夏祭り 4
彩夏とふたりだけで夏祭りの縁日を歩くのはいつ以来だろう。一輝は思う。
一輝と彩夏が高校卒業までは大二とさくらと4人で行っていたけれど、卒業後は一輝はしあわせ湯に従事し、その数年後には大二がフェニックスへ入隊して、彩夏はさくらと出掛けるようになった。
今日、一輝は大二とさくらと彩夏…それに花と玉置を加えて、祭りに来た。だけど、気づけば大二と花の姿が見当たらない。さくらと玉置が大二達を捜すと言うので、彩夏とふたりになった。
一輝が彩夏とふたりきりで祭りへ繰り出したのは…――大二が物心つく前の、一度きり。だから、十数年振り、か。
ひどく遠い日のことで懐かしくなる。と同時に、照れ臭くもある。
自分の少し後ろを歩く彩夏。一輝は時々振り返って彼女が追(つ)いてきてくれているか確認する。
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『一輝くん…幸せな家族だけじゃないんだよ』。
‘あの’日、そう冷たく捨て台詞を残して去った幼馴染は、一輝の知らない人みたいだった。
フェニックスの更正施設に入った彩夏との面会を一輝は何度も申し出たけれど、叶わなかった。その理由は彩夏本人が拒んでいるからと聞かされ、一輝は滅茶苦茶 凹んだ。
その後、彼女は無事に施設から出、一輝とバイスの決着の刻(とき)に立ち会ってくれた。
彩夏の顔を見た瞬間、
(よかったぁ)
そう、思った。
嫌われたのでないのだと、とても安心して…穏やかな気持ちになって…
―――やっぱり…好きだ…
自分の想いを改めて実感して。これからまた、ふたりの時間を積み重ねていこうと、親交を深めていこうと、決意を新たにした矢先のこと。
「一輝くん、カノジョできたんだ…綺麗な人だね…」
ぽつり、彩夏が零す。
一輝は、花そっくりな女の人のグラビア写真集を買ったのではないかとの疑われ、そのことを彩夏に知られてしまった。
「彩夏!これはその…」
何とか誤解を解こうとする一輝に対し、彩夏はおめでとう…って淋しそうに笑った。
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‘その’刹那の、彩夏の横顔が、頭から離れない。
あれから、彩夏と顔を合わせるのが気まずい。
今日、玄関口で彼女を視界に捕らえた瞬間、一輝は息を呑んだ。
浴衣姿の彩夏が綺麗だ。
一輝の鼓動が高鳴る。そして、ついこの前の淋しげに笑った彼女の横顔を思い出し居た堪れなくなる。
照れと気まずさで気の利いた言葉が浮かばない。
『…えーっと、……その、…似合ってるな、それ』。――どうにか絞り出した台詞はだけど、視線を逸らしてしまう。…照れ臭くて、彩夏の顔を見れない。彩夏の瞳(め)を見て じゃ言えない。
好きなのに。
綺麗だなとか、‘あの’ときのアレは誤解なんだとか、高校卒業してからあんまり逢ってなくて彩夏が家族のことでどれくらい淋しい思いをしていたのか気づかなくてごめんとか…いくつもの感情が渦巻いているのに。
……つまりは…好き、君のことが好き。それだけなのに。
綺麗だよも好きだよも伝えられなくて…
『…似合ってるな』って、顔を見ないで言うのがやっとの、俺は…彩夏の目にはどう映ってるんだろう…。
「一輝くん」
いつの間にか考え込んで俯いていたらしい。呼び掛けられて顔を上げる。
「どうしたの?」
伺い見る彩夏と眸(め)が合う。
途端ドキっとして
「いや、なんでもない」
目を逸らす。
「そう…」
「……」
「………」
一輝は黙ったまま再び歩き出す。
胸のドキドキが止まらない。
この心臓の音、彩夏に聞こえてないかな…と気になって、早足になる。
「あっ」
不意に彼女の声が耳を通る。
「どうした?」
あれ、と彼女が指差した先…
「風車…」
彩夏が、そっと呟く。
露店の立ち並ぶ一角から少し離れた処に、たくさんの風車。
「綺麗…」
壁一面に飾られた色とりどりの“それ”に感嘆の声を漏らす彩夏が愛おしい。
「はい」
一輝は彩夏に風車を差し出す。
「ぇ、一輝くん…?」
「ほしそうだったから…」
買った。
「…、え、えっと…いくら?」
「いいよ、プレゼント」
「え、でも…」
「受け取ってくれよ」
「 !うん、わかった…。ありがとう」
彩夏は風車を手に取る。そして、その風車を見つめ、ふんわり笑んだ。
好きだなぁ。――幼馴染の、その微笑みに、一輝は沁々思う。
一輝は目を細めて彩夏を見つめた。
彩夏が風車にふぅと息を吹き掛けた。
一輝は息を止めた。…彩夏のその姿に見惚れたのだ。
またも早鐘を打ち始める心臓に鎮まれと命じながら、深呼吸する。
それから一輝は
「ぁ…彩夏…!もうすぐ花火の時間だ。行こうぜ」
いい場所(とこ)、知ってるんだ…と彩夏を促した。
「うん!」
彩夏がにっこり頷いてくれたのを確かめて一輝は胸を撫で下ろし、彼女と一緒に花火がよく見えるスポットを目指した。
大丈夫、彩夏は俺に追(つ)いてきてくれる。