天才アイドルヒエロちゃん9話

天才アイドルヒエロちゃん9話


Wild mummys人物紹介

ヒエロ•プトレマイス

 トートの巫女。気の強い脳筋少女

アザリー

 別名、死者の書。楽園へ導く者

テレサ•メロディ

 カルキノスの神装巫女。厨二病気味のカニ娘。

ニキアス•グリフ

 『Wild mummys』のマネージャー兼リーダー。何かと器用なギャンブラー。


前回までのあらすじ


巫女連盟から許してもらえた

アザリーとテレサは、

ヒエロと合流するために動き始めた。

一方、ヒエロは時の書物庫という空間に

意識を閉じ込められていた。

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とある夜、エジプトに世にも奇妙な雨が降った。その雨は光り輝いていて、まるで夜空に浮かぶイルミネーションかのような景色を見せていた。


死者の書と呼ばれる少女が、全身から特殊な成分を持つ煙を生成し、雲を作り出した。

光る雨とは対照的に、雨雲は緑と黒をかき混ぜたかのような混沌の色をしていた。


雨に打たれた虫は、みるみる体が溶けていき、蒸発する。そして、また異様な煙が噴き出して、雨雲を作る。そのループが、雨の領土をみるみる拡大していった。

雨に打たれた人々は、安らかに眠り、肉体と魂を隔て、魂のみが空に飛び立つ。


石造りの遺跡の祭壇で、トートの巫女であるシファは、死者の書と呼ばれる少女を抱き抱えていた。


「シファ様!!今、エジプト全土に渡って光り輝く雨が降り続いております!!それどころか、このまま煙が出続けると、エジプト外にも被害を巻き込む恐れがあります!!」


雨は、霧となって空気に紛れ込み、屋内にもやってくる。どこにも逃げ場はない。


「起動せよ、」


130人ほどの信者が覚悟を決めた。

シファの手の中の少女アザリーを中心に、ヒエログリフで描かれた魔法陣が浮かび上がる。


シファはタイムリープの魔法を起動させた。

発動条件は、"エジプト人の魂を生け贄に捧げる"事であった。

捧げた魂の寿命分、移動する時間が伸びる。


手の中の少女が、目を覚まし、何をしているの?と聞きたそうな顔をしていた。


「アザリー…これをお守りに持っておくと良い」


シファは掌サイズの宝石を手渡した。

トート神の力を残したものだった。


「エジプトはもう救えない、自ら滅びへの道を歩んだ、救いようがない、でも君だけは、救って見せるぞ。」

彼女は周りの人達と心を繋ぎ、呪文を詠唱し始めた。そして、光に包まれる。


「アザリー、君は生きるんだ、未来の世界でな」


新キャラ君 




時の書物庫と呼ばれる、本棚が螺旋を描くドーム状の空間の中。

白いセーラー服を着た少女、

ヒエロ・プトレマイスが唸っていた。


「…えーっと、ちょっと理解出来なかったんだけど、もう一回言ってもらっていい?」


ヒエロは右手を後ろに回して、

えへへ〜と頭をポリポリとかく。

その向かいにいる、トキと猿を融合させたかのような神、トートは言う


「耳をかっぽじってよく聞けよ?

