夏色に咲く、華のゆくえ
虫の音がやけに恨みがましく響く夜、私⋯榊原成華は深緑の髪をした長身の優しげな男性⋯加茂誠と向かい合っていた。なんとなく庭に出て夜風にでも当たろうかと考えていたら、何故か既に先客がいた、それも縁談の相手が、である。(生まれからつくづく運に恵まれないな⋯)なんてぼんやり思っていると、彼の方から話しかけてきた。
「やあ、こんばんわ、成華さん。いい夜だね。」
見た目通りの丁寧な口調だ。とりあえず私は当たり障りのないように
「はい⋯そうですね⋯加茂さん」
とだけ返した。だが、いくら表面が良くても、その笑顔の裏に何が隠されているかはわかったものでは無い。(ちょっと無愛想すぎたかな⋯)と内心焦った私に、彼は気にした様子もなく、
「うん、本当に夜風と虫の音が心地良い、素敵な夜だ。」
と、薄く微笑みながら返した。その表情には少なくとも裏はないように感じられた。ただ、その様子だけで何かが変わるという訳でもない。私にとっては勝手に持ちかけられた縁談の相手の知らない男性でしかない、気を許すなんて、できるわけもない。
けれど、
「⋯突然で済まないんだが、俺との婚約の件について聞きたい。君は、君自身はこの縁談についてどう思っているんだい?」
そんなことを聞いてきた。そんなこと言うまでもないだろうに。私にとってこの縁談はこのクソ家からの呪縛だ。それも逃れられない、指先一つ動かないように固く縛り付け、ただ一つの道しか歩めぬように決めつける呪いだ。だからこの質問の返事もまた決まっている。いつものように、決められた通りに、私は『 榊原家の成華』を実行しようとして───────
ふとその脳裏に、塩顔の少年が過ぎった。
「⋯い⋯嫌です。こんなふうに決められた結婚なんて⋯したくは⋯ありません。」
言ってしまった。そんなつもりは無かったのに。『榊原家の成華 』は完璧に私を縛っていたはずなのに。ほんの一瞬だけ、その少年が過ぎっただけで、私の呪縛は緩んでしまった。そうしてキッパリと拒絶された加茂さんを、恐る恐る見遣る。こんな小娘に大切な縁談を反故にしたいなどと言われたのだ。きっと目の前の彼は怒るだろうと、そう思ったが、
「⋯そうか⋯、それは、仕方がないね⋯」
か彼はただ、寂しげに微笑むだけだった。その姿に驚き、何が言葉をかけようとしたところ、
「すみません、少しいいですか?加茂誠さん」
夏油傑が、そこにいた。
「え⋯なんでここに⋯いるの⋯?」
「少し夜風にでも当たろうかと思ってね。それで歩いていたら二人を見つけただけさ。」
私の質問に、なんでもないように返す彼。だが、その目は覚悟を決めたように、何かを見定めるように加茂さんのことを見つめていた。
「君は⋯?」
「失礼、私は夏油傑と申します。突然で恐縮ですが、私と二人きりでお話いただけませんか?」
加茂さんの疑問の声に、丁寧に、しかし有無を言わさないような声で返す傑。あまりに失礼すぎる。大事になる前に何とかしないと⋯!と思い、弁明しようとする前に、加茂さんはどこか感心したような様子で、
「ああ、構わないよ。では少し場所を移そうか?成華さんには聞かれたくないことだろう?」
と告げた。すると傑は
「えぇ、助かります。」
とだけ言い、庭の中央から生垣で囲まれた片隅へ向かい、加茂さんがそれに続いた。
そして私も、気になって生垣の傍までこっそり着いてきてしまった。一体二人が何を話すのか、傑がおかしなことをしないかがどうしても気になってしまったのだ。音を立てないよう慎重に生垣に近づき、その影から二人を見る。すると傑は
「あなたが榊原の縁談のお相手でよろしいですね?」
と問いかけ⋯というより確認をしているところだった。加茂さんは落ち着いた調子で
「ああ、その通りだよ。改めまして、加茂誠、26歳。三級術師です。この度は成華さんとのご縁談のために参りました。どうぞお見知り置きを。」
と丁寧に挨拶をした。これでは傑があまりに無礼だ。しかし傑はそれを気にした様子もなく
「三級術師⋯?あまり階級で判断などするべきではありませんが、榊原は二級術師です。伴侶となる男性であれば、彼女を周囲の悪意から守るためにも、最低でも準一級以上の実力は無ければならないのでは?」
なんということだ。無礼に失礼を重ねている。まるで姑のような嫌味な感じだ。思わず頭を抱えそうになったが、加茂さんは変わらぬ穏やかさで
「うん、確かにそのように懸念されるのも無理はないだろうね。けれど、粋ぶるようでなんだが、俺は上層部と折り合いが悪くてね。彼らの横暴を少々諌めていたら、彼らは頑なに俺の昇格を許してくれなくなってしまったのさ。そうでなければ、一級呪霊程度は祓えると自負しているよ。」
と微笑みを崩さずに告げた。すると夏油はとうとう据わりだした目を彼に向けて、
「なるほど。ではここからが本題です。不躾ですが、あなたは榊原のことをいったいどう思っているのですか?」
とんでもないことを聞きだした。流石にこれはまずいと感じ、止めに行かなければと思ったが、加茂さんは今までにない力強さで、
「好きだよ、誰よりも、何よりも。」
裏なんてあるはずもなかった。その言葉だけで痛いほどに分かってしまった。たとえ私が何を思っても、何を言ったとしても、言われたとしても、彼はどうしようもなく私のことを好いているのだ、と。そして彼は少し悪戯っぽく、しかし心根を見透かすように微笑んで、
「そういう君はどうなんだい?こうやってサシで話すんだ。ただ俺が気になっただけというわけでは無いだろう?成華さんを、いったいどう想っているんだい?」
そう、言った。止めに行くことは出来なかった。傑は、彼は私のことををどう思っているのか、その問いかけ一つで、私は動けなくなってしまった。
「な⋯わ、私は⋯」
動揺する夏油、私も彼と同じように⋯いや彼よりも酷く動揺してしまう。
(そんなわけ無い、だって傑はあくまで親友だ、とても大切な私の無二の親友であってそれ以外の形なんて⋯傑が私のことが■■なんて⋯そんなのある訳⋯)
などと思っても、私の目は、耳は、心は、全て傑に、彼が発するであろう言葉に向いていた。逡巡と、耳鳴りがするようなほんの少しの静寂のあと、あの人は──────
「⋯彼女は大切な学友であり、親友です。」
そう、言った。
(そうだよね⋯私たちはやっぱり親友だもん!)
