天 落 その2

天 落 その2


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ふざけたことを…」


戦場に響く歌声に「ドレスローザ」の支配者、ドンキホーテ・ドフラミンゴは忌々し気に顔を歪める。

大して上手くもない歌を聴かせていること以上に、その歌が人々を奮起させている事実に苛立ちを抑えきれない。


「その不愉快な歌をやめろ……!!」


歌の発生源、電伝虫を手に持つ女を発見し、ドフラミンゴは歌を止めさせるべく攻撃を仕掛けようとする。


しかし、それを許さぬ男がここにいる。


「ミンゴォォォォォ!!!」


「!? ゴッ……!!」


神速の剛腕がドフラミンゴの顔を撃ち抜き、盛大な音を響かせながら激突した建物を崩落させる。


「お前はァ…ぶっ飛ばす!!!」


「麦わらァ……!!!」


憎悪を滾らせドフラミンゴは己に追撃を仕掛けようとする”麦わら”のルフィを睨みつける。


いつまでもしつこい。心底うんざりする。

自分に支配されるだけのゴミ共が。何を思いあがっている。


「そろそろ…くたばれ!!」

「”大波白糸”!!!」


「覚醒」を果たしたドフラミンゴの”イトイトの実”の能力により、周囲の建物がドフラミンゴの操る糸へと変化していく。

それは鋭い切っ先を持つ大波となりルフィを串刺しにしようと迫りくる。


「”ゴムゴムの”ォ!!!」


しかし、絶大な質量を持つ糸の波すらルフィを止める事は叶わない。

大波を躱し、拳で弾き飛ばし、ルフィはドフラミンゴを己の拳の射程圏内に捉えた。


「”獅子・バズーカ”!!!!」


引き絞られた両腕から放たれた掌底がドフラミンゴを吹き飛ばし、建物を次々と破壊しながら遠く離れた山へと叩きつけた。


大気を震わせるほどの絶大な一撃。

直撃を喰らったドフラミンゴは顔を項垂れさせ、山の壁に身体を大きくめり込ませ沈黙している。


勝った。


二人の対決を見守っていた者達は”麦わらのルフィ”の勝利を確信し、歓喜の叫びを上げる。

遂に「ドレスローザ」を支配する男は倒された。自分たちは救われたのだと。


ドフラミンゴが力尽きたのと時を同じくして、「鳥カゴ」は崩れ……


「ダメだ…!!」


崩れない。縮小は止まらない。

まだドフラミンゴは倒れていない。


倒しきれなかったことを確信したルフィは身体を弾かせ、沈黙するドフラミンゴへと迫る。

今度こそ、この「鳥カゴ」を壊すために。残り少ない力を振り絞る。


「”ゴムゴムの”……!!?」


後一瞬、ほんの数秒保てばドフラミンゴに届いたというその時に、ルフィの全身から空気が抜けるように煙が立ち昇り膨れ上がっていた身体が元に戻る。


先ほどまでドフラミンゴを圧倒していたルフィの”ギア4”。その活動限界を遂に迎えてしまった。

力が抜けたルフィは盛大に地面に叩きつけられ、苦し気に胸を上下する。


限界を迎えた今のルフィでは、ドフラミンゴにトドメを刺せない。

人々の間に芽生えた希望が、絶望へと変わっていく。


そんな絶望を感じ取り、ドフラミンゴの口元がつり上がる。


「鳥カゴ」の縮小速度が上がっていく。迫りくる死に人々の悲鳴が木霊する。

まだ、支配の糸は断ち切れない。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



群がる雑兵を薙ぎ払い、ギャッツの背に乗せられ姿をくらませたルフィを追っていたドフラミンゴは目標を変更すると決めた。

歌を響かせていた女。あの女に攻撃を加えようとした時、”麦わら”のルフィは明らかに怒りが数段跳ね上がっていた。


つまり、奴らは知り合いだ。

「鳥カゴ」で人々を追い詰め、あの女を殺せば奴も出て来ざるを得まい。


口を大きく歪ませ、ドフラミンゴは未だ歌を歌い続けるウタの下へと舞い降りた。


「随分と好き勝手に囀ってくれたな…」


「!!」


己を視界に捉え、驚愕に目を見開いたが、それでも尚この女は歌を止めない。

その姿に不快感を覚えたドフラミンゴは己の手から放出した糸で女の肩を貫いた。


「~~~…ァ!!」


「お前の不快な歌もここまでだな……」


肩を貫かれ、顔を歪めるウタの姿にドフラミンゴは笑みを深める。

しかし、ウタは一瞬の中断の後に顔を歪めたまま歌を続行した。


「…………」


何なんだこの女は。気味が悪い。

戦いに慣れている雰囲気もない華奢な女が、何故痛みに悶えない?

