
その話に乗った時から、運命は走り出していたのかもしれない。
マックイーンが企画した、チームの慰安旅行と言う名の…。
「うん、何?マックイーン」
ボクは、彼女に向き直った。
何が起きても、彼女から。
…自分の心から、目を逸らさない様に。