エジプトを滅ぼしたのは、アザリーじゃ。」


ヒエロは、口をあんぐりさせ

「はぁ?」


「お主のようなアホには理解できんと思うがの、エジプトの奴らは、アザリーを死者の書として改造し、

自ら滅ぼす事を選んだのじゃ!!」


ヒエロは、呆れた。

「いや、アホなのはどっちよ。

何で集団自殺を国ごとやるのよ。」


トートは、やれやれとポーズをとった。


「勘違いしてもらっては困る。

奴らが全員死んだなら、エジプトの神は全員ドラゴンになっとるわ。


奴らはアザリーの力で、魂だけの存在となり。

冥界をこえ、楽園アアルで平穏な日々を過ごしているのじゃ!」


この目の前の鳥もどきは、テレサに匹敵するくらいの厨二病かもしれない…。

ヒエロはそう思った。


「アアルゥ?それって、天国ってやつ?」


「まぁ、似たようなもんじゃな。」


「ふぅ〜ん」


「そこで、提案があるんじゃが」


「何よ?」


トートが間を開け、一瞬の静寂

そして


「ワシはギリシャの人間全員を、楽園アアルに送りたいんじゃ。

ヒエロ、協力してくれぬか?」


ヒエロは、もう一度口をあんぐりさせ

「はぁ?」


トートは、目を輝かせながら、空を見上げ、羽を大きく開いた。

「ワシはな、より多くの人間に、幸せになってほしいんじゃよ。」


その時、ヒエロに猛烈に嫌な予感が、

閃光のように頭を駆け抜けた。


「…待ってよ。という事は

ギリシャ中で虫を発生させたのって、

まさか…、」


「ワシじゃよヒエロ。

正確にはワシの巫女。」


ヒエロは頭を抱えた。

なんて事をしてくれたんだ、この神は。

と思った。


「あ、あんた、一体なんでそんな事を」


トートは、まるで通り過ぎる台風のように、ペラペラと喋る。


「アアルは素晴らしい世界なんじゃよ。

襲い来るドラゴンの脅威もない。他国との戦争や、略奪の心配もない。

喜びだけが溢れる日々。

永遠の安寧を得られる唯一の場所なんじゃ!


ヒエロ!ワシと一緒に、アザリーを説得し、ギリシャ中の人々を楽園へと誘おう!」


「ま、まぁ、平和なのは悪くないけど」


「…頼むよ、ヒエロ。

ワシにはお主の力が必要なんじゃ。」


「でも、断る」


トートの必死なプレゼンを、

ヒエロはぴしゃりと跳ね除けた。


「…なぜ?」


ヒエロは若干引き攣った顔で答えた。

「時代と価値観の違いってやつかな。

永遠の安寧なんて、100年くらいしたら、飽きてそうだもん。」


むしろ、アアルという場所に今も人がいるなら、それこそ可哀想だ。


「…肉体さえ無事なら好きな時に戻ってこれるんじゃぞ?」


「関係ない」


と、答えたその時、

異常は起きた。


ヒエロは、ソレを目の当たりにして、警戒態勢をとる。


正面にいたトートの肉体が、

溶け始めていた。

なかなかグロテスクで、内部にある臓器が音を立ててうごめいているのが見えた。


異常な光景だった。


「トート、あんた…!