おれを苛立たせるな。


己の思い通りにいかないウタに怒りを滾らせ、今度はその喉を潰してやろうとドフラミンゴが腕を振るいかけた時、


「ドフラミンゴ!!!」


「ヴィオラ……」


ドンキホーテファミリー幹部の一人にして元ドレスローザ王家、ヴィオラが立ち塞がった。


「何をしに来た?」


「決まってるでしょう」

「あなたとのケジメ……そして今あなたが殺そうとしている少女を助ける為よ!!!」


ヴィオラは固い決意を感じさせる目で、その手にナイフを携える。


「決着はつけるべき…」

「そうでしょう? ”ドフィ”!!!


敢えて、その名で呼ぶ。

これは如何なる理由があっても、憎きドンキホーテファミリーに所属していた自分自身へのケジメなのだと改めて宣言するかのように。


「”ヴァイオレット”……おれが裏切り者に躊躇すると思ったか?」


その覚悟は賞賛に値したのか、ドフラミンゴも敢えてファミリーに所属していた時の名でヴィオラを呼ぶ。


だが、今は構っている時間はない。

ドフラミンゴは無造作に腕を振るい、ヴィオラを吹き飛ばす。


「グッ……!!」


「安心しろ、後でお前も殺してやる」

「だが今は、あの不快な歌を聴かせてくれた礼をする方が先決なんでな」


「……っ!!!」


やはり、今最も危険なのはウタだ。

この男は自分の思い通りにいかない存在を許さない。


だから自分が命に代えても彼女を守ろうとしたというのに、今の一撃で身体が動かない。

ドフラミンゴとの圧倒的な力の差を痛感しつつ、ウタの盾になろうとヴィオラは身体を起こそうとする。

だが、震える腕では身体を支えきれず崩れ落ちる。


そんなヴィオラを一瞥し、改めてウタの方へとドフラミンゴが向き直る。


「…………」


己と歌い続けるウタの間に剣を構えた人影が割り込んでいることに閉口する。


どいつもこいつも。

怒りを通り越し、呆れの色を滲ませながらドフラミンゴは影の名を呼ぶ。


「邪魔をするのか? レベッカ」


ドレスローザの闘士の一人、元ドレスローザ王家の血を引くレベッカがそこには立っていた。


「お前如きでおれを止められるとは思ってないだろう?」


「そうよ!!」


ドフラミンゴの言う通りだ。自分如きが敵う相手ではないことなどわかっている。

それでも、立たなければならない理由がある。


「ならどけ。邪魔だ」


レベッカに興味など微塵もなく、ドフラミンゴの目は常に後ろにいるウタに向けられている。


自分はドフラミンゴにとって路傍の石にもならない。そんなことは分かっている。

だが、彼女だけは傷つけさせない。


「嫌!!」

「だって、この子はお父様たちに忘れられた”私”なんだから!!!」


彼女がどれだけ苦しんだのか。自分には推し量ることもできはしない。

それでも、もしも自分が彼女と同じ立場に落とされたらと想像し震えあがった。


愛する両親に気付かれない。誰も自分を覚えていない。

誰も、何も。全てから忘れ去られる地獄とは、どれだけの苦しみだったのだろう。


そんな地獄の中で、ずっと自分を守ってくれた”兵隊さん”のような強さを自分も持ちたい。


目の前の男に勝とうとは思わない。そもそも勝つことは不可能だ。

それでも、父に美しいと言ってくれたこの手を汚す覚悟で剣を握るのは守るためだ。


「ドフラミンゴ!! もう二度と…誰も、何も!!」

「あんたなんかに奪わせたりしない!!!」


後ろにいるルーシーの仲間を、絶対に奪わせない。


「満足に声も出せねェ、不格好な歌しか歌えない金糸雀風情を守るか……」


初めて、ドフラミンゴの視線がレベッカに向けられる。

無駄な事に命を賭けるその愚かさに侮蔑の色を滲ませながら。


「フッフッフ!! いいだろう、その震える手で剣を握った勇気を讃え……」


ドフラミンゴの指が動く。

操り人形を躍らせるように。


「一つ、教えてやろう」


「!!?」


突如レベッカの身体が硬直する。

己の意志とは反して、レベッカはゆっくりと後ろを振り向く。


「敵の心を折るのに最も適したやり方は…」

「同士討ちを誘うことだ」


剣を持つレベッカの向いた先には、ウタがいた。


「味方ですら安心できない……そんな疑心が心を蝕み、やがて殺意となり互いを喰らい合う」

「友だ、仲間だとのたまう奴らには良く効いた方法でな…」

「そうして手にかけた後は驚くほど簡単に”処理”できる」


淡々と、物わかりの悪い教え子に丁寧に教え込むようにドフラミンゴは語る。

そのやり方は、奇しくも「ドレスローザ」を支配する時にリク王達に罪を擦り付けた手法にも似て……


「お前はどうだ? レベッカ?」


その顔には、壮絶な悪意が渦巻いていた。


「守るとほざいた口で、その女を殺した後に何を囀るんだ?」


