夢よ夢よ

夢よ夢よ


注意:シャルルマーニュがシャルロを監禁しています

オリジナルキャラ(名無し)が存在します。

シャルロくんも情緒が育ちきっていないのでふわふわしています。

ちょっと長いです。


ひたり、

大理石の床が足に触れる。

冷たく、厳格で、それでいて美しい。

脇に置かれた柔い靴を履いてまた歩き始めた。


物心着く頃から外に出ることがないシャルロは幼少の頃のまま日々生きていた。

毎朝好きに起床し、朝食を父であるシャルルマーニュと共に食べて昼間は一人ではあるが絵を描いたり、決して出ることの出来ない窓から外を見て気ままに過ごし、夜には置かれている物を食べて来訪する父親を出迎えてから入浴して、雑談を眠りにつく直前までしてまた朝を迎える。


それを当然と思うシャルロを憐れむものは今誰一人として存在しない。

「シャルロは海の事故によって溺れ死んだ」とされているためこの現状を委細承知しているのはシャルロの父、この事態を引き起こしたシャルルマーニュただ一人だった。


だからシャルロは今日も変わらない一日を過ごすのだ。

出られない、否出ることを考えないから。

はめ殺しか若しくは背丈の届かない位置の窓からの景色を見て、幾つも積み上げられている蔵書から得て、軽やかに聞こえてくる風の音を聞いてシャルロは絵を描く。美しく、大胆で、高貴で、素朴で、繊細な絵を。

乱雑に投げられたキャンパスには多様な絵が描かれている。

空や花の自然。鳥や魚の動物。人の笑顔、蝋燭の火、存在しないだろう建築物、家具、その他沢山。

納得がいかなければシャルルマーニュに手渡すことは無い。もちろんどんな出来栄えであろうと喜びを表現するだろうことは理解しているがそれはシャルロの意地であった。


数時間ほど経ったか集中が切れる。ふと筆を置いて立ち上がり部屋を後にした。

先程居た部屋は二階で上階にはシャルロの私室がある。

階段を降りる最中、壁に作られている窓に目をやった。相変わらず美しい風景で、長閑で楽しそうに遊ぶ鳥を見つけた。そしてその手前、または奥にいるシャルロ自身を見る。

父親によく似た顔をしているのに、表情は違かった。

窓の前で百面相してみる。笑ってみて、怒ってみて、悲しそうにして、喜んでみて。

一通りしてから笑いを零してまた足を進めた。

一階の教会の礼拝堂に着く。

一人では広いこの祈りの場でシャルロは真ん中の場所に座り天を仰いだ。


シャルロの城は元は教会だった。それをシャルルマーニュが「息子を眠らせた場所」として誰も近寄らせないようにした訳だ。


暫く光の差し込みで変わるステンドガラスの色を見つめていると扉から激しい音がする。


「えっ」

聞こえてくるのは鳴き声だった。それはもう大きい。

「コラっ!辞めろー!怒られる!」

それに続いて聞こえた少年の声。

「聞こえてるだろ無視してそこに行くな、ねーェ、怒られるんだってば!」


それに恐る恐る近づく。近付いてはいけないのだけれど興味があった。いつも誰かが来るなんてこと無かったから。

扉の取っ手にそっと手を当てた。

出る気は正直ない。

外は危険だと教えられたから。自分はそれに負けてしまうからと。

でも、誰かと、話がしたかった。


「大丈夫?」

もしかしたら聞こえない位の小さな声。きっと風が吹けば掻き消えてしまう。

「うわーッ!?え!?どなたァ!?」

それの何十倍の大きさで帰ってきた声は凡そ「困惑」で調べればこの声が出るのだろう、と思わせるほどだった。

それに面白くなってシャルロはつい笑う。

「あははははっ」

「え、えぇ?」

犬はいつの間にかわふわふ言っているだけで先程までの大暴れとは全く違っている。


「はは、は」

「あっ、幽霊!?」

「違う!」

「えーと天使とか?」

「もっと違うよ!!」

笑う。面白い、誰か。どこかで知ったような愉快さ。


「ねぇ、いつか教えてあげるからお喋りしよう」

「はぁ?別にいいけど、君そこに居て大丈夫なの?立ち入り禁止だぞ」

「?居ていいって言われてる」

「あそ」

「今開けるね」

「良いよ別に。喋るだけなら扉越しでも出来る」

「そっか」

「そうだよ、あー…えーと、どんな話がいいんだよ?」

「ええとね…」


少年は勘づいている。異様、異端、それを纏うものに。だから名乗りをあげない。だから姿を見せない。

しかし少年にも楽しいことには変わらない。

そのせいだ。次の約束が結ばれたのは。

そうして、本当なら一人でいるはずの日常が初めて変わった。それは、きっと少年にも同様に。


その日別れたあとのシャルロの気分は楽しそうにはね回っていた。また次と約束をしたから。秘密の約束らしい。少年が「サボりとか言われたらイヤ」と言っていたから広めないようにしてやろうと思った。


