夜明けの一時

夜明けの一時


「うぅ……ん……?」

 直前まで闇に沈んでいた私の意識は唐突に覚醒するも、体は心地よいベッドの中にもっと居たいと縮こまり、頭はあともうちょっとだけ……なんて考えている。

 寝る時って気づいたらというか、いつの間にかだよねェ……なんて益体も無いことを考えていたけれど、昨夜のことを思い出して勢いよく体を起こす。

 あ、そうだ! と思わず叫ぶところだったけれど、この部屋ではナミちゃんやロビンさんも寝ているのだから大きな声を出しちゃいけない。

 どうにか飲み込んだ叫びが逃げ出さないよう、口元を抑えながら横を見ると二人が寝ているのが見えた。

 二人よりも先に私が起きるなんて珍……ん゛んっ。うん、珍しくない珍しくない。

 いつもはすっかり身支度を終えた二人に起こされるまで寝てるなんてことはないぞー。ないない。……ないってば。

 誰とも知らない人に言い訳もとい説明しながら改めて二人を見ると、規則的な寝息と上下する体が見て取れた。よかった、寝てるところを起こしちゃったとかはないみたい。

 ほっと胸をなでおろし、二人の眠りを邪魔しないよう軽く身支度を整えてお風呂場へ向かう。

 身嗜みとしては勿論のことだけれど、朝に入るお風呂はまた別格なのだ。天候が荒れてたりなんだりと入れない事もあるから、入れる時に入らないのは失礼ってもんだよ。




「んん~……さっぱりした~!」

 こうやってお水を潤沢に使えるなんて贅沢すぎるっ!

 フランキーにはほんと感謝しかないよ。その上拡張性もあるんだから……凄いよねえ。

 体の芯から温まって上機嫌な私はそのまま食堂へ向かう。

 お風呂に入って時間が経ったとはいえ、まだいるはず。

「おはよ、サンジくん!」

「ウタちゃんおはよう。朝ご飯は食べるかい? すぐに用意できるよ」

「んー今日はサンドイッチお願い!あ、でも……」

 サンジくんと話しをしつつテーブルに目を向けると先客の姿が目に映る。

「サンジィ~。おれ、ハラへったよ~」

 テーブルに突っ伏すようにして悲痛な声で訴えかける、ルフィの姿が。

「ルフィの分作り終わったらお願いするねっ」

「く~……ウタちゃんは優しいなァ! 悪いな、もうちょっと待ってくれルフィ。とびっきりの作ってやるから」

「お~う……」

「ルフィもおはよっ。不寝番お疲れ様だったね」

「……おう、ウタおは」

 サンジくんに力なく手を振るに近づいて声をかけると、ルフィがおはようと言い切る前に盛大なお腹の音が遮った。もちろん、私のじゃなくてルフィのお腹の音だよ?

「あァ~……ハラへったァ~……」

 一度こちらに向けた顔を再びテーブルに突っ伏して呟く。

 不寝番の人にはサンジくんが夜食を用意してくれているけど、ルフィは毎回こうなっている。量も人に合わせてくれているから、そんなにお腹が減ってる事もないはずだけどなあ。

 でもまあ、ルフィの事だから朝は朝ごはん食べるぞ! で条件反射でお腹すいてるのかもしれない。だって、サンジくんが作ってくれるご飯を食べられないなんてすごく勿体ないもんね。

