大事なものはしまっちゃおうね。

大事なものはしまっちゃおうね。

死体処理専門の二級術師、傀儡呪詛師

『...眞尋、その箱は何?』

高専の寮内、報告書探しを手伝いに来た露鐘を追って、女子寮まで来る茅瀬は、ふと机の上に置いてある小さな箱に気がつく。報告書を探してる本人はその問いかけに疑問符を浮かべて視線を動かし、やがて言っていることに気付くとあーと唸った。

『これ?このちっちゃなヤツ』

『うん。どうしたの、これ』

『それ、大事なもの...と言うか、幼い頃クレーンゲームで取ったピンクのくまさんが入ってるんだ』


ピンクのくまさん。


まさかそんな言葉が出るとは思わなかったのか、茅瀬は瞠目して露鐘を見ている。驚愕した表情を浮かべる茅瀬を他所に、露鐘は話す。

『姉が優秀で、まともにプレゼントとかもなくてさ...友達と行ったゲーセンで取って、気に入ってるんだ』

ストラップ型の薄桃色のくまの人形は、確かに色褪せているが大事に扱われていることが窺える。その証拠に傷は少ない。付近に置いてある消毒などはこれにも使われているのだろう、と茅瀬は関心する。

『大事だから、閉まっておくの?』

茅瀬にそう言った経験はない。自分のものは持っていても、大事にするほどのものは持っていない。だからこそ、露鐘の大事なものを保管するその価値観に興味を抱いた。

『まぁ、そうだな。傷つくのも嫌だし、無くしたくないしな。ちゃんとあるか確かめて安心するって言うのもある』

そう告げて、愛おしそうに小さな人形を撫でる。相当愛着しているのだろう。ずっと大事に終われてきたのだろう。

『...』

茅瀬は、そんな露鐘を見つめていた。




ーだから、こうなったのかもしれない。ー



「眞尋〜、いる?」

とある一室。宅の場所は知らない。知る由もない。

ただ広々とした畳の部屋、フローリングの部屋がある中、ベッドに座っている誰かがいる。

そう、露鐘だ。

声をかけられた露鐘は声をかけた男を見る。言わずもがな、茅瀬だ。

「...おかえり、茅瀬」

薄ら微笑み、隈のない清潔な格好で茅瀬を出迎える。一歩一歩と歩いて、やって来た茅瀬のそばに寄った。そんな露鐘を茅瀬は抱き締める。

「ふふ、ただいま、眞尋」

一見すれば仲睦まじい男女の平穏な日常にも見える。しかし、多角的に見ればそれは間違いであることが分かる。

例えば、露鐘の首につけられた電子素材の首輪。黒く無機物なそれは首にぴったり嵌っていて、そう簡単には外せそうにない。

例えば、露鐘が眼鏡をしていないこと。普段から呪霊、また人の内部を見る恐れのある露鐘は眼鏡をしていた。それらを少しでも遮断し、業務に勤しむため。例えば、例えば、例えば...。


数年前に殺したはずの茅瀬遥が、生きて露鐘の傍にいること。


満足そうに抱き締める茅瀬にされるがままの露鐘は、恐れるように口を開閉する。肩口に顔を埋めて露鐘の背に手を回した茅瀬はそれに気付いていない。そして、露鐘は口を開いた。

「...なぁ、出してくれないか」

耳元で呟かれたその言葉に、茅瀬はピクリと反応する。その反応に露鐘の息が詰まる。

彼女もわかっている。それはこの現状が始まった日にもずっと問うて来たことなのだから。

ゆっくりと茅瀬は顔を上げ、露鐘を見る。その表情は嫌に綺麗だ。

「どうして?」

手枷も何もない露鐘の手を握る。じんわりと伝わる体温が酷く死体に似ているので、露鐘は茅瀬に恐怖心を覚える。

「仕事はないし、傷つくことはない。隈もないし怪我もない。髪だって肌だってもう傷んでないでしょ?」

細かく見られていることに恐ろしさを覚えるべきか、それとも好ましく思っている男へ恥じらいを覚えるべきか。いいや、両者とも違う。

「あぁ、日光に当たりたいってことかな?でも窓は十分に設置したし...寝具だって何だって、素材が良いものを用意したよ?」

何か要望でもある?と目を細めて聞く茅瀬は、今まで見たことがない。学生時代、最後に見た彼の表情は怒りと悲しみに満ちていたものだった。なのに、不気味に微笑む目の前の彼は誰なんだろう。

「...外に、出たいんだ。お願い」

そう懇願する露鐘の表情はどこか暗い。その目に輝きがあるかと聞かれれば、無いと答えられるほどには。

しかし、無情にも茅瀬が放つのは反対の言葉。

「ダメだよ眞尋、まだ出ちゃダメ。」

彼女の頬に手を滑らせて、優しく撫でる。それはいつしか彼女が愛でていた人形と同じ。これ以上なく愛おしげに、甘く見つめる茅瀬の眼に露鐘が映る。

「どうして?まだってことは、いつか出してくれるの?」

「うん。でも今はダメ。眞尋が傷ついちゃうじゃない。」

「...傷つく?」

その言葉に脳内に疑問符を浮かべる露鐘。きょとんとする彼女を見てふふっと声を出して笑う茅瀬。


「眞尋、大事なものは大切にしまう。そうでしょ?」


妖美に微笑む茅瀬と顔が重なる。自然と押し付けられた唇から伝わる体温は、やはりどこか冷たい。


それにしても、どこかで聞いた言葉だと彼女は思案する。どこで聞いたかを思い出しながら、悲しみの篭った眼差しで茅瀬を見つめた。




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