夏祭り 3

夏祭り 3


 しばらく6人で屋台巡りをしていたけれど、花は足に違和感を覚え自然 歩く速度が遅くなる。人波に流されて、さくら達が遠ざかっていく。


 「待って…」

 喧騒に花の声は掻き消され、皆の背が見えなくなる…というとき、

 「花さん」

 声が、した。

 「どうしました?」

 大二、だ。

 「足がちょっと…」

 躊躇いがちに答えれば

 「場所を変えよう」

とすぐ傍の休憩用テントまで連れて来られた。

 「足、見せて」

 花はパイプイスに座って言われるまま足指を見せる。

 「指が少し腫れてる…鼻緒がきつ過ぎたみたいだな。

  そしたら…下駄を脱いで」

 「痛っ」

 「あ、擦れているね…素足に下駄を履いていたからかな」

 見ると、確かに擦れて皮が捲れている。

 血も滲んでいて、それに気づいたらしい大二が鞄の中から水の入ったペットボトルとハンカチを取り出した。

 「しみると思うけど我慢して」

 水で皮の捲れた傷口を洗い流し、ハンカチを当てる(水は少々しみたけれど、そこまで痛くなかった)。

 「ここ、おさえてて」

 花が傷口をハンカチで押さえている間に、大二は鞄から絆創膏を出す。

 「ハンカチ、取ってみて。

  血は…止まってるな」

 大二は止血ができたか確認してから傷口に絆創膏を貼ってくれた。

 それから彼は

 「下駄、借りるね」

 鼻緒の所を見たり触ったりした後

 「花さん、ごめん。これ、緩めるのは無理そうだ。

  この下駄を買ったお店に行って鼻緒を緩めてもらったらいいよ」

 花の足元に下駄を置いた。

 「履いてみて、痛くない?」

 「…えぇ、痛くないわ」

 絆創膏を貼ってもらったからだろう、指に直接 鼻緒が当たらなくなって痛みはほとんどない。

 「……歩けます?」

 「…うん、平気よ。行きま……――

 言い掛けて、前に躓きそうになった。

 転ぶ…!――と、思ったけれど、衝撃は来ず。

 「大丈夫ですか!」

 頭上から降ってきた声に、花は大二が身体を支えてくれたのだと気づく。


 ということは…

 自分はいま、――…大二の腕の中、ってこと…?

 ―――?!?!?!

 そう思うと、何故かしら急に恥ずかしくなってきて。


 「~~~ッ」

 自分でも訳がわからないまま、花は俯いた。


 「もう少し休んでいこうか」

 花は無言で首を縦に振った。

 大二は再び花をイスに座らせると

 「ちょっと待ってて」

 何処かに走って行った。




 しばらくして、

 「はい」

 何か差し出された。

 「??これは?」

 「かき氷」

 「かき氷…」

 「花さん、食べたことない?」

 「名前は知ってるけど…」

 「専用の機械で削った氷にシロップがかかっているんだ。冷たくておいしいよ」

 「そう」

 「シロップは選べるんだけど…花さんの好みがわからなかったから、取り敢えずイチゴ味にした…」

 よかった?と伺う大二に、別にいいわよ、と花はかき氷カップを受け取る。

 大二は隣のイスに掛けた。

 「イチゴが一番スタンダードなんだ。それに…花さん、赤のイメージだから」

 大二が自分のことを考えて選んでくれた事実に気恥ずかしさを感じて

 「アギレラ時代のこと引き摺り過ぎじゃない?」

 つい口走ってしまった、のに、彼は律儀にすみませんと言うものだから、

 「謝らないで。それより…」

 花は話を変えた。

 「あんたは何味にしたの?」

 「メロンです」

 鮮やかな緑色に染まった氷が綺麗。

 「溶ける前に食べよう」

 「「いただきます」」

 ふたりはかき氷を食べ始めた。




 「いたいた。大ちゃーん!花~!」

 「花さーん!大二さーん!」

 逸れた花達を捜していたと思しきさくらと玉置がこちらへ駆けて来る。

 「もう!どこにいたの?」

 「人混みに呑まれて…悪かった」

 兄妹の会話を他所に

 「無事でよかった…(グス」

 玉置が涙目になっていた。

 「何、泣いてるのよ…」

 花は呆れる。

 さくらも若干 引きつつ、ふたりが一緒にいてよかった…!と話をまとめた。

 と、そこで。さくらは花と大二の手にある物に気がつく。

 「あー、かき氷だぁ~!私も食べたい!」

 「わかった」

 大二が鞄から財布を出し、

 「好きなの買ってこいよ」

 さくらにお金を渡す。

 「大ちゃん、ありがとう!」

 「あの…大二さん、おれは自分で買いますから」

 「そうか」


 さくらと玉置がかき氷を買いに去った直後、花は徐に口を開いた。

 「あ、あのね…」

 「ん?」

 「私…お金、持ってきてなくて」

 「??