「ふふふ、サンジくんならとびっきりの朝ご飯作ってくれるもんね~。もうちょっとの辛抱だぞ」

 そう言いながら力が抜けきったルフィの体をつつく。うん、いつついても面白い感触だなーさすがゴム人間。

「んあ~。やめろよォ~……」

 一方のルフィはというとくすぐったいのか、身を捩りながら抗議してくるけど本気で逃げたり止めようとはしてこない。

 その反応が面白くてついついからかいたくなるが、ルフィは寝ずの番を終えたばかりなのだ。あんまりしつこくしちゃ可哀想だよね。

「アハハ、ごめんごめん。ほら、サンジくんの朝ご飯、もうすぐだからシャンとしなよー」

 ルフィの隣に座って厨房のサンジくんを見る。その洗練された動きに違うことなく、あっというまにルフィの朝ご飯が出来上がった。

「待たせちまって悪いなルフィ。ほら、たくさん食えよ」

「うほー! んまそー! サンジ、ありがとー!」

 たくさん食べろ、という言葉通りにテーブルに置かれたお皿の上には山盛りのお肉。

 うわァ……朝から重いなこれは……。いやまあ、ルフィなら余裕だろうけどさ。実際、サンジくんにお礼を言ってる途中ですでに何個かお肉消えてるし。

「もー……相変わらずお肉好きだよね、ルフィは」

「さんひの……もがっめひは……んっ、ぐうめーからな!」

「ちょっと、食べるか喋るかにしなさいよ。行儀悪いぞー」

 こうしてみるとあの時のチキンレース、さては……いやいや考えないでおこう。

「そういやァウタちゃん、サンドイッチはここで食べるのかい?」

「んーん。今日はお部屋で頂こうかなって」

「オーケー。中身が零れにくいのにするよ」

 サンジくんはこういう細やかな気配りも凄い。特に女性陣に対して。

 とはいっても、男性陣をないがしろにしているわけではないんだよね。口調はぞんざいだったり荒々しかったりするけど、ちゃんと見れば男女分け隔てなく優しいのだ。

 ……まあ、若干一名。というかゾロに関しては、他の人にやらないようなことやってたりするけど。

 最初は面食らったけれど、ナミちゃん曰く『喧嘩するほど仲が良い』、ロビンさん曰く『ゾロならここまでやっても大丈夫。っていう信頼があるのよ』とのことらしい。

 なるほど言われてみれば赤髪海賊団でも昔見たことがある。ような、ないような……? ま、まあ男の友情ってやつだね!

「はい、お待たせ。具材は半熟卵と調味料をペーストにしたものとツナの二種類だ」

「わあー! ありがとうサンジくん、それじゃお部屋で頂くね」

「くうぅ……ウタちゃんが行ってしまうのは寂しいけれど、ごゆっくり……!」

 名残惜しいと言いつつも、これから続々と朝ご飯を食べにくるであろうみんなのためにすぐに厨房に戻るサンジくん。

 その姿を確認してから、今もなおお肉をほおばるルフィにそっと囁く。

「ね、ルフィ。食べ終わったら私の部屋に来てね。防音室の方。こっそりだよ?」

「んお? ほーふぁ、わふぁった」

「もー、また食べながら喋ってー……。ま、いっか。それじゃあねー」

「おー」

 そうして食堂を後にして目的の部屋へ向かう。




「んんー……おいひ~!」

 部屋に設えられた大きめのソファーに身を委ねながら、サンジくんの作ったサンドイッチを頬張る。

 ふわふわなパンに挟まれた卵ペーストもツナも絶品の味付けだし、噛み千切ったパンも零れることなくしっかりと残っている。

 私が同じ材料、同じ手順で作ってもここまでおいしくはならない。サンジくんはほんとうにすごい。

「……あちちっ」

 一緒に貰ったスープをふーふーしながら口を付ける。思わず熱いと言ってしまったが実はそれほど熱くはない。なんていうか……条件反射?

