大王×今でも愛してる
ラブホテルには、変わった客がたくさんいる。恋人に首輪をつけてくる奴、おもちゃをつけられた状態でアヘアヘ言いながら来る奴、ほぼ全裸で来る奴。ラブホを始めてもう長い。悲しいことにステイゴールドはそう言った変な客に慣れてしまっていた、それでも、キングカメハメハ以上に風変わりな客は見たことがない。
「今年もよろしくお願いします」
「おう。いつもの部屋な」
キングカメハメハはノリのきいたシャツに黒いスーツで、普段は緩いウェーブが色っぽい鹿毛をきっちりオールバックにしている。これからクラシックコンサートに行く、と言われた方が違和感のない身なりである。ブランドものの革製品のバックがなんら嫌味でない大人の男であり、正直場末のラブホテルからは浮いていた。
☆☆☆
最初にキングカメハメハがこのラブホテルを訪れたとき、彼はまだ幼さの抜けきらない少年だった。
「VIPルームを、お願いします」
性を強調するけばけばしい内装に萎縮しながら、しかし興味も隠しきれないと言った様子のうぶな少年だった。後ろのベンチに華奢な栗毛の女性、スティルインラブを座らせて、精一杯大人なところを見せようとしたのだろう。一人で一番良い部屋を取ろうとしていた。
が、お坊ちゃんには知らないことが一つある。ラブホにおける良い部屋とは、基本的に設備の良い部屋である。ラブホにおける設備とは言わずもがなだ。いかにも色事に不慣れそうで、初恋の人にカッコつけようとしている少年の余裕を崩すのは流石のステイゴールドも気が引けたのだ。
VIPルームではない、一番内装も設備もまともな部屋のキーを手に取る。「VIPルームはエグいもんあるからこっちにしとくぜ」とメモに書いて、メモごとキーを渡した。キングカメハメハはメモを読むなりナニを想像したのか顔を赤くして、しかししっかりと頷いて待たせているスティルインラブの方へ戻っていった。
露骨な内装に目を泳がせながら二人連れ添っていく背中を、ステイゴールドはなんとなく微笑ましい気持ちで見た。ラブホなんて稼業をやっているとイカれた男にばかり出会うのだ。ああいった初恋丸出しの少年というのは見ていて心が洗われる。
ただ、あの清純そうな二人を見ることは2度とないのだろうなぁ。
だが1年後、その予想は裏切られた。よく晴れた夏の日だった。
受付というものはどうしてもドアが開くたび外気が入ってくる。客が来るたびに押し寄せる熱気に苛立って、そしてやってくる客というのがエグいことしそうな、端的に言えば後片付けが大変そうな客だったりすると舌打ちしたくなる。
気温が上がっていくにつれ不快指数が上昇し、客がドアを開けるだけでステイゴールドが睨みつけるようになったそのとき、キングカメハメハは現れた。
このクソ暑い中に、上から下まで真っ黒なスーツでネクタイまで黒かった。そんな見ているだけでも暑苦しい服装で、彼の顔は真っ青だった。手が震えていて、目には涙が溜まっていた。悪友、厄介者との付き合い方には詳しいステイゴールドでも、育ちの良い年下が泣き出しそうな時の扱い方は分からなかった。
「お、おい」
ステイゴールドが声を掛けると、キングカメハメハは掠れた声で答えた。
「前、使った部屋、空いてますか?」
前使った部屋。覚えている。このラブホで数少ないまともそうな部屋であった。ステイゴールドはそのキーを手渡した。キングカメハメハはキーを受け取るなり駆け出した。その異様な様子が心配になってこっそり後を追うと、キングカメハメハは大声で泣いていた。何度も拳をベットに打ち付けて、泣いていた。ステイゴールドは何も見なかったことにしてフロントに戻った。
きっかり二時間後、赤い目で会計を済ませて礼を述べ帰っていく背中が痛々しかった。ステイゴールドが好ましく思った一年前のあの背中は、間違いなく初恋丸出しの背中だったのだと分かって居た堪れなかった。
