天命
「この時代の名が!!!"白ひげ"だァ!!!」
はなからボロボロの体で、それでも撃ち出せるだけの火力で炎を迸らせる。
その名を貶されることだけは、どうしても我慢がならなかった。
世界のどこにも居場所がねえ連中がどれだけ、オヤジに救われたと思ってる。世界中から嫌われても、"家族"がいてくれることの喜びを教えてくれたのは一体誰だと。
マグマに腕を焼かれようが、おれは。
「貴様らの血筋はすでに"大罪"だ!!!誰を取り逃がそうが…」
赤犬の視線が、体力が尽きて膝をついたルフィを捕えた。様子に気付いたジンベエが戻るが、あの距離じゃ間に合わない。
「"貴様ら兄弟"だけは絶対に逃がさん!!!」
奴の拳がルフィに迫る。ちくしょう頼む、間に合ってくれ。
「退け!!!!」
瞬間、怨霊たちの叫びが辺りを蹂躙した。
視界も、音も、気配さえかき乱すこの技を、おれは一度見たことがある。
怨嗟の声で見聞色を乱された赤犬の拳は、おれの脇腹を掠めるに留まった。
「ロー!!!」
「急げルフィ!エース!ウチの艦まで戻りゃ能力者は追って来れねえ!!」
「エースさん!!」
「…!クソッ!!!」
ルフィを助け起こしたジンベエの声が厳しい色を帯びているのを感じて、再びがむしゃらに足を動かす。これだけ助けられておいて、何をやってんだ、おれは!
「何の能力じゃあ…うっとうしいのォ……!!」
まだ怨霊の渦から抜け出せない赤犬に、駆け付けたマルコとビスタが立ち向かう。
そうだ、オヤジの最期の”船長命令"も聞けねえで、何が2番隊隊長だ。
一人でも多くの"家族"をここから逃がす。おれの命も含めて誰にもやりはしねえ。
炎で退路を作りながら、ローの背中を追って走る。
気力だけで動いているルフィを海兵から守りながら往く道は、あの時のアラバスタを思い起こさせた。
オヤジ、みんな、ルフィ、それにローまで、おれを助けるためだけに命を張ってここまで来てくれたんだ。
おれは今、命を望まれて生きて、生かされている。
こんなとこで諦めてたまるか。
ふと、視界の端を白い影が掠めた。
不思議と懐かしさを呼び起こす強い花の香りが風に混じって、それから。
「遅いなあ…ガープ中将…まさかおれたち忘れられてないよな?」
「ろしー!ろしーおうた!!」
「んー?よしよし、じゃあ、いつものな」
おぼろげに浮かぶのは、優しげな子守歌ときらきら光る金色。
月の光が照らすだけの暗くて静かな場所で、温かな腕に抱かれていた。
おれはこのひとに愛されているのだと、それだけを感じていた時間が、いつかどこかで確かにあった。
なんだ、今のは。
距離の離れたおれに気付いて、ルフィがこちらを振り返る。駄目だ、止まるな。
ローがもう一度怨霊たちを解放する。直前の目視を頼りに放たれた赤犬のマグマが、怨嗟の渦を突き破って炎を宿したおれの背を焼いていた。
もし、これで最期だとしても、これだけはみんなに伝えねえと。
鬼の血を引くこのおれを―
「悪ィが、仕事でな」
鬼哭の渦中に、声が降る。
透明なイトが首にかかって、それきり何もわからなくなった。