 移動や食事の間に冷めないようやや熱めにしてくれてはいるが、個人の嗜好を逸脱した温度なんてヘマはしないのがサンジくんだ。

 サンドイッチを食べ、適温のスープを飲み込む。至福の一時。

「……はあっ~……ご馳走様でした、と。」

 食べ終えてスープの最後の一口も飲み干した私は厨房の方に向かって独り言ちる。

 たとえ相手がいなくとも感謝の気持ちは忘れずに。もちろんあとで本人にも直接言うけれど。

 食器類はとりあえず後で持っていくとして、ひとまず机の上にまとめておく。あのお肉の量と食べるスピード、食べ終わった後のルフィの行動から計算してそろそろ……。

「おーいウター。いるかー?」

 ほらね。

「いるよー。はい、いらっしゃいルフィ」

 そろそろ来るころ、と考えたまさにドンピシャのタイミングでルフィがやってくる。

 寝ずの番明けでお腹もいっぱいになったからか、ルフィはかなり眠そうだった。

「ふふ……はい、こっち。ルフィ」

 ソファの空いてる方をぽんぽんと叩いてルフィを呼び寄せる。

「ん~……おう……」

「んしょ、と」

「うわっと」

 ふらふらと寄って来てソファにくったりと座り込むルフィの肩を掴み、こちらに引き寄せる。

「……ウタ?」

「不寝番、お疲れ様だったねルフィ。よしよし」

「あたりまえのことしただけだしなァ……というか、子ども扱いすんなよォ……」

 ルフィを抱き留め、背中をさすりながら頭を撫でると文句を言われた。

 心の底から嫌がっていないのか眠気に抗えないのか、単に恥ずかしいのか。全部かも? 言葉ほどには拒絶の意志は感じられない。

「当たり前のことでも感謝の気持ちは伝えないとね。私は、そう思うよ」

「ん……そっかァ……」

 眠気がますます強まってきているのか、言葉少なくだんだん脱力していくルフィを、きゅぅっと抱きしめる。

「ほんと、いつもありがとね。ルフィ」

「……んん……なに、が……」

「んーん。なんでも。ほら、寝ちゃっていいよ。見ててあげるから」

「…………おう……」

「……」

 しばらくして、ルフィの静かな寝息が耳朶に響く。

 完全に寝入った事を確認してからルフィを動かして膝枕の体勢にする。

「ふふ。あの時と同じ人とは思えないなァ……」

 寝入った姿は年相応の……いや、ルフィはもう19歳なんだったっけ。

 そう考えると実年齢よりあどけない、幼さすら感じられる無邪気な寝顔を見つめる。

 髪もゴムだからか不思議な手触りの、でも嫌じゃない……というか、割と? 好きな? 感触の髪を撫でる。

「みんなを、私を助けてくれるルフィは強い男の子だもんね。……でも」

 だからこそ。

 みんなが信頼して頼る、そんなルフィだから。

「助けてもらった私が言ってもかもだけど……疲れた時や誰かに甘えたい時は、私がルフィを助けてあげるね」

 一味の皆に対しては船長として。

 他の海賊達に対しては"麦わら"のルフィとして。

 シャンクス達に対してはいずれ追いつき追い抜く後輩として。

 それぞれのルフィがいて、そのルフィ達は強くあろうと生きている。

 でも、私は知っている。ルフィだって無敵じゃないし、悲しむことも泣くこともあるということを。

 ……いやまあ、知ってるのは私だけじゃないけれど。でもさっき思い浮かべた皆の前では、今のルフィはそういう面をあまり見せないと思う。

 ルフィは強い。心も体も私なんかよりも遥かに。……でも、無敵じゃない。疲れないわけじゃないし、傷つかないわけじゃない。

 傷を隠し、疲れを見せず強い自分であり続けることはとても困難な事だ。

 私はそれで失敗した。失敗したうえに、色んな人を傷つけた。

 もちろん、私が失敗したからといってルフィが失敗するとは限らないし、ルフィなら大丈夫だって私も思う。

 ……でも、強くあろうとしなくていい時間や相手というのは誰にだって得難く有り難いもので……。

「んん~……肉ゥ……」

「っ、ふふ……もう、さっきあんなに食べたのに」

 ぐるぐる、グルグルと考えを巡らせていた私の耳に、ルフィの寝言が聞こえる。

 ともすれば負の方向へ行きそうな思考を現実に引き戻し、呑気なそれは沈み込みそうな私の気持ちすら晴らして。

「ほんと、ルフィはすごいなァ……」

 だからこそ、支えよう。

 先程の思考とは少し違って、より前向きな気持ちでそう思う。

「おやすみ、ルフィ。ゆっくり休むんだぞ」




「…………静かになったわね」

 中にいる人物に気づかれないよう気配を殺し、ドアにコップを付けて中の様子を伺う。

 なにごとか喋ってるのはわかっているが、声が小さいのか判別はできない。

 コトが起こればそれでも何か聞こえるはずだと意識を集中するが、すっかり何の物音もしなくなってしまっている。

「お~れはう~みの~……うおっ!? ナミ!?」

 そこへやってきたのはウソップだった。くっ、タイミング悪いわね。

「しー! しーっウソップ! 今いいとこかもしんないんだからっ」

「いいとこ、って……あァ……」

 咎める私を見て、部屋を見て、私が手に持つコップをみたウソップはジト目でこちらを見てくる。

「……」

「……」

 しばしの間無言で見つめる私達。

「……」

「……うっ」

 その沈黙に耐えきれなくなったのは私の方だった。

「な、なによっ」

「いや……なんでも……でもよォ、デバガメはよくねェとおれは思うけどな?」

「うっ……いやでも、気になるじゃない?」

「まァ……そりゃ気にならないっていったら嘘になるけどよォ」

「ほらみなさいっ」

「いや、だからな? 気にはなるけど邪魔するもんじゃねーだろ。ほら、いくぞ」

「あっ、や。ちょ、引っ張らないでよ」

「へーへー。わるうございやんしたー」

「あ、ちょっと。わるいとおもってないでしょっー」

 くうう。珍しく二人きりになったウタとルフィを観察できるチャンスがっ。

 ルフィがらしからぬ態度を見せたウタと二人きりのとき、どんなことが起きるか見られるチャンスがー!




 "偉大なる航路"の途上。束の間の平和な航海における、サニー号でのとある一幕。

 麦わらの一味の航海はこれからも続いていく。

 そのお話は、また別の機会に語られることだろう。

Report Page