その次の年からだ。キングカメハメハは、毎年同じ日、初めてスティルインラブとホテルを訪れた日にステイゴールドのラブホテルを訪れるようになった。
「あのとき、VIPルームではない部屋に案内してくださってありがとうございます」
「あんなうぶそうな奴放り込めねえよ。初恋の人にカッコつけたかったんだろ」
「え……。知っていたんですか?」
「勘。見りゃ分かる」
「お恥ずかしい。一目惚れでして。彼女のエリザベス女王杯にに新馬戦を合わせてもらったんですよ」
「すげー行動力。そりゃホテル連れ込めるまでなるわ」
「いえ、そういうわけではなく。あれはただの顔合わせだったんです。彼女は初年度ということで、不安だったみたいで、少しでも慣れておきたかったそうで」
栗毛の不安そうな女性を思い出す。キングカメハメハが受付を引き受けたのはカッコつけたかっただけではなく、思いやりでもあったのだろう。
「綺麗だな、それ」
「ありがとうございます。育てた甲斐がありました」
「育ててんのか、すごいな」
「ありがとうございます。では、今晩お借りしますね」
キングカメハメハはいつでも花束を携えていた。仏花ではなく、綺麗な花だった。それがなんの花かはステイゴールドは知らなかった。知らないまま、もう何年も花を携えてラブホに来るキングカメハメハの受付をしてきた。
☆☆☆
キングカメハメハとすれ違ったらしい、興奮気味でオルフェーヴルが受付に現れた。
「親父、キンカメさんもここ使ってんの?」
「年に一回、今日この日、同じ部屋だけな」
「へー! かっこいいなぁキンカメさん。こんなところにいてもかっこいい」
「こんなとことはなんだこんなとことは。彼氏に言いつけるぞクソガキ」
「マジでやめろ。散々メチャクチャにされてやっと向こうが寝ついたから命からから逃げてきたんだけど」
「そりゃあいい、息子の死因が腹上死だと親はどんな顔をしたらいいか分からなくなる」
「なんでキンカメさんこんなところに来てんの? 毎年同じ日に同じ部屋って、なんで?」
憧れの人の思わぬ一面を目撃したことにオルフェーヴルはすっかりはしゃいでいる。女子中学生のようにステイゴールドを質問攻めにした。本当に彼氏を電話で叩き起こして呼んでやろうかと思ったが、こんなのでも可愛い息子だ、腹上死したら妻が悲しむので仕方なく答えてやった。
「初恋の人との初デートがちょうどこの日のここだったんだよ」
「年に一度初夜と同じ場所で初心に帰ってラブラブするってこと!? すげーロマンチック」
お相手の人、ここで待ち構えてたら会えっかな。どんな人か気になる、アイレンの花を贈ってもらえる人だなんて素敵な人に決まってる。オルフェーヴルはすっかり舞い上がっている。
「おいおい、アイレンの花を贈ってもらえるのがなんで素敵な人なんだ?」
ステゴが面倒になって混ぜっ返すと、オルフェはあっけらかんといった。
「だってアイレンの花言葉は『今でも愛しています』じゃん」
今でも愛しています。
思わずステイゴールドがしゃがんだ。
キンカメ、お前はその花言葉を抱く花を、ずっと育てて、ずっと毎年持ってきていたのか? 一体いつから? 彼女がこの世を去ったその年から? 彼女の初年度配合に選ばれたその年から? それとも、彼女に一目惚れしたその年から?
「馬鹿だなぁ」
キングカメハメハは、毎年部屋にアイレンの花束を残していく。今まではなんとなく捨てがたくて、綺麗だったので枯れるまでフロントに飾っていた。
しかしそれももうやめよう。今年は燃やして埋めてやろう。キングカメハメハ。馬鹿な男。馬鹿なくらい一途な男。あの男の初恋の亡骸を、誰にも知られぬままに埋葬してやろう。ステイゴールドはそう思った。