夢の中の兎(part1)

夢の中の兎(part1)



 私には新時代を創れなかった。


 大好きだった親を信じる事が出来ず。


 救いを求める人達の手を振り払う勇気も持てず。


 大切な幼馴染や周りの人を傷付けた。


 波の音が聞こえる。


 もう目を開ける力も残ってないから確証は持てないけど、もしかしたら私は今、シャンクス達の船に居るのかな。


 こんな私がシャンクスの船の上で死ねるなんて、贅沢すぎる。


 ……身体が重く、冷たくなっていくのを感じる。思考する力も鈍ってきた。


 これが"死ぬ"って事なのかな。


 --ルフィside


「いつかきっと……これがもっと似合う男になるんだぞ」


 そう言って笑い掛けてきた幼馴染みは、棺の中で眠ったままシャンクスの船に乗って海の向こうへ消えていった。

 おれはまた、大事な存在を守れなかった。


「……んぁ……」


 目を開くと、視界いっぱいに青空が映る。いつの間にか寝ていたようだ。ゆっくり体を起こした時、違和感を覚える。


「どこだここ。サニー号じゃねェ」


 おれの記憶が正しければ、さっきまでおれはサニー号に居た。エレジアを発ち、次の目的地を目指し海の上を進んでいた筈だ。


 でも今おれの目の前に広がる景色は、見渡す限りの草原と、そびえ立つ風車小屋。遥か遠くにはさっきまで渡っていた筈の大海原が見えた。


 ここは、おれが昔居た場所によく似ている。


「……フーシャ村か……? いや、違うな」


 一見おれの生まれ故郷のフーシャ村によく似ているが、記憶の中の風景とは微妙に異なる。草木と風車小屋と遠くに見える海だけで、人の家らしきものが全く無い。なんだか景色として少しいびつだ。


 ここで、深く物事を考えるのが苦手なおれでも何となく察しがついた。


「あ~、夢か。これ」


 悪魔の実の能力でもない限り、サニー号の上からこんな場所まで移動するのはあり得ない。直前まで寝ていたとなれば、夢と結論づける方が腑に落ちる。


「どうせ夢なら肉でも食いたかったなァ~」


 座り込んでいてもつまらない。どうせ夢を見てるなら目が覚めるまで辺りを探索してみるか。とりあえず風車小屋を目指してみよう。


 そう決心して立ち上がった時だった。


 ガサガサッ


 おれ以外にも何か居たようだ。

 背後から聞こえた草の揺れる音に振り向くと、そこには--


「……うさぎだ」


「…………」


 耳をピンと立て、目を見開いてこっちを見つめる1羽のうさぎだった。


 --side.うさぎ


 これは一体、どういう事だろう。


 私は地面に這いつくばったまま硬直していた。


 私は、間違いなく生を終えようとしていた。身体が動かなくなっていく感覚をまだ鮮明に覚えている。


 じゃあ何故今私はこうして動けているのだろうか。

 視界も意識もはっきりしてるし、呼吸も出来てる。身体も動くし--


 ……身体……?


 手元に違和感を覚え視線を下ろすと、そこにある筈の5本の指は、白いふわふわした塊になっていた。


「!!??」


 突然自分の身に起きた異変に、驚きの声をあげたつもりだったけど、どういう訳か私の喉は声を出してくれない。


 ……私が無知なだけで、人は死ぬとこうなるのかな……?


 とりあえず、死んだか生きてるか曖昧なままではいられない。自分の現状を確認しないと、と立ち上がろうとしたのだが--


「…………っ!!」


 足が思うように動かず、私は前のめりに倒れてしまった。



 思いっきり地面に顔から突っ込んでしまった。


 草がクッションになってくれたおかげで助かった……。なぜか今の私は2本足で立つ事が出来ないみたいだ。


 かといって動かない訳にもいかないので、少し恥ずかしいけど赤ちゃんのように四つん這いで草をかき分けて前へ進む。


 ここは一体どこなんだろう。

 いつだったか本で読んだ死んだ人が行く「黄泉の国」という場所だろうか。


「……うさぎだ」


 不意に前方から聞こえた声に、頭上の耳がピンと立つ。


 この声は……っ!?


