夕餉の裏側

夕餉の裏側

死体処理専門の二級術師、傀儡呪詛師

シェアハウス時空の裏側での出来事


※この話には少しばかり過激な描写が見られます。

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「おい、部屋に来たぞ。いつまでフリ続けてるんだ」

「...あはは、痛かったよ、あれ」

唐突に収集された学生大人、果てには敵までが広い敷地の中にある邸宅に集められ、何やは平和に過ごしている。呪術師らしからぬ生活と空気に、露鐘は1人溜息を吐く。

此処は2階にある一室。どうやら雑魚寝ではなく、個別で部屋は取られているらしい。イニシャルが彫られた部屋で漸く探し当て、設置されたベッドに茅瀬を投げた。

「うわっ、...もうちょっと優しくしてよ」

「嫌だよ、何でそんなことしなきゃいけないの」

鎮座する机と椅子、最低限の本に業務に必要な書類。もしかして全て五条が持ってきたのだろうか。そう思って露鐘は身震いをし、倒れた茅瀬の隣に腰を下ろした。横には黒い袴姿の茅瀬、そして仕事着のスーツを着用している露鐘。仄かに照らす照明が2人の姿をぼやけさせる。

「...何飲んだの、あれ」

静かに露鐘が問う。倒れ込んでいた茅瀬は体勢を治して座り直し、うーんと唸っている。その表情には困惑の色が混じり、彼も把握をしていないことが起こったのだろうと推測できる。

「多分、話の流れからして媚薬かな。効果はどれかは分からないけど」

「媚薬...?って、効果?複数あるの?」

「盗み聞きしただけ。素直にさせるとか精力増力剤入れたとか、そういうもの」

うわぁと出したこともないような引いた声が出る。露鐘の顔は歪んでいる。それはもう、知りたくないと顔にデカデカ書かれているほどには。眼鏡を外して眉間を抑え、吸って吐いてを繰り返す。

「...そう。最近の若人は、すごいな...」

「...俺としては、眞尋の方が凄いかな」

え、と溢れた声は、露鐘がベッドに押し倒された音で掻き消えた。気付けば露鐘の視界に映るのは電灯だ。そして、真剣な表情を浮かべた茅瀬。ぽん、と肩を押されただけで倒れてしまった事実に衝撃を覚えるべきか、組み敷かれている状況にもっと困惑すべきか。何方にせよ、露鐘が茅瀬の癪に触ったのは間違いない。

「...茅瀬、離れて」

「嫌って言ったら?」

「...離れて」

「倒されちゃうほど弱まってる人に言われてもなぁ」

戯けた声でカラカラ笑い、学生時代とはまた変わった茅瀬を見る。呪詛師となり、殺したはずが生きていて、最期はこの宅にいる1人の術師に殺されて、術式に吸収された。今目の前にいるのはあくまで死体に埋め込まれた物体であり、人間ではないと思い知る。そして、あの時自分が手を下せなかったことに後悔を覚える。

「...変わったな、茅瀬」

微笑んでいる優しげな表情が固まる。茅瀬は細めた眼を開かせて、露鐘の眼を見る。身体ごと貫かれるような感覚に、碌に存在を示さない心臓がドキリと跳ねる。口を真一文字に結んだ茅瀬は、一言呟いた。

「...変わったように見える?」

そう言って、組み敷いている露鐘の首筋に顔を埋める。スーツに染みついた血の匂いと仄かに香るシャンプーの爽やかな香りは、学生時代から変わらない露鐘の匂いそのもの。変わらない事象に内心喜びを携えて、深く息を吐く。

「くすぐったい」

「...いいでしょ、薬飲まされて疲れたんだから」

「そうじゃなくて、耳元で響くから」

何処か恥じらいの感情が混じる露鐘の声に、茅瀬はへぇ、と声を漏らす。先ほどの風呂場では顔色1つも変えることなく、堂々と入ろうとしていたのに。男に組み敷かれて、顔を埋められて、耳元で囁かれる。こんな状況なら、彼女だって恥ずかしがる。

薬を飲んだ影響か、茅瀬の腰がずんと重くなる。一度死んだ身体に、生前の人間と同じような機能が残っているとは思わない。けれど、実際茅瀬は感じてしまっている。

「なぁ、離れてくれ、頼むよ」

こんな時でも離れると思っている彼女の思考に、最早尊敬の念すら生まれそうだ。思わずため息をついて首筋から離れ、露鐘と顔を合わせた。

「連日連勤の人間に、無理をさせるほど俺だって常識が終わってるわけじゃない。」

電灯を逆光に此方を見つめる茅瀬の真剣な表情に、露鐘の顔が僅かに紅潮する。放り投げ出された右足に、茅瀬の左手が蛇のように這う。

「っ、おい...!」

「死体が性欲抱くのもおかしな話だね、それとも呪術のおかげかな?」

太腿の付け根からシャツの上を通り、胸元付近まで指が到達する。かつて触られた感触とは違う茅瀬の指が、露鐘の身体を強張らせる。

「...っ、」

「いいかい、眞尋。媚薬を飲んだ男が考えることなんて、単純なんだよ」

手が離れ、冷えた指が熱くなった頬へ触れる。見た目とは裏腹に熱くなった露鐘の顔は、普段では見ることのない恐れたような、けれど期待を含むような表情だ。その僅かな“期待”の意に気付きながらも、茅瀬はそれを無視する。

「横に好きな女がいる。2人っきりで他には誰もいない。しかもベッドの上ときた...流石に君でも分かるよね?」

添えた手に露鐘が擦り寄る。その行為に、茅瀬は思わず怒鳴りたくなる。何のために此方が耐えているというのだろう。此処までされたのならば、寧ろ食らってやるのが良いのではないかと悪魔が囁く。

しかし、その行為にも表情にも意味はない。何故なら、露鐘が何よりも理解していないからだ。

「...冷たいな、茅瀬」

死体であることを忘れたのか、それとも惜しんでいるのか。添えた手に擦り寄った体勢で露鐘は瞼を下ろす。唐突にも行われた眠りの行為に、茅瀬は渾身のため息をつく。

何も分かっていない。もう20歳も過ぎた大人だと言うのに。ここまで分からないとなるといっそ病気だ。寝ている露鐘を襲うことだって出来てしまうのに、全幅の信頼を茅瀬に置いて当の本人は眠りに落ちている。

散々、裏切ったと言うのに。

「...」

不意に顔を首筋に落とし、頬から手を滑らせる。健康的な肌に病的なまでに白い手が添えられる。

「...一緒に逝ってしまうことも、できちゃうのに。バカだなぁ...眞尋」

首筋に唇を落とし、静寂な部屋にリップ音が鳴る。茅瀬はそのまま倒れ込み、露鐘の横に寝そべった。

「...俺の温情に感謝してよ、眞尋。今度は寝てても襲っちゃうから」


そんなこと、ないようにしたいけど。


そう言って、茅瀬も瞼を下ろした。横に存在する温かな体温に微睡んで、露鐘の手を取る。そうして、2人して寝てしまった。


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