天竜人は宙を舞う
ウタルテットの不当な読者ルフィ視点
『貴方ほどの人が、なぜ海賊に堕ちたのですか』
似たような言葉をよく海兵に言われる。
そして、海賊の道を選んだことに間違いはなかったと、改めて目の前の光景を思う。
天竜人が宙を舞っていた。
現実逃避気味に、海賊への道を選んだ日のことを思い出す。
ウタは父シャンクスのように海賊になりたがっていた。
最もシャンクス自身がその進路に内心反対しており、元海兵の自分へ預けたぐらいなのだが。
もちろん自分だって反対していた。なぜ、自分からアウトローに堕ちるたがる。
ウタの歌声は人々を幸せに導く。
当たり前にに音楽活動すれば良いじゃないか。
「私は海賊になりたいの! ルフィと一緒に自由に冒険して、他の海賊と戦ったりしながら、世界中に音楽を届けるの!」
ウタは愛する人の願いでも、夢見ることは止められないと反発していた。
折衷案として、海賊としてもやっていけるレベルの護身術を身につけながら、ゴア王国で路上ライブをやったりトーンダイアルを販売したり始めた。
『素晴らしい歌声だ! まさに天使のようだ!!』
『ゴア王国の誇りだ! 君がいてくれることが誇らしい!』
さすがはウタ。
天使の歌声とたちまち評判となり、ゴア王国の音楽界をかけ登った。
このまま真っ当に歌姫として羽ばたけばいい。
人々の喝采と多忙な日々に、いつか海賊の夢を忘れるだろうと呑気に構えていた。
世界がそんなに単純で綺麗なものではないと、思い知っていたはずなのに。
ゴア王国は貴族に支配されている。そこで有名になるということは、貴族の社交界で有名になるということだ。
演奏会の付き添いで、控え室からウタがなかなか出てこなかった。
胸騒ぎに全力で見聞色の覇気で、探し回ろうかとしたところで、ウタが飛び出してきた。
「なんか、貴族の偉そうなヤツが愛人にって迫ってきたから、ぶっ飛ばしちゃった! とりあえず逃げよう!」
その相手と、ぼんやり待ちぼうけしていた自分自身に殺意が湧いた。
うら若き美しい歌姫が、この世界でどのような扱いを受けるのか、甘く見ていた。
自分の海兵時代のコネを使えば、この事件を有耶無耶にすることは可能だろう。だがゴア王国では活動出来なくなるし、二度三度と続くことは見えていた。そのときに、防ぎきれる絶対の保証はない。
ウタが望むように、海賊となることを決意した。
そして現在。
シャボンディ諸島。
人通りが多い適当な広場を見つけ、一味がノリで路上ライブを開いたら、人混みを割ってそいつが現れたのだ。
たるんだ体に、金魚鉢のようなヘルメット。
神の代行者であり地上の支配者、天竜人。
かつて見た姿に、海兵を辞める元凶の姿に、動悸が早鐘を打つ。
「おまえの歌が素晴らしいと、このわちしが認めるだえ〜。子守り歌係に1億で買うから、光栄に思うんだえ〜」
殺そう。1秒もかからない。
止めよう。鎖のついてない億超え海賊に、そんな声をかけるなんてイカれてやがる。恐らくこの状況はイレギュラー。護衛を1人くらいぶちのめすなり、全力で逃走するなりすればどうにでもなる。
対象は射程内。瞬きのうちに首を刎よう。
殺せば大将が来る。今の一味では太刀打ちできない。避けなければいけない選択肢だ。一味の副船長として、冷静に対処しよう。
指先まで覇気が満ちる。脱力した両腕は蒼く染まり、次の瞬間には人体を両断する稲妻となるだろう。
「1億は安すぎるわァァァアアア!」
ウタの腰の入った右ストレートが金魚鉢に突き刺さった。
剃の載った高速移動のままの勢いの見事な一撃。
天竜人の護衛は反応できなかった。
鼻血やガラスを撒き散らしながら、天竜人は宙を舞ったのだ。
「ハハハッ!」
笑うしかない。
殺意のこもった両手から力を抜いた。
権威に縛られた海軍ではこうは行かない。このまま着の身着のままの逃避行が始まっていただろう。
「撤収だ! 天竜人に手を出しちまった以上、とりあえず設備担いで逃げるぞ!」
けれど我らは海賊。元から海軍から逃げる身で、海賊船という逃げる手段も持っている逃げのベテランだ。
気が向いたら戦ってもいい。
楽に行こう。
自由に行こう。
もう、ウタが望むままに海賊なのだから。