天使
人外テストコツン、コツン、コツン。硬いアスファルトの反射する音が心地良い。久々に取れた休暇。心が弾んで仕方ない。何をしようか。ボンドとかの予定が空いてたらひたすら駄弁ろうか。それともこのまま一人大地踏みしめ世界を感じようか。帰って本を読むのもいい。買うだけ買って手に取ることもできず積み重なって柱になってる本がいくらでもある。エピさんに会いに行ってもいいかもしれない。あの人はさみしがり屋だから、今相当すねてるよ多分。
ああ、楽しいな!狭い鳥かごの中で暮らしていると、かえって世界が広く見えてくる。
太陽に手のひらをすかし、再び前を向く。目の前には怪物がいた。
「は・・・?」
不思議と恐怖は感じなかった。ただ漠然とした驚愕のみが脳を支配し、呼吸にも似た声が口をついて出てくる。
逃げなければと思う気持ちも多分あった。だがそれ以上に、目の前に突如現れたこの謎の生命を知りたいと思ってしまった。
最初は影にしか見えなかったそれはよく見れば肉塊のようだった。ドーム状の頭に目玉が8つほどバラバラに配置されている。胴体部は頭よりさらに分厚く横に長い。ここだけだと縦の長さは子供くらいだけど足が異様に細長くて見上げなければ全体を見ることができない。ちらっと見える背中(とよべばいいのかな)から筋骨隆々の腕が四本生えている。そのうち一本がこっちに向かって振り下ろされ・・・やばっ
正直死んだって思ったよ。だって僕は観察に集中しててかわすのが完全に遅れた。
回避どころか衝撃を逃がすこともできない。自分はここで死ぬんだ、なんて他人事みたいな考えさえしていた。その時、視界の端の端、朝日よりまぶしい光が差し込んでいることに気が付いた。
ジュアッ
視界を覆っていた肉が瞬きする間に消えていく。
目がまだ慣れない。人の下半身が見える。光を吹っ切り前を向く。
「・・・なんで・・・コンちゃんがここに・・・?」
「・・・エピさん・・・?」
見上げた先にいたのはエピさんだった。けど普段見てるエピさんじゃない。
その背中からは白い翼が生え、頭には金の輪を携えている。これはまるで・・・
「天使・・・?」
「えーっと・・・うん。コンちゃんに隠してても意味ないしね。ぼくは人間じゃない。でも天使でもないと思うんだ。よくわかんないけどさ、記憶としては5年前からしかないの。人間としていきているエピファネイアの記憶しかないんだ。」
「・・・じゃあなんでそんな恰好なんです・・・?」
「オレが説明しよう!」
音すらたてず、突然エピさんの隣にエピさんと同じような輪と羽をもつおどろおどろしい骸骨ぐまの人形が現れた。・・・もはや驚かないぞ、僕は・・・!
「よっす!オレはタナレイ!気軽にタッチャンって呼んでくれや!んで隣のがエピファネイア!オレのご主人や!ご主人は生まれながらにして魔を祓う力があんねん!その力で人知れず世界を守っとるんや!」
関西弁のくまは高音でまくしたてる。疲れてる脳みそにはキツイ。
「・・・だいたいのことはこいつが教えてくれた。世界には何万何億とさっきみたいのがいて、それを全部消すのがぼくの使命なんだって。・・・正直心細いよ。だからホントはもっとみんなと仲良くしたいんだけど・・・なんでぼくは正直になれないんだろう。」
・・・地味に、初めて見たかもしれない。この人のその顔が曇っているのを。
・・・いや・・・ずっとこの顔だったんじゃないか?この人はみんなでいるときも二人の時も・・・ずっとこの顔だったんじゃないのか?
「・・・手伝いましょうか。」
「え?」
エピさんが困惑している。そりゃそうか。何にも脈絡ないんだもん。
「ただの人間だけど・・・あなたを一人ぼっちになんてさせない!ぼくだけじゃない!キズナさんたちだってきっとあなたのことを大切に思っているはず!ぼくたちがあなたを支える!」
・・・その顔も・・・初めて見た。こればかりはホントの表情だと信じたい。光を反射し輝いているその涙だけは。