 聞き間違える訳が無い。


 見間違える訳が無い。


 あの時、私が1人で暴走するのを止めてくれて。


 最期に"新時代"の願いを麦わら帽子と一緒に託した。


 シャンクスと同じくらい大切な存在。


 幼馴染のルフィが私の目の前に立っていた。


 --side.シャンクス


 日は沈み、空も海も闇に覆われた。海の様子も穏やかで、わずかな波音しか聞こえてこない。


「見てみろ、ウタ。今日は月が綺麗だぞ」


 返事は返ってこないと薄々分かっているものの、ベッドで眠り続ける娘に語り掛ける。


 今宵は満月だ。窓から月光が差し込み、赤と白の2色の髪が光を受けきらきらと輝いていた。まだウタが船に居た頃、おれとお揃いの髪色だと自慢気に笑っていたのを思い出す。


 そっと頬を手でなぞる。映像越しやエレジアで何度か見てはいたが、こうしてまじまじと顔を見つめるのは久方ぶりだ。


 記憶の中のあどけない子どもが、随分綺麗なレディに成長したものだな、と1人感傷に浸る。


 こんなまだ若い娘が、一体どれほどの期待の重圧を背負っていたのだろう。

 何故自分は傍に居てやれなかったのだろう。後悔の念がふつふつと湧き続けて止まない。


「……不甲斐ない父親ですまない」


 歌姫は変わらず静かに寝息を立てていた。


--side.うさぎ


 状況に頭の処理が追い付かない。


 船の上で死んだと思ったら全く見覚えの無い草原に居て、身体の様子もなんだかおかしくて、目の前には別れを告げた筈の幼馴染が居る。

 私は今どういう状態にあるのだろう。分かる人が居るなら今すぐ教えてほしい。


「おれ以外にも生き物居たんだな~」


 ぐるぐると思考を巡らせていると、視界の端に、こちらへ向かってルフィが手を伸ばすのが見えたので慌てて後退する。


「ぁ?」


 何も分からない事だらけだけど、ひとつだけやるべき事が分かっている。それは……


「……っ!!」


「あっ、おい!?」


 今すぐルフィから逃げる事!