  !あー」

 花が何を言い出したのかすぐにはわからなかったのか首を傾げていた大二だったけれど、何のことを指しているかを察すると、そんなこと…と呟いてこう続ける。

 「気にしないで。今度は花さんにおごってもらうから」

 「ぇ」

 大二がほんのり茶目っ気を含んだような笑みを浮かべるから、花は彼の意外な一面にドキリとした。


 だから(だから?)、

 大二の返事の意味を考える。

 『今度は花さんにおごってもらうから』。

 『今度は』って…――今度、があるの…?またこうして…大二と何処へ出掛ける“今度”が、いつかあるの…?

 ……え、?

 そこまで頭の中を巡らせて、思考が止まる。


 初めての、夏祭り。初めての、浴衣。――花は今日この日を楽しみにしていた。

 ―――さくらと、夏祭りに行くんだ…

 だから、自分は楽しみにしていた。さくらと一緒だから。友達と――さくらと、行くから、楽しみだった。はず。

 『花ー、行くよー』。――私を呼ぶ、さくらの、声。

 『花、似合ってるよ!』『花~!』『花さん』。――……。

 『そう言えば、花さん夏祭りは初めてだって…。じゃ、楽しもう』。――?!

 『どうしました?』『大丈夫ですか!』『はい、かき氷』『シロップは選べるんだけど…花さんの好みがわからなかったから、取り敢えずイチゴ味にした。よかった?』『イチゴが一番スタンダードなんだ。それに…花さん、赤のイメージだから』。――?!!

 ―――私が、今日、楽しみにしていたのは……


 「…さん、花さん!」

 「?!」

 ハッと花は我に還った。

 「どうしました?」

 目の前には心配気な大二の顔。

 「なんでもないわ…」

 花は透き通った紅に目を遣って、それを口に運ぶ。

 冷たくて甘くておいしい。


 さくらと玉置が戻ってきた。

 「私はね、ジャーン!オレンジ味!」

 「おれはブルーハワイにしました」

 さくらは花の隣のイスに腰掛け、その隣に玉置が座る。

 「兄ちゃんと彩夏は?」

 「先に行ってもらった、大ちゃんと花は私と玉置で探すからって言って。

  ふたりでごゆっくり~ってね」

 「なるほど」

 自分の両隣にいる大二とさくらの言葉のラリーをぼんやり聞きながら、花はかき氷を口にする。

 「おいしー」

 さくらが笑みを溢す。それを見て花はにっこり笑う。

 「花もこれ食べる?おいしいよ。 花のと交換ね」

 さくらにかき氷を手渡され、花も自分のをさくらに遣った。

 オレンジ味のかき氷を一口。――おいしい。

 「ん~!やっぱイチゴ味もおいしい」

 二口,三口 食べてお互い返す。

 4人は並んでかき氷を頬張る。

 「大ちゃんは何にしたの?」

 「メロン味」

 「わーおいしそう」

 「食べるか?」

 「うん!」

 「ん」

 「ありがとー。じゃあ、はい」

 今度はさくらと大二が交換する。


 食べ終わって、カップとスプーンを捨ててくると大二と玉置が露店の脇にあるゴミ箱へ行った。

 「あ!花、足どうしたの?」

 さくらに足の擦れがバレてしまった。

 「慣れてない下駄を履いていたから…」

 「あー、鼻緒がキツかったんだねー… それでリバテープ…」

 「え、えぇ… あの人が貼ってくれて…」

 「あの人って…大ちゃん?」

 花はコクッと肯いた。

 「それで…休憩がてら、かき氷…」

 「さくら、ごめん」

 「??何が?」

 「楽しい夏祭りなのに…面倒かけて…」

 「そんなことないって、お蔭で私もかき氷食べれたし!充分、楽しんでるよ」

 「(ありがとう、さくら…)私も楽しい!」

 「よかった」

 大二達の姿が見えた。

 「そろそろ花火の時間!」

 「おれ、いい場所を知ってますよ」

 さくらの発言に玉置が反応する。

 「花、歩ける?」

 小声で訊いてくるさくらに大丈夫と答え、花は立ち上がった。

 「行こっか!」


 玉置がこっちですーと先導し、さくらに手を引かれて花は続く。その後ろから大二。

 4人は花火の絶景スポットへ向かったのだった。

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