夢うつつ

夢うつつ


 偶には風邪をひきたい。


 だなんて随分と罰当たりなことを考えてしまったのは、私と同姓同名の知り合いから、想い人に看病してもらったという話を聴いてしまったせい。


(拓海くんにお見舞いしてもらったなんて、いいなぁ……)


 その拓海くんは、私の知る拓海くんとは同姓同名の別人だけど、そっちの私の過去や彼との関係なんかは私とも妙に似通っていて、彼女に度々、自分を重ねてしまうことがよくあった。


 でも、もちろん違うところもある。


 あっちの私が想っている拓海くんは、一歳年上の先輩さん。

 でも私が片思いしている拓海くんは一歳年下後輩くん。

 似てるようで、ちょっと違う。


 後輩の拓海くんもしっかりものだし、頼りになるし、私なんかよりずっと大人びてて、その、か、かっこいいし……

 ……でも、私は先輩だから、それに生徒会長だから、しっかりしなきゃって、彼に頼ってばっかりじゃダメだって、甘えちゃダメだって、気を張って──


──無理したせいで風邪を引いて寝込んでしまった。




 寮の自室で迎えた朝、頭がクラクラして、おまけに節々も痛い。幼い頃、散々味わった症状だ。

 昔からの習慣で体温を測ると、そこには39.5度の文字。

 望みどおり風邪を引いてしまった。うぅ、神様、蜂須賀先生、罰当たりなことを言ってごめんなさい。

 やっぱりこれ、しんどいです。

 辛いです。

 まともに睡眠さえ取れない、ただ生きているだけで辛い、どこにも逃げ場のない、脆弱な肉体の檻に閉じ込められたこの感覚。


 二度と味わいたくないと怯えていたくせに………


 怯えた挙句、彼を、突き放したくせに……


 自分だけ、苦しみから逃げようとしたくせに……


──そうだ、キュアグレース……お前が……俺を……


 そっか、だから、私、また苦しんで……


──お前のせいだ……お前が悪いんだ……キュアグレース……


 そうだ……私が悪いんだ……私のせいだ……


 私が、ダルイゼンを見捨てたから!


 私が、ダルイゼンを突き放したから!


 私が、ダルイゼンを見殺しにしたから!


 だから、この苦しみから逃れられないんだ!!




「違う!!」




 そばで誰かが、私の言葉を力強く否定した。


「あなたは悪くない! しっかりしてください、のどか先輩!」


 私の手を、その熱い手が痛いくらい握りしめる。


「のどか先輩!」


 私の名を呼ぶその声に、ハッと意識が浮上した。


「拓海……くん……?」

「大丈夫ですか、のどか先輩? すごくうなされてましたよ?」


 拓海くん──後輩の拓海くんが、心配そうな顔で私を覗き込んでいた。


「ここは……」

「寮の別室です。ほら、寮生が体調不良した時に療養するための」

「ああ……そうだったね……」


 寮は基本的に二人部屋なので、寮生が風邪などで体調不良になった際は、療養用の一人部屋に移ることになっていた。

 でも、なんでここに拓海くんが?


「お見舞い……来て……くれたの……?」

「はい」


 枕元で、彼ははっきりと頷いてくれた。


「嬉しい……」


 でも、夢だよね、これ。

 だって、拓海くん、他に好きな子がいるはずだもん。

 ゆいちゃんのこと、いつも一番に思っているから、私のこと、こんなに……心配してくれるはずなんて……

 手まで、握ってくれるなんて……

 でも、あったかいな。大きな、硬い、でもなんだか優しくて安心できちゃう。


「夢なら、このまま、もっと……」

「先輩?」

「この……まま……ずっと……」

「………」


 朧気な視界の向こうで、拓海くんが、柔らかく笑った気がした。


「わかりました」


 握られていた片手に、彼のもう一つの手が重ねられた。


──おやすみなさい、のどか先輩……


 彼の手からの温もりと、そして優しい声が耳の奥に染み込んでいくのを感じながら、私はまた深い眠りについた。




 しばらく経って目覚めた後、これが全然まったく夢じゃなかったことに気がついて固まってしまった私と、そこへタイミングよく(悪く?)駆けつけてきたお父さんが部屋に飛び込んできてしまったせいでドタバタ騒ぎが起きちゃったんだけど……


 ……それはまた、別のお話。

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