「~~っ!!! ドフラミンゴォ!!!」


怒りのあまりレベッカの視界が真っ赤に染まる。溢れ出す涙で視界が滲む。

この男は何処まで人を苦しめれば気が済むのだ。


「っ!! ドフラミンゴ、やめなさい!!!」


「ああ、お前もいたなヴィオラ……」


レベッカとウタに迫る悪意に、堪らずヴィオラが叫ぶ。


その声に、興味を失ったかのようにドフラミンゴが顔を向けた。

直後、その顔を悪意ある笑みに歪ませる。


「ちょうどいい。あの女を殺した後はお前も殺させるとしようか」


「お前はッ……!!」


この男はどれだけ人を踏み躙れば気が済むのだ。これ以上何を壊せば気が済むのだ。

ヴィオラはドフラミンゴへの怒りと動けぬ自身の不甲斐なさに涙を溢す。


「……!!」


「動くな」


その様を見て、歌を中断したウタはよろめく身体でその場を離れようとする。

しかしドフラミンゴの糸がウタを絡め取り、その場へ倒れ込ませる。


「ァ……」


「フッフッフ!! そのまま自分の終わりを静かに待つんだな」


それでいい。その顔が見たかった。

だがまだだ。この「ドレスローザ」の支配を滅茶苦茶にしてくれた礼はまだ済んでいない。


ドフラミンゴが糸を操り、レベッカにウタを斬り捨てさせようとしたその時、



『さァ皆さん!!! もう少しの辛抱だ!!!』



三度、電伝虫から聞こえる声が「ドレスローザ」に響き渡った。

ドフラミンゴの顔に浮かんでいた笑みが消え去る。



『”歌姫”の歌が聴こえなくなっても、我々の耳にはまだあの声が残っているはずだ!!!』



声の主はコロシアムの実況者ギャッツ。

息を切らせ、この局面でドフラミンゴの目に留まる行為をするという恐怖に身体を震わせながら声を張り上げる。



『歌声が思い出させてくれた!!! 我々は”希望”を知っていると!!!』

『”スター”は蘇る!!!』



この緊急時に何をやっているのかと人々の罵声が聞こえる。

だが構うものか。これがおれの仕事だ。


この「試合」の結末を、皆に伝える義務が自分にはあるのだ。



『その名も!! ”ルーシー”!!!』

『またの名を!! ”麦わらのルフィ”!!!』



やれるだけのことはやったのだ。

その”希望”が必ず成し遂げてくれるのだと、皆で信じようではないか。



『彼は今、戦いに傷つき倒れてしまったが…!! 嬉しさに震えろドレスローザ!!!』

『ルーシーはこれを約束してくれたんだ!!!』



奮い立てドレスローザ。湧き立て人々。

”夜明け”は必ず訪れる。



『ドフラミンゴの一・発・K・O・宣言!!!!』



ギャッツの熱が徐々に人々に広まり、歓声が聞こえ始める。

ドフラミンゴを打ち倒す男がいるのだと、高らかに宣言し続ける。



『聞こえているかドフラミンゴ……!!!』



ドフラミンゴの凶行を少しでも遅らせるべく、注意を自分に向けさせるマイクパフォーマンス。

遠く離れたドフラミンゴの殺気を纏った鋭い視線がこちらを捉えたことを感じ取る。



『王を操り!! 世界を欺き!!』

『このドレスローザに居座った偽りの王!! ここが貴様の…』



次の瞬間には自分の首が刎ねられているかもしれないが、構うものか。


(ヴィオラ様とレベッカ、”歌姫”から離れろ!!!)


高らかに謳い上げる。真のヒーローの名を。



『処刑場だァ~!!!!!』



「鳥カゴ」を消し去ってくれる男の名を。



『ルーシーは蘇るっ!!!』



カウントダウンを開始する。

人々の口から次々と「ルーシー」の名が叫ばれる。



『どこかで聞いてる!! スターの名を呼べ!!!』



皆が待ってる。我々を”自由”にしてくれる男の登場を。

だから叫べドレスローザ。この国は必ず救われるのだ。


「茶番は済んだか…?」


ドフラミンゴが苛立ちに顔を歪め、不快な声を響かせていたギャッツの腹を貫く。

崩れ落ちるギャッツから視線を逸らし、今度こそレベッカにウタを殺させようと糸を操る。


「逃げてウタちゃん!! お願い!!」


レベッカは泣き叫び、必死に握る剣を振り落とそうと身体に力を籠める。


だが、身体が全くいうことを聞かない。

剣を振りかぶり一歩、また一歩と倒れ込むウタに近付いていく。


「やだ……こんなのやだ!!!」


「…れ、ァ…ゴホッ」


何かを喋ろうとしたウタは先ほどまでの酷使に喉が耐えかねたのか、せき込み言葉にならない。


「フッフッフ!!」


そうだ。それでいい。もっと泣き叫び、絶望しろ。


一歩ずつ、じっくりとレベッカに歩ませる。

その一歩が進むごとに、お前が守ろうとした女の命は終わりに向かっていくことを実感させるように。


ドフラミンゴの悪意に満ちた笑い声が響き渡る。



Report Page