夜をやりすごす方法
凪いだ夜空の下にメリー号は海流に身を任せ偉大なる航路を滑るように突き進んでいた。
ナミの緻密な計算によって次の目的地へと向かうメリー号のマスト、そのてっぺんに小さな小さな人影1つ。
赤と白の布地が真ん中で縫い合わされた胴体、地面を引きずるほどに長い両腕、顔にしっかり縫い付けられたボタンの瞳に刺繍で描かれた口元。背負い込んだオルゴールから時折漏れる軋み音。麦わら一味の生きた人形、ウタである。
人形の身は眠気を感じることができず。夜が来るたび何かしらの手段で長い空き時間を潰す必要に駆られてしまう。そして彼女自身も小さく無力な体ながら一味の一員として役割を果たしたいと考えている。
そこで彼女が思い立ったのが夜の見張り。小さく無力な体ながら目も耳も効く方である。特に聴力は一味で一番の自負を持っている。
寝ずの番をしている当番の仲間と会話をすることはあれど、会話のし過ぎで周りの警戒を怠ってはいけない。
この偉大なる航路。いつ氷山にぶつかったり、寝ぼけた海王類に襲われたり、他の海賊の奇襲を受たりするか分からない。ひょっとすると上に記した以上の脅威に突然襲われるかもわからない。
故に夜の見張りは重要な役割と言える。
……とは言ったものだが今日はあまりにも平穏すぎる。四方数キロに渡って波の音しか聞こえないのは流石にキツイ。
ひとりきりで静かな環境に置かれると、過去が襲い掛かってくる。ウタにはそれが堪らなく苦しく悲しく恐ろしく、背中のオルゴールが軋んで錆びた音を立てようとする。
でも今夜ばかりはそうはならない。今夜の寝ずの番の相手はルフィだ。
思い立ったら即行動。ロープ片手に甲板から滑り降り、船首像の特等席へと駆け出すウタ。
そこに胡坐で居座るルフィの膝の上は特等席中の特等席。
「どうした? ウタ?」
ルフィの言葉に返事をしても出てくるのは背中のオルゴールから出る金属のこすれ合う音。それだけなのになぜか伝わる――ルフィの音が聞きたくなったの。
「そっかぁ。今夜はヒマだもんなぁ」
ルフィはウタの小さな体を抱き寄せて、夜の見張りの続きに戻る。
ウタはルフィの腕のままでそっと耳を彼の胸に寄せた。
とん、とん、とっ、とっ。
とん、とん、とっ、とっ。
ゆっくりとした独特のリズムの心音。昔からこの音がウタは大好きで、今もこのリズムは彼女を夢中にさせてくれる。
体の力を抜いて、ここちよいリズムに身を任せれば時間感覚は彼の体温に溶けていき、気が付けば東の藍色を切り裂いて陽光が広がっていた。
おはよう。ウタのオルゴールがキィと元気よく擦れた。