夕飯まで時間が足りない
天秤術師「伊月ちゃんは妹と弟、どっちが欲しいかな?」
日差しが暖かく、肌に当たる風がひんやりと冷たい。花に水やりをしてる私に、お母さんは声をかけた。お母さんは光に当たって、煌めく濡羽色の黒髪を靡かせながら、ゆっくりと私の隣に座る。
もー地面にワンピースがついちゃうよ。
「うーん。私としてはどちらでもいいの、おかあさんの子だからうれしいよ。絶対甘やかしてやる〜!!」
わしゃわしゃ手を動かして、ついお母さんに抱きつく。女性にしては長身でしっかりとした体、お父さんの真似をして鍛えたりしたらしいの。だからお母さんはムキムキのマッチョ……ではないよ。キレイな筋肉がついてる。
「そっか〜!」
顔を綻ばせながらお母さんは私の頭を撫でるの。料理や、洗濯、沢山の水仕事で手が荒れたりしてる手だけど私にとっては一番安心できる手だった。
「ふふん〜。おかあさんに教えてあげるよ! うまれる子は私の妹!!」
「名前は光輝にしようね!」
「光輝ちゃんか〜! 伊月ちゃんはなんで分かるのかな〜?」
やわらかな頬に手が添えられる。ふにふに お母さんは若い肌を楽しんでいた。私はほっぺを触られたまま得意げに宣言するの。それは私が本でよく読む言葉、私が憧れているもの。
ふふ
「私が【魔法使い】だからだよ!」
☆
昼下がり、パスタを食べてリビングでゆっくり時間を過ごす。食後の眠気に負けずお母さんのお手伝いをする。
「あ、蹴ったね! わかるもんなんだな〜〜」
膨らんだお腹に優しく耳を近づけて、音を聞く。どんどん、とまだ蹴っている。暴れん坊なのかな?
少ししてからお腹から耳を離して顔を上げる、お母さんは唸っていて、顔を真っ青にしていた。どんどん。
なのに、まだ蹴ってる。
「元気だね……
おかあさん? 具合が悪いかな。立ってるの辛くなった? もうやすんだ方がいいよ! おとうさんをよんでくるね」
辛そうなお母さんをソファに座らせる。お父さんに電話しよう。足早に玄関まで駆けようとした。
「ありがとう……」
お母さんは辛さから目を閉じて、気を失ってしまったらしい。後で軽いものでも作ろう。
――たすけて
どこからか声が聴こえる。進む足を止めた。そう、泣いている? かわいそうに、どこから聞こえるの?
……お腹から?
――くらくて つめたくて さびしくて さむい
「……??」
――さむい さむい さむい
「誰の声……?」
――おかあさん、おかあさん、だっこして だきしめてほしいの
はやく はやく はやく
――■して■しいの
――お姉ちゃん
「は?」
得体のしれない化物が、お母さんの身体を覆っていく。ずっと私の事を呼びながら、青い肌に全身に赤ん坊の顔が蔓延っている、どれも違う顔をしていて。爛れているもの、目がないもの、鼻がないもの。
【縺雁ァ峨■繧?s】
「私はお前のお姉ちゃんじゃない!」
【縺雁ァ峨■繧?s 縺雁ァ峨■繧?s】
【遘?#縺ッ逕溘∪繧悟、峨o繧】
「私達? なにを言ってるの? やめて!!」
お母さんに近寄って身体に貼り付く顔をただひたすらに取っていく。一心不乱に剥がしていく、気持ち悪いものを触ってることに気にする余裕もなかった。
ガシャン
コップのガラスが落ちて破片が散らばる。
化物の顔をお母さんから引き剥がす。取る 取る 取るなのに減らないの増えていくの、お母さんの顔まで見えなくなってしまった。涙で目の前もまともに見れなくなって、下を見た時化物と目があった。ニタニタとあざ笑うように、気色悪い。
「お前があ!!」
床に落ちている化物の顔を怒りのまま踏みつける。
「出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ!!!!!」
【驟キ縺?h縺雁ァ峨■繧?s】
「出ていけえ!!!!」
「光輝から出ていけよ!!!!」
まじない
分かったの。私の呪いが。その奇跡で妹が助かるならなんでも良かった。
元気で生まれてきてくれるならそれで良い、私は全てを神に捧げます。だからお願いします。
妹を奪わないで。
【頭上注意】
☆
「いい天気よね、今日は外に出れて良かったわ〜」
「もう〜! お母さん、お父さん遅いよ〜?」
「俺は久しぶりに休暇取れたんだからいいだろ……」
ベビーカーを押す私の後ろから両親が歩いてくる。妹はすやすや眠っていてあまり早く歩いてるわけじゃないのに! 二人して遅いよ〜……
ふふ、変な顔。かわいいなぁ〜。
「花畑を見に行くんでしょ〜? 花は逃げないわよ、うちにだって花壇はあるじゃない」
「家とじゃ規模が違うだろう……」
「そういうもの?」
「そういうもの」
「それで夕飯はなににするの? お肉? お寿司?! 私はね〜寿司が食べたい!!」
「お寿司ね、近くにあったかしら」
花は燦然と灯す光に照らされて輝きを増し、私の瞳を焼きつける。
家族団欒で一つ思い出が出来たんだ、お母さんがカメラを構えて二人を撮る。これからもっと撮っていこう、大きくなったら一緒に見返そうね。
家族四人の写真を飾ろう。
昼の時間はとうに過ぎ辺りが暗くなっていく頃、帰り道を歩いていたら急に身体が動かなくなった。変だと思ったお母さんが私の手を引っ張ろうとする。
バチッ
お母さんの手はなにかの力によって弾かれて、私にこれ以上近づけなくなってしまった。
一定の距離が保たれる。
「……え?」
「は、……呪術」
私には見えたお父さんから白い蛇が出てくるのを、でも私には触れられない。同じ力なのかも……呪術……呪い……
「おい!! 上見ろ落ちてきそうだ!! 危ないだろ早く子供連れて離れろって!!」
「なんで、伊月……?」
呪術がなんのことかわからない、けど……そっか……
光輝を助けた力の正体は私の力によるもの。足りなかった。
だから、精算されるんだ。
これが【奇跡】の代償か
(もし生まれ変わるなら私はまた……この家族に囲まれたいな)
目を閉じて思い出すのは妹の笑が
――グシャ
【午後4時44分、新築工事現場で四歳の少女が――】