私はその力強い言葉が、素直にとても嬉しかった。彼も私のことを親友として、大切な人として感じてくれていると思うと、胸の奥が満たされるような思いだった。それで満足した私は、庭の中央まで戻って待つことにした。(えへへ⋯親友⋯私と傑は親友⋯あぁダメ、ニヤついてたら⋯覗いてたのがバレちゃう⋯うへへ⋯)なんて考えながら。⋯僅かな胸の内の動揺から目を逸らしながら。なぜだか心にかかるモヤを、振り払いながら。
「⋯彼女は大切な学友であり、親友です。」
俺⋯加茂誠は、夏油君の言葉を聞き、呆れと期待混じりに問いかけていた。
「⋯ほんとにそれが君の本音なのかい?」
「っっっ⋯そっ⋯それは⋯」
その言葉に瞑目した様子の彼は、焦り、少し悩むような素振りを見せて、
「………彼女は私に、大切な仲間として笑いかけてくれる。仮にこの関係が崩れて、今までのように共に過ごせなくなったらと思うと⋯自分の中にある気持ちに、答えを出すことが、今までのように親友でいられなくなるのが、怖い⋯」
絞り出すように、心の内をこぼした。俺はその様子を見て、
「なるほど、実に若者らしい悩みだ。けれどね、夏油君。」
この若く不甲斐ない恋敵に、少しばかり発破をかけてやることにした。
「人生なんてものは途方もなく長いものだよ。君は十八年、俺は二十六年生きているけれど、その八年の時間でもきっと君より幾多の苦悩と辛酸と出会いがあったはずだよ。だからね、そんなふうに思い詰めなくたっていいのさ、これからまだまだ数十年の時間があるんだ。ゆっくりと考えて行けばいい。君のような若者は特に、まだたくさんの出会いもあるだろうから。」
君にはまだチャンスがある、とだから諦めてしまえ、と。暗にそんな意味を織り交ぜて、表面上は優しい言葉を彼にかける。すると彼はその意味にすぐに気がついたのか、挑戦的な表情で、
「そんな悠長な事を言っていたら、私が先に榊原を⋯成華のことを誰よりも幸せにしてやりますから。」
俺に宣戦布告を叩きつけた。
「ふふっ⋯」
呆れたものだ。笑みすら込上げるほどに。ここまで言わなきゃ火すらつかないとは。ああ、けれど⋯、これでようやく⋯
「⋯⋯やっと男らしくなったんじゃない?傑君。」
俺も勝負の土俵に上がれるだろう。首を洗って待っていなよ、ヘタレな恋敵君?
成華:実はこっちもクソボケだった主人公
夏油のが漢見せて、赤面しちゃう成華ちゃんとか描きたいなぁー、と思っていたら夏油がヘタレたせいでお蔵入りになってしまった。無念である。
夏油:やっと漢見せたヘタレ塩顔
恋敵に助け舟と発破をもらってようやく漢を見せたバウムクーヘン。日和っていなければストレートに想いは伝わってただろうことは想像に難くない。クソボケはかわらず、感情は激重だと思って書いてみたがまさかその辺まで成華とお似合いだったとは思わなかった。マジで言ってんのかよ傑?(by五条悟)
誠:最優秀イケメン賞受賞者
恋敵があまりにもアレすぎて助け舟と発破までくれたやることになった超絶イケメンお兄さん。ss主の超解釈によって夏油とは勝負にならないのではないかと思っていたことになったが、夏油のあまりのヘタレぶりを見誤り恋敵をアシストしてしまった。
輝血:ナズェミテルンディス!!
雪音「そこはかとなくクソボケを感じる⋯!おのれ夏油傑め⋯!!」
咲く(今咲くとは言っていない)