夏イベss①

夏イベss①

@マグダラスレ主


ぺこりと頭を下げ退いていくガードマンの間を、カワキが当然のような顔で通り抜けていく。

その堂に入ったさまと目の前に聳え立つ建物の荘厳さに内心気を取られていると、何をぼうっとしているのかと咎められるように視線を向けられ、慌ててその後を追いかけた。


「目的はこのホテルの中央塔最上階、支配人室。とはいえあの人のことだから、どうせ––––」

「そうね、当然把握済みだぜ」


遮るように飛んできた声に顔を向ける。入り口ホール、その中央。豪奢に飾られたその中央を陣取るように、人影が仁王立ちしていた。

 「ご機嫌よう。あなた方の旅路は、だいたい見させていただきました。

 …一応述べさせて頂きますが、いつもなさっているように「聖杯を持っている誰かを探して〜」などというプロセスを踏もうとしているのであれば、やめておくことですね。無為に帰すのみですので」

 相変わらずの派手好き、というような声が後ろから聞こえる。見れば、いつの間にかカワキが後方に移動していた。

 まさか盾にされているのではなかろうか。いや、流石にそういうわけではないはず。たぶん気のせいだろうな、と思いつつ、咳払いする人影の方に視線を戻す。

「先に自己紹介をしておきますね。お初にお目にかかります、星見の旅人さん!私こそが、この特異点における聖杯––––その一つ、です!」


……………は?


「飲み込み遅っそ。本当にそんなんで人理守れるのかよ。

 いいですか?普通のシナリオなら最低でも十節は引っ張るところの情報にございますので、耳かっぽじってよくお聞きくださいね?

 私–––––というか我々ですけど–––––こそが、この世界における集積・再分配機構を担うもの。お前たちのシステムに倣って言うならば、人格ある聖杯というやつです。うん。聖杯。なんとも言い得て妙な表現です。救世主の血を受けているわけですからね。

 お前たちの世界では確か世界に穴を開けるのに使うのでしたっけ?こちらではどちらかといえば固定化や純粋な願望器としての運用が主なのですが––––ま、巨大なリソースの塊という点ではだいたい同じにございますので」

つい十分ほど前の会話が頭をよぎる。

今から会う人は話が長い。そのくせ聞き流すと後で大変なことになるようなものをどうでもいいものに挟んで出してくるから、聞き流すわけにもいかなくて始末が悪い。

ドアに入る以前、そんな内容のことをカワキが口にしていた。

なるほど、確かに無限に口が回るのではないかというほどに滑らかな喋りである。

「極まったものは世界の構築・固定も容易く可能にする…っていうのはこの状況を見ればわかりましょう?あ、もちろん制約も多いのですよ?基本的にまともに生まれませんし、まともに育ちません。ガチャ運次第じゃほぼ副作用なしって個体もいるみたいですけど。

 故に不全。エンジンかけなきゃ永遠に人間未満です。基本的に、表に出てこられるのはよっぽど強いかよっぽど運の良い個体だったんだなと思っていただければ。

 効果にしても、個人に目や足を生やしてやる程度なら容易いのですけどね。世界法則に恒常的な影響を及ぼす域となると単独でのコントロールはほぼ不可能なのです……えーと、そうですね、だいたい……お前たちの世界で言えば“神霊”や“祖”と呼ばれる位階のものを複数騎、加工役と管理役に据える。それでようやく安定した運用が見込める程度かと。

 ですから、安易な考えで干渉するのは厳禁。必要に迫られぬ限り、確証を得られぬ限り、原則(ルール)に従った振る舞いを心掛けていただきたく」

わかりますね?と女が眉根を引き締める。心なしか目線が少しずれている気もするが、気のせいといえば言える範囲だろう。

 「今一度、念を押します。

 最も強力にして協力的な実例(サンプル)を複数保有していた我々が、長きにわたる研究をした上で、ブラックボックスだらけであると半ば匙を投げているものです。

 仮に浅薄にも利用してやろうなどと考えて“やらかした”場合、誰に恨まれることになろうとも私はお前を見捨てますし、見捨てさせます。あとでお友達にもそう伝えておくが吉でしょう。わかりましたね?」

近い近い近い
圧が強い圧が強い

ずいずいと歩み寄り、女社長は一段と凄みを帯びた声をあげる。

同じく気圧されたのだろうか?横目でカワキが小さく首を後ろに逸らすのを見ながら、カルデアのマスターはガクガクと頷くほかなかった。

「わかればよろしい。では、建設的な話に進みますね」

バサリと音を立てて投げ渡されたのは、分厚い紙束である。

これは…
リスト?

「そういうわけなので、ここから先は願望器(わたし)ではなく、当ホテル支配人にして当リゾートの統括マネージャーとしてお話いたします」

 いささか圧が抜けた営業用の微笑みを浮かべ、女が話を続ける。

「電源を引っこ抜けないゲームなら、クリアして終わらせるしかない。でしょう?

 クリア条件を提示して差し上げましょう、という話にございますよ。

 そのリストに載っている人間、1人残らず、全員。「このリゾートでの体験に満足した」と星5評価を出して帰っていただける状態になったと判断すれば、私はお前たち人理継続保障機関の活動に対し支援を行う用意があります」

全員!?

「全員です。そこに関しては一切の譲歩の余地なしと考えるように。

 就労に際しての支援ははうちのホテルの南棟最上階1フロアの使用権。必要に応じてまかない三食と活動経費の補助付き。基本シフトはAM9:00~PM18:00(含休憩1時間)、それ以外の時間に発生した業務については臨時ボーナスの支給を以て補填。

 具体的な業務内容は暴徒鎮圧、害獣撃退、諸店舗の定期監査、各顧客からの意見収集、列整理とその他諸々のトラブルシューティングで…」

…仕事、多いですね?
ちなみに断った場合は?

(下の選択肢を選んだ場合のみ「その時は私が敵になるかもしれませんね。こう見えて、今のお前たちのか細い人理程度はプチッといけると思いますよ?」が挟まる)

「仕方ないでしょう?今は私が島内のマネジメント業務のおよそ九割を賄ってなんとかしておりますが、正直言って実働部隊が全く足りていないのです。

 子供達もやれリゾートは遊ぶためにあるだのデートがしたいだの言ってどんどん休暇に入ってしまいますし。他も一応何人かには打診してみたのですけれど断られてしまいましたし。

 他人の幸福のために尽くせるんですよ?こんな素敵な職業ないのに…」

「それは貴女がそれで喜びを得られる人格なだけだよ」

(おそらくは話を振られるとめんどくさいことを察して)存在感を消していたカワキがボソリとツッコミを入れる。

「それもそうね。

 …ま、まあ、とにかく!私以外はちゃんと六時間以上の睡眠を取れるスケジュールで組んでますし!お前たちに求めているのは主にトラブルシューティングと人類目線の提供ですから、そこまで大変ではないと思うわ!たぶん!きっと!

 ほらこれ契約書!本契約は他の人と合流して内容を熟読した後でいいから、サインしたら持ってきて!私は忙しいのでこの辺で!」

端々に不安になる要素を滲ませながら、女は素早く視界から消え––––

「あ、そうだ。ラウンジは勝手に使っていいわよ!ケーキ食べ放題!」

––––すぐに戻ってきたかと思えば、また消えた。

ものすごい人だった…
不安