夕飯には湯豆腐
うねる金の髪を櫛でといて編んでいると、時々自分は何をしているのだろうと思うことがある。
こういったことは本来ならば母親の役目なのではないか、そう思うのだがあの人はあまり凝った髪型はやりたがらないので結局私がやることになっている。
本人曰く、編んだら跡が目立つから今までしてこなかったのだそうだ。確かにあの真っ直ぐな髪は少しの変化でも目立つだろう。
それと異なり私に似た娘の髪は癖がつこうとつくまいとあまり関係がない。強いて言うなら寝癖がひどい時はあるが、髪を結うのとはまた違った話だろう。
「ほら、できたよ」
「ほんま?かわいくなった?」
「とてもかわいいよ、見てごらん」
仕上げに結い上げた髪に花の飾りを刺してやった。鏡を渡せば娘は嬉しそうに出来上がりを確認している。
母親とは違いなにを贈っても喜んでくれるので逆に困ってしまうくらいだ。家を訪ねてくる者が土産を欠かさない理由もわかる。
それでいて母親に似て聡いところもあるので、妻に受け取ってもらえなかったものを渡すとすぐに「これおかんのやろ?」と気づいてしまう。
あからさまに妻用のものではなく娘に渡しても問題なさそうなものだけにしているのに不思議なものだ。
「おとん、おかんもきれいにして!」
「……撫子が連れてきてくれたらやろうかな」
「ほんならおかんさがしてくる!すぐやからね!」
娘が声をかけたとして、髪を結うのが私であるならあまり良い顔はしないだろう。妻は私に触られるのを好まない。
最近は眠っている時でなくとも多少は触れることを許されているものの、基本的に私との接触を好ましく思っていないのには変わりがない。
これでよく子供が作れたものだと我ながら感心するが、おそらくその理由のひとつに私が普通の男のように振る舞うことをあの人が望んでいることがあるのだろう。
一時の安心のために子を産むことになるのはどうかと思うが、私が普通の父親のように振る舞うのも好むようなのでそれはそれでいいのかもしれない。
「おかんきたよ!やって!」
「……珍しいですね」
「こんなもんケチケチしてどうすんねん、パパッとやりや」
娘に手を、というよりも袖を引かれて来た妻はやれやれとでも言いたげに腰を下ろす。その姿と期待に満ちた娘の顔を交互に見て金の髪に手を伸ばした。
髪に触れても温度はない。情事の最中でもないのだから当たり前ではあるのだが、それがどうにも新鮮に感じられる。
娘のものとも私のものとも異なる真っ直ぐに伸びた髪は、絹糸よりもしっかりとその存在を主張しているというのに水のように手からこぼれ落ちてしまう。
あまりこうやって触れていると不審に思われて気が変わってしまうかもしれない。名残惜しいような気がしたが、娘の希望どおりに髪をまとめる。
娘はまとめて団子にしてやっているが、彼女の髪は編むだけでいいだろう。白いうなじが見えてしまうとなんとなく落ち着かないのだ。
とかしてみても引っかかることはないし、娘の髪のように言うことを聞かずに横から飛び出すこともない。本人とは違って髪は素直だ。
なるべくゆっくりと編んだつもりだったが、髪を編むのはあっという間だった。飾りもささない、編むだけの作業ならこんなものなのだろう。
かすかな名残惜しさを感じつつ終わったことを伝えると、妻は鏡で確認したあとに「器用なもんやな」と称賛とも嫌味ともつかないことを言った。
「できた?」
「おう、これでええか?」
「できたらおでかけしよ!おかんとあたしでおそといきたい!」
「これで?……まぁええか」
それで出かけられるのはあまり面白くはなかったが、さすがに大人げないと口をつぐんだ。娘が側にいるならそこまでの問題もないだろう。
なのでなにか言いたげに私を見ている妻の疑念は冤罪でしかない。大体こういった場合に私の言うことなどきかないのはあなたの方だろうに。
「……しゃーないからオトンのために豆腐でも買いに行ったろか」
「おゆはん、おとうふにするん?」
「せやな、そうしたるから機嫌なおしや惣右介」
「なにも言っていませんよ」
止めてもいなければ、手を出して彼女の髪をほどいてもいない。これでなにがどう機嫌を損ねているというのか。
妻の言葉になにを感じたのか、娘が小さな手で私の顔をなで回している。
こういったことをされるたびに眼鏡を外してしまいたくなるが、そうすると「なけなしの可愛げすら無くなった」「いけ好かない顔」などという謗りを受けるのでそのままだ。
この世で私の容姿を悪し様に言うのは妻くらいのものではあるが、彼女以外に褒められたところで利用もできない今の状況ではなんの意味もない。
「そういや外行きたいって、誰か見せたいやつとかおったか?」
「おそろいやから、だれでもみせたい!」
「僕が見たのではダメなのかな?」
「おとんはもうみてるやろ!」
誰に似たのか娘はあれで頑固なので、こうなってしまうとなにをどうしたところで考えを変えてくれるとは思えなかった。
おそらく買い物のついでに娘を褒めそやしてくれる妻の知人にでも会いに行くのだろう。口の悪い副隊長のいる十二番隊には近づかないだろうことだけが幸いだ。
その後休みだったらしい鳳橋隊長にたっぷりと褒められて大変に機嫌を良くした娘から「ローズもおそろいにしたって!」とおねだりされ、断るのに大変な苦労をしたことを考えるといっそからかわれて機嫌を悪くしてくれた方が楽だったような気もするが……珍しく妻が優しかったので良しとしよう。