【大鴉は炎飛竜の子を慈しむ】
炎飛竜の末子を黒い翼が包んでいた。安全な夜の中で竜は穏やかに眠りを享受している。
くるりとまるまったその姿は赤子のようで、子竜を見る彼の目は母親のようだ。血のように濃い色の赤が愛おしいものを見るように細まり、羽毛がわずかに動いた。
眠れ、と祈るように彼は目を伏せる。遺された子を育てるのは何度目だろうか。せめて、抱く命が一日でも長く存在することを願っている。
炎飛竜の子。母の姿を知らずに生まれた哀れな子。地上に残る同胞は数少なく、飛行能力を有するとはいえ嬰児が会える確率はかなり低い。なにせ狙うものが多すぎるのだから。
鱗に始まり、粘膜に肉、脳に内臓。無駄にできる部位はなく、研究者としても魔術師としても、食を求める一般人にとっても垂涎モノの獲物であることは間違いない。
だからこそ、急いで鍛えなくてはならなかった。どの動物でも等しく、幼いうちが一番危険だ。今のうちに防衛手段を身に着けさせなければ生きてはいけないだろう。母親であると刷り込まれているのだ、いつまでも共に在る関係ではない。
竜の巣立ちは早い。彼にとってはなおの事。
一人でも問題なく生きていけると判断し、手を離すまで、どれほどの猶予があるだろうか。
名を贈るには、まだ早い。
竜の赤子が見る夢を想像して、ヒトの姿のままで鴉は息を吐く。
闇より濃い翼が身じろいでやがて止まった。