「おい待てよ! なんで逃げんだ!?」


 そんなの決まってる。あんな事しておいて、ルフィの心も散々傷付けて、今さら合わせる顔なんか無い。


 ……あと、最期だからって「帽子が似合う男になるんだぞ」とかちょっとカッコつけて言った後だから単純に恥ずかしいし。


 一目散に逃げるヒトの事を「脱兎のごとく」というらしいけど、今の私はまさにそれだ。

 いつの間にか速く走れるとか、この場所の事とか、私の生死とか、今はどうでもいい。早いところ逃げ出して身を隠そう。


 シュルルルルッ ガシッ


 そんな私の考えは、次の瞬間聞こえてきた鞭のような音によって砕かれた。


 --side.ルフィ


 シュルルルルッ ガシッ


「ひでェな~。そんな化け物と遭ったみたいな逃げ方しなくてもいいだろ」


 すごい勢いで逃げようとするうさぎに向かって右腕を伸ばして捕まえる。


 別に野生の生き物なんだから放っておいても良かったんだが、おれの心の奥底の何か本能のようなものが「こいつを手放すな」と言っている気がしたのだ。


「…………」


 伸ばした手の先でうさぎが、「そういえばそうだった」と諦めた様子で項垂れている。


 何故そう思っているのか、それがおれに感じ取れるのか、よく分からないけどまあそこら辺は今は気にしてもしょうがない。腕を縮めてうさぎを手繰り寄せる。


「よっと」


 近くでまじまじと見てみると、変わった見た目をしているな……。


 熊みたいに大きくて凶暴な奴や、猫みたいに振る舞う青い奴に比べたら平凡な方だけど、赤と白の2色の毛並みにすみれ色の目を持つ奴はあまり見たことがない。


 それにおれはなんだかこの瞳を、どこかで見たことがあるような--


「~~~~っ!!」


「うおっ!?」


 ずっと掴まれたままなのがストレスだったのか、身をよじって暴れている。思わず手を離してしまった。


「っ!」


「あっ、悪ィ! 大丈夫か!?」


 うさぎは手元から滑り、地面に落ちる。うさぎの骨は脆いって聞いた事があるから一瞬ひやりとしたが、下が柔らかい草の上で助かった。


 なんかすげーおれの事睨み付けてるけど。


「悪かったって! せっかくだからよ、少し話そう!」


「…………」


「おれはルフィ。よろしくな」


「…………」


 互いに棒立ちでも何も進まないので、座り込んで目線を合わせ話しかける。

 言葉は伝わっているのだろうか。相変わらず訝しげな顔をして目をそらす。


「お前は? 言葉は喋れるか?」


「…………」


 そう問い掛けるとうさぎは少しだけ口を開き、再びつぐんだ。やっぱり普通の動物だから喋れないのか、それとも口は利けるが喋りたくないのか。


「何話すかなー」


 細かい事は今は置いておこう。そう決めておれはしばらくうさぎにあれこれ話掛けた。


 海賊王になる為海を冒険してること。途中でたくさん面白いやつにあった事。その中で、頼りになる仲間と出会えた事。


 最初は困ったような顔をしていたうさぎも、おれがべらべらと喋る内におれの顔から視線を外さなくなった。真剣に聞いてくれているのだろうか。


 正直おれはどこかでこいつの事を「おれの夢の中で生まれた架空の存在」くらいの軽い認識しか持っていなかった。だがさっきから反応を見る限り、こいつもおれのように明確な意思を持っているのではないかと思えてきた。


「なあ、お前って--」


 そう問い掛けた時、ふわりと身体に浮遊感が生じた。


 実際に体が浮いている訳ではない。体の感覚がぼやけてきて、意識がゆっくり霧がかかるように薄れていく。眠る前の時と近い感覚だ。だが今夢の中に居る場合、これは--


「もう目が覚めるのか……?」


「…………!」


「おれ、まだお前のこと……聞いてな……」


「…………」


 不安そうにおれの顔を覗き込むうさぎの顔を見つめながら、おれは意識を手放した。


・・・・・


「…………んが」


 ぱちりと目を開けると、いつもの見慣れた船内の男部屋の天井が目に入った。


「…………」


 さっきまで一緒に居たうさぎは、と見回し探してみるも居るのはおれだけだった。

 もう一度ベッドに倒れ込む。


「……やっぱ夢かァ」


 なんでおれはこんなに残念がっているんだろう。


・・・・・


 次に目指す場所はまだまだ遠い。

 延々と続く海を渡る内にあっという間に日が沈んでしまった。


「いやはや、綺麗ですねェ」


 階段に腰掛けバイオリンを演奏していたブルックが空を見上げながらぽつりと呟いた。


「昔同じように夜空を眺めていたら、当時の船長にからかわれましたが……。芸術家はどうしても月に惹かれてしまうんですかね、なんて。ヨホホ」

 