そんなに悲しむなんて…!」


トートは、苦しみながら

ぐちゃぐちゃになった口で嗚咽する。


「あぁ、本当に、本当に残念じゃよ。

ヒエロ、お主となら、分かり合えると思っておったのに」


「嘘つけ!」


いや、違う。そんな事をツッコんでいる場合ではない。

「時の書物庫」と呼ばれるこの空間も、歪み始めていた。

まるで、所有者では無い者を、追い出そうとしているような。


ヒエロは、何か気づいた表情をして。

冷や汗をかきながら、にっと笑った。


「不思議に思ってたのよね。

あんたの権能なんか変だなって。

あたしが聞いてたトートの権能と、大きく異なるような力だったからさ。」


トートの権能は

知恵に関するもので、多種多様な魔法を使いこなせるような能力であると聞いていた。


だけど、目の前にいるソレは、肉弾戦や、呪いの力に特化していた。

ヒエロは、自分に合わせたスタイルなのかな〜くらいに思っていたが、


「あぁ、ワシの名はトートではない…。」

やっぱりか…

トート?は観念したように告げた。

懺悔と後悔が混じったかのような、芝居がかった声で。


ぐちゃぐちゃになった体が、

次第に形を成してきた。

ソレは、ハヤブサの面をかぶった。

包帯をぐるぐるまきにした図体のでかい

男になった。


ソレは、ドス黒い感情を込めた声で言った。


「それでは、私の歩んできた軌跡について、おはなししようか?」


「いや、いらない。

あんたをぶっ倒せばいいんだ、

多分それで全部解決する気がする。」


ヒエロはソレに飛びかかり、

拳を放った。


ソレは、ヒエロの拳をかわし、腕を掴む。

見下したかのように、クスクスと笑った


ギシィ


「ぎっ」

掴まれたヒエロの腕が、とてつもない力でぐしゃりと曲げられた。

その手を決して離さず、わざとゆっくり喋りかける。


「まぁそう言わずに」


ソレが指を鳴らすと。

頭上にスクリーンのモニターのような物が映し出された。

そこには、古き日のエジプトの民が。

神に祈り、ミイラを作り、ピラミッドを作る映像が流れていた。


「この時代は酷いものだった。

奴隷、拷問、虐殺。

しかし、人々には心の支えがあった。」


スクリーンに、三角州の土地のような、葦原が永遠に続く平原が映し出された。

楽園アアルに、そこで動物と暮らす人々。

彼らは、いつしか自分が死んだ後、その魂はアアルへ行き、救済してくれると信じていた。


ヒエロは、自分の体を宙でひっくり返して、ソレの体に回し蹴りを入れた。

ソレは画面を見つめながら、ヒエロを放り投げた。

ヒエロはとてつもない速さで壁と衝突し、空間全体に衝撃を与えた。


スクリーンの画面が切り替わる。

石造りの遺跡の中、祈りを捧げる人々の前に、

ハヤブサの仮面をつけた男が姿を現した。

オシリスの使いと騙ったその男は、ある一族に不思議な力を与えた。

魂に関する力を。


そこから、その一族の、長年にわたる人体実験の日々が始まった。

激痛に苛まれ、無数の子を産まされ、絶え間なく増え続ける犠牲者。

ハヤブサの男は、度々人々の前に現れては、知恵を吹き込んだ。


「こうして、1000年以上の実験を重ねて、ようやく完成したのが死者の書というわけだ。」


運命の日、空から光る雨が降り。

人々は安らかに眠った。


あぁ、これで永遠の安寧を得られる。


だが、人々は楽園へとたどり着くどころか、

元の肉体を使って現世に戻る事もできなくなっていた。


彼らの魂は薄暗い冥界の奥深くに幽閉されたのだ。

二度と、そこから出る事はできない


「あぁ、なんと美しい…」


「何が美しいって?」


「楽園と冥界の違いはわかるか?

言うなれば天国と地獄のようなものだ

私は、アザリーとその先祖代々に、呪いをかけたんだ。

人々の魂を冥界へ連れて行く呪いをね。


そして、もう二度とそこから戻る事も死ぬ事もできない。」


人々はアザリーの一族が楽園アアルに連れて行ってくれると信じていた。

アザリーの一族は救済を信じて自らを犠牲にし続けてきた。


死者の書が完成し、救済を待ち望んでいた人々は、ある日自分達が騙された事に気づく。

そして、これからの自分の人生を悟り、嘆き、苦しみ、恐怖する。

その絶望は、とても新鮮で、上質だった。


「ギリシャの人達にも、

この絶望を味わせてやりたいのだ。

私の名はセケル。

しがない冥界の神であり、芸術家だ。」


仮面を被っているので、ソレの顔は見えなかったが。

邪悪な存在だと、はっきりわかった。


「ギリシャは、あんたなんかにゃ滅ぼさせないよ」


ヒエロは、全身がボロボロになりながらも、バッと立ち上がった。


「そうか、ならば契約をしようじゃないか」


「契約なんぞいらんわ!」


セケルは、スクリーンを指差した。

そこにはこう書かれていた。


「両者で決闘を行う。

ヒエロが勝てばセケルはギリシャを諦める

セケルが勝てばヒエロの体を奪う。」


「了承するか?」



ヒエロは戦闘の構えを取り、

足を大きく踏み込んだ。

「なんでもいいよ。あんたはあたしが倒すからね」


セケルは、ハヤブサの目を光らせた。


「認めたな」

「あれ?」


ヒエロは、足に思ったように力が入らず

体勢を崩しコケた。

自分の拳を握りしめて確認する。

おかしい、霊力がない。


「あっ」


セケルと名乗る神は、

指をチッチッと振った。


「ははは、自分の神に挑むという事が

どういう事か、理解したかな?」


ヒエロは権能を奪われていた

そして、自分の力が目の前にいる神から貰い受けたものだという事を思い出した。


ヒエロは普通の女子高生と大差ない力に戻っていた

「あ」

「あ」

「あんたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


ヒエロの悲痛な叫びはこだまして、

闇に消えた。


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