夢の為に

「ウターー！！」

少年は緩やかに落ちてくる幼馴染を優しく受け止める。

「ごめん。おれ弱くてさ、助けられなくてさ…」

少年は泣きじゃくりながら傷一つない幼馴染を抱きとめ右手を握る。あの時取れなかった手を取るように。

「待ってろ。すぐシャンクス達のところに連れていくからな。」

自身より大きく、重い幼馴染を背負い、少年はゆっくり歩き出す。尊敬する人の下へと。

「ルフィ。ウタはな。このエレジアに置いて行く事にしたんだ。」

ウタを赤髪の所まで運び、側にあった中程度の岩に優しくもたれさせたルフィは少しの間を置いて言い出した赤髪の言葉に衝撃を受けた。目の前の赤髪が何を言ってるのか理解できなかった。

「なんでだよシャンクス！ウタは赤髪海賊団の大切な娘じゃないのかよ！俺が何もできなかったからか！国をこわしちまったからか！もしかしてあの化け物のことか！ならウタはわるくねぇよ！おれがあの曲を歌ってくれってたのんだんだ！ウタはわるくねぇ！」

混乱したルフィは堰が切れたように捲し立てる。それに対し赤髪優しくルフィを撫でると感情を押し殺し淡々としかし優しく話しかける。

「悪いのはあの化け物だ。ルフィ。お前もウタも悪くない。」

「ならなんで！」

「ウタの歌声は世界の宝だ。それを海軍に追われる立場の俺たちが囲っちまう訳にはいかないんだ。ウタの夢の為にもな。」

食い気味に聞いてくるルフィに対し、赤髪は別れたくないという感情を押し殺し、聞き分けのない子供を諭すように話す。大切な娘の幸せの為に、世界の歌姫という夢の為に。だが、

「それはちがうぞ！」

少女の夢を知ってるルフィは力強く否定する。少女の友達として、同じ夢を誓い合った仲間として。

「ウタの夢はこんなところに居てもかなわねぇんだ！ひとりぼっちじゃかなわねぇんだ！それに！」

驚愕の表情を浮かべる赤髪。一呼吸置いたルフィは岩にもたれかけさせた幼馴染を抱きしめる。思い描くのはルフィのたった一つの故郷。同年代の友人のいない、島の端っこに追いやられたような寂れた村。その村に文句はない。しかし、

「ひとりぼっちは！死ぬよりつれぇ！」

「ルフィ…」

赤髪はルフィを嗜めようとし、しかしその先に言葉は続かない。父親として押しとどめていた感情のダム目の前の子供の涙と言葉に決壊しどうすれば良いのかわからなくなる。大切な娘の夢の為に置いて行くのが正しいと思った。だから唯一の生き残りであるこの国の国王にも話を通した。世界の歌姫の居場所は海賊船ではないと思った。しかし、目の前の娘の唯一の友人はそれは間違ってると言った。

「だからよ…シャンクス…」

「い゛っしょ゛に゛か゛え゛ろ゛う゛！！」

泣きつかれた少年と歌い疲れた娘を抱き抱え、レッド・フォース号に乗り込む。

「いいのかい。お頭。」

クルーのその言葉にシャンクスは返す言葉が見つからなかった。この日、この決断が最善かだったかどうかは後に四皇となる赤髪のシャンクスですら見通す事も予想する事も出来ない。