 つられて見上げてみると空の上には太陽の代わりに顔を出した月や星達が輝いている。


「おー、すげェでっけー月だな」


「ルフィさん、月の模様は何に見えますか?」


「もよう? ……あー、あれか!」


 ブルックの言葉を受けて、改めてじっくり月の模様を見てみる。昔コルボ山でエースとサボと暮らしていた時、何に見えるかでめちゃくちゃ言い争った記憶がある。


『絶対カブトムシだ! あの上の方のが角だ!』


『どこをどう見たらそうなる。ありゃ角じゃなくてライオンの口だ。上を向いて吠えてるライオンだろうが』


『カブトムシ!』


『ライオンだ!』


『『サボはどう思う!?』』


『えーと……おれはワニかなァ』


『ワニィ!? 新しい派閥作んなよ!』


『しょうがないだろ、そう見えたんだから!』


 くだらないと笑われそうだが今となっては懐かしい思い出だ。


 そんな会話をした事を話すと、ブルックは嬉しそうに笑いながら仰け反った。


「ヨホホホ! いやァ、どこでも同じなんですねェ」


「私の昔居た船でも、皆してアレに見えるコレに見える、いい歳した大人達がムキになって争ったものです。ちなみに私はエースさんと同じく吠えるライオン派でした」


「ブルックもか!? ……どう見てもカブトムシだろ……」


「そういえば、色々な意見の中で私の印象に残っているのは「餅をつく兎」でしたね」


「うさぎ?」


「臼と杵……要はもち米を潰して捏ねる道具なんですけど、それを使ってお餅を作っている兎に見えるらしいですよ。お伽噺みたいで可愛らしいですよね、ヨホホ」


「うさぎ、か……」


 正直おれにはどう見ればうさぎが浮かび上がってくるのか分からないけど、面白い見方だなと感じた。


「……今日もあいつに会えっかな」


 ブルックに聞こえないよう小さく呟く。


 夜の海にバイオリンの音がよく響き渡っていた。



 --side.うさぎ


「…………!」


 途絶えてた意識が覚醒する。ルフィが眠そうに倒れ込んだ後、私も眠ってしまっていたようだ。


 体を起こして辺りを見回すと、眠る前までとは全く異なる場所だった。一面に広がる草原ではなく、木々が生い茂る森の中に居る。


 それと、ルフィの姿が見当たらない。


 私が寝ている間に、入れ替わりで起きてどこかへ行ってしまったのだろうか。


「!」


 あれこれ考えていると、向こうの方に池があるのを発見した。ぴょんぴょんと後ろ足で地面を蹴りながら駆け寄る。

 いつの間にか今の身体の使い方も慣れたものだ。


 中を覗き込むとそこには、真っ白な体に赤い斑点、顔よりも大きくて長い耳を立てている生き物が映っていた。


 池の中の生き物に向かって手を振ると、その子もふりふりと小さな前足をこっちに振り返してくる。


「…………」


 ……薄々予感はしていたけど、どうやら私はうさぎになってしまったみたいだ。


 我ながら随分可愛い姿になったなあ、とどこか冷静な気持ちで水面に映る自分を眺める。


 それと、いくつか気付いた事がある。


 今更かもしれないけど、ひとまずここは「黄泉の国」とかそういう類の世界ではないようだ。私はともかく、あのルフィがこんなに早く死ぬ訳が無い。ていうか死なないでいてほしい。


 あの時ルフィが漏らしていた言葉


--『もう目が覚めるのか……?』


 多分ルフィには「夢を見ている」って自覚があるのだと思う。という事は、ここはルフィの夢の中の世界の可能性が高い。そう考えれば今の私の姿や、突然景色が変わったりしたのも少しは納得が行く。


 ただ一番の疑問は、なんで私がルフィの夢に入っているのかだ。


 最期にそんな事を願った覚えは無いし、ウタウタの力には、ウタワールドに人を呼び込む事は出来ても、私が人が見ている夢の中に入り込むなんてできない。


 ……てなると、死んだ私の魂が偶然ルフィの夢に入り込んでしまった……ってところかな?


「--おっ、居た! おーい! うさ男ー!」


 ウキウキとしたルフィの声によって私の思考は遮られた。満面の笑顔で手を振りながらこっちに走ってくる姿が見える。


 私の仮説が正しいなら、外の世界ではもう1日経って、ルフィはまた眠りについたのだろうか。


 ……今、何かおかしかったような……。


「ここに居たのかうさ男ー!」


「また会えたな! 起きたら昨日とは全然違うとこに居たからよ、もう会えないかと思った!」


 …………やっぱり聞き間違えじゃなかった。


 もしかしなくても「うさ男」とは私の事だ。うさぎだからうさ男って、安直にも程がある。ていうかそもそも私女だし!!