そして夜になって父がやってくる。いつものようにふかふかでさらさらの布団に入り眠るまで今日のことを話す。疲れてしまったのか今日は少し眠い。

「体調は大丈夫か?」

「うん、お父さんは?」

「もちろん元気さ!」


「今日は何をしていたんだ?」

「絵を描いてて…」


眠い中朧気ながら浮かぶ誰かの笑顔。そう、優しくて面白い人。カッコ良くて楽しい人。そんな誰か達。


ことり、とシャルロの頭が枕に沈んだ。その頭を優しく撫でる手は優しさに満ちている。


「おやすみ、シャルロ。いい夢を見るんだぞ」

自分よりも少し長めになった横髪が白い枕に散っている。同じ髪型にしたのはシャルルマーニュの希望だがそれをシャルロは受け入れている。それがどうしようもなく可愛い。

本当はこんな所に入れていないでもっと自慢して回りたい。誰かに見せつけて自分の息子だと言いたい。けれどこの子はあまりにも純真すぎる。優しすぎる。だから心配になった。

元々自分の仲間である十二勇士達に可愛がられていたが彼らも消えていく。だから自分だけはこの大切な宝石みたいなキラキラした子を手元に置いて、ずっと宝物みたいに大切に守っていたい。そうすればきっと幸せになれるだろうから。



​────だからどうか、逃げたりなんか考えないでくれよ







それから何度も何度も扉を隔てたそこで話をした。

少年のする話は父親から聞くどの話とも違う。興味が湧き、心が踊る。

野いちごをつみにいった帰りに鳥とその成果を守る戦いをしたとか、犬の散歩は引きずられることがほとんどだとか。

くだらなくても楽しい話。

優しくてざっくばらんなその少年はいつの間にかシャルロの日常を鮮やかにしていた。

顔も名前も格好も知らないのに。

少年もまた、シャルロのする本の知識を面白がった。

石膏とかの美術、木の実の意味とか。

生きるのにあたって少年になくても困らない話。

擽ったく、楽しい時間。

それは今日もまた。


「ねぇ」

「何?今花冠作ってんだけど」

「こっちに来てくれたりしない?」

「ンーまぁ、今はちょっと格好が良くない」

「気にしないのに」

「格好つけたいお年頃なの」

「そういうものかぁ」

「そうだよ」


一度の沈黙。それは風が花を揺らすように優しい空気を持っている。

少年は出来上がった花冠を見詰める。

「後でもう一回来るよ、待ってな」

「本当?約束?」

「おん…あぁ待て合図を決めよう。俺がこの扉を1回、3回、5回って叩いたら開けていい」

「なんで合図なんて決めるの?」

「そりゃあ君ね、格好つけたいんだよ」


二度目の沈黙。それは刹那を渡る雷そのものを持ってシャルロに感銘を与える。


「な、なるほど…!」

(納得すんのか…)「そうだよ、だからしばらく待ってな、準備してくる」

「うん、早くね!」


そのまま走り去る音が聞こえてからいつも掛けられている鍵を開ける。

扉の前の礼拝堂との区切りに背中を預け座り込んだ。

初めて会う父以外の人だ。その少年を待つ時間は、シャルロの過ごしたどの時間よりも楽しかった。

父の来訪を寝具で待つ時よりも、朝日の美しさを独占できる時よりも、様々な絵を描いて自己を表現する時よりも、幸福で、嬉しくて、ソワソワして。


そんな折に、ノックの音がする。約束通りの1つ、3つ、5つ。

彼だ、彼が来たのだ。思わず扉を凝視する。

「入るからなー?」

がたり、と扉を開く音がした。それからシャルロは目が離せずにいた。

少しづつスローモーションにも思える速度で扉は少年の姿を露わにする。



扉を、境界線を越えてシャルロに近づく足音。

ステンドガラスからの光を浴びて輝くその姿。手元に先程作っただろう花冠が握られている。

今まで見たどの果実よりも瑞々しい、その瞳。


「シャルロで合ってる?はじめまして、さっきぶり。会えて嬉しい」

​──────その日、彼らは運命を手繰りよせた。







───────

この後の二人がどうなるかは不明です。脱走ルートかもしれないし。死ぬかもだし。

本当はもっと仲を深める数週間とかシャルルマーニュの偏愛とかあれば良かったのですが書きませんでした。

少年くんはほんとに察しがいいだけ。

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