「んっ? なんだ地団駄して。……ああ、名前の事か?」


「夢とはいえおれ達2回も会えたんだからもう友達みたいなもんだろ。だからさっき考えた!」


 そう言って眩しい笑顔を見せるけど、問題はそこじゃない。抗議しようと声をあげようとする。


「……ブゥ、ブゥ…!」


 ……でもやっぱり今の私は、言葉はおろか鳴き声すら出ない。せいぜい鼻がぶぅぶぅとなるだけだ。


「なんだなんだ? もしかして気に入らねーのか?」


「……っ!」


 そうだよ、どうせ名前を付けるならもう少しまともなのにしてよ。そう伝える為強く何度も頷く。


「良いと思ったんだけどなー。また考え直しかー」


「……それと、さっきからずっと気になってたんだけどよ……なんでおれから妙に距離取るんだ?」


「…………」


 そりゃあ……。逃げるのは無駄だって分かってるからもうしないけど、やっぱり堂々とはルフィと顔を合わせづらい。


「もっと傍に来いよ。今この場所はおれとお前の2人きりっぽいし!」


「独りっきりは、寂しいだろ?」


 最後に小さく吐き出した言葉に、私の長い耳が反応して揺れた。


 なんだろう、この感じ。強い違和感を覚えた。


 ほんの一言、一瞬だけだけど、いつもの明るいルフィのイメージとは違う低いトーンの声だった。


 目が合わないか怖かったけど、恐る恐る顔色を見てみる。変わらず笑顔のまま私をじっと見つめている。だけど……。


「ん? ……おっ! なんだ、素直じゃねェなあ」


「…………」


「よーっし! それじゃ今日は少し歩いてみるか! ここら辺な、おれが昔暮らしてた山によく似てるんだ」


 私がルフィの足元まで距離をつめた事に気分を良くしたのか、上機嫌に鼻歌まじりで先を歩き始めた。


「その山はコルボ山っていうんだけどな、おれが子どもの頃じいちゃんに--」


 ルフィの背中を追いながら、昔話に耳を傾ける。


 その一方で、さっきのルフィの様子がどうにも引っ掛かってた。


『独りっきりは、寂しいだろ?』


 いつものルフィの無邪気な笑顔とは微妙に違って、どこか儚げで辛そうに見えたのは私の気のせいなのだろうか。


 --side.ルフィ


「そんで、ワニはちゃんと仕留めたけどおれが足滑らせて川に落ちちまってさァ」


 口を動かしながらどんどん山を登っていく。時折後ろに目をやると、うさぎは小さい体で木の根っこや岩を器用に避けながらついてきている。


 それにしても、うさぎにも言ったが今日の夢の風景は本当にコルボ山に似ている。昨日のフーシャ村もどきは随分ざっくりした印象だったのに。


「……まるで本当に帰ってきたみたいだ」


 やがて鬱蒼とした森を抜け、開けた場所に出た。おれの記憶が確かなら、ここで間違いない。


「……おっ、あった! 確かここら辺に……」


「?」


「うはは! 居た居た」


 木の根元のうろを覗き込み、手を伸ばして探ると柔らかいものを握った感触がした。

 勢いよく引っこ抜き、うさぎの目の前に差し出す。


「見ろ、バカでっけーカブトムシの幼虫!」


「!!!??」


 ズダァンッ!!!


 どっから出たんだと問いたくなるくらい凄い音を立ててうさぎがひっくり返る。

 だよな。ビックリするよな。おれの掌からこぼれそうなくらいデカいもんコイツ。


 なんの種類か分からないけど、夏の始め頃になるとまるで戦車みたいに立派な成虫になるんだよな。エースやサボと虫相撲で競った事を思い出す。


「~~~~ッ!!」


「ってイデェッ!! なんで思いっきり蹴るんだよ!?」


「プィーッ! プィーッ!!」


「な、なんか分からねェけど悪かったって。ホントの目的は別にあるよ」


 後ろ足をダンダン踏み鳴らして睨み付けるうさぎの勢いに負けて思わず謝る。幼虫も木のうろに渋々戻した。喜ぶと思ったんだけどな……。


「今度こそ着いたぞ」


 記憶を辿るように歩き続けてやっと見つけた。


 周りの木々に比べて一際目立つ大木と、その上の方に建てられた木製の小屋。


 おれ達3人の秘密基地だ。


「なっつかしいなァ」


 しみじみとしながら幹を擦る。


 サボの船出の事件など思い出すとしんどくなる出来事もあったけど、それ以上にこの山には楽しい思い出が詰まっている。


 足元を見ると、うさぎは2本足で立って秘密基地をじぃと見つめていた。気のせいか、すみれ色の瞳が輝いている気がする。


「どうせだったら入ってみるか?」


 瞬間、おれの顔を見て大きく頷いた。

 結構分かりやすい奴だよな、こいつ。


「は~~、中までそのまんまだ」


 中に入ると、記憶の中と全く同じ光景が広がっていた。おれ達が居た頃から10年以上経ってるのに、ついさっきまで使われていたように物が乱雑に置かれていた。いくらリアルでも、こういう所でやっぱり夢だなって再認識する。


「なんか変な感じだな。サボとエースも居たら良かったのに」


 窓に頬杖をつきながら思わず呟いた言葉に、うさぎは首をかしげる。まるで2人の話をねだってるようだ。


「2人の話が聞きてェのか? ……ってもさっき大体話したしな~……なんだ……」


「……サボは割と優しい兄ちゃんって感じだったな。おれとエースは直接ぶつかりあう事が多かったけど、サボはどっちかってーとそれを止めてくれて……。でもたまにおれ達以上にやべー事思い付くんだよなァ。面白いけどヒヤヒヤする時もあった」


「そんでエースは……結構おれ怒られてたっけな。出来ねェやれねェって泣き言言うと目ェつり上げて怒るンだよ。すぐカッてなるし、手が出るし。サボは勝負以外で手ェ出す事なんか無かった」


「…………でも……色んな意味で強かった、な」


 窓から見える景色はあの頃と全く変わらないのに。


 おれは昔より大分デカくなったし、傍にはサボもエースも居ない。


 それが何だか妙な感じがして、あまり口を開く気分にならなくなってしまった。


「…………」


「……ん」


 気を遣ってるのか、また足元にすり寄ってきたうさぎの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細める姿がなんだかおかしくて、思わずおれも笑ってしまった。



 --side.うさぎ


 …………夢を、見ている。


 さっきまでの自由な世界とは違う、まさに悪夢のような光景だ。


 至る所で物やヒトが吹き飛び、炎が燃え盛る。


 ヒトの形をとった黒いモヤのようなもの達が刀や銃を手に取り、互いに傷付け合っている。


 爆発、銃声、地割れの音、怒号、悲鳴……耳が千切れそうなくらい五月蝿いのに、それとは反対に、心臓の鼓動のような"命の音"がひとつ、またひとつと消えていく。


 何も出来ずに蹲っている事しか出来なかったが、溶岩と炎を纏った一際大きなモヤが、麦わら帽子を被ったモヤに近づいていくのが目に入った。


『……さまら……だけ……に逃がさん!!!』


 周りの音のせいか、全部は聞き取れなかったけど、麦わら帽子のモヤに対して強い敵意を持っているのだけは伝わった。


 危な--


『ルフィ!!』


 麦わら帽子のモヤを庇った男の人のお腹を溶岩の拳が貫いた瞬間、辺り一面揺らめいていた炎が大量の黒い小さな音符になって飛散していく。


 勢いよく沸き上がる音符達が巻き起こす風によって、周りの景色が剥がれ落ち、真っ暗な闇が姿を現していく。


「…………っ!!」


 風圧に吹き飛ばされそうになるのをなんとか堪えていると、音符達の陰から見覚えのある顔が見えた。


 赤と白半々の髪に、白いワンピース、背中には一対の黒い翼。


 今にも泣き出しそうな顔で、麦わら帽子のモヤを見つめていた。


「(……わたし……!?)」


 "私"に近付こうとしたけれど、さらに増え続ける音符の海に飲み込まれ2人の姿が見えなくなっていく。

 飲み込まれないよう必死にもがくけど、こんな小さな身体での抵抗は無力に等しかった。


 私の意識は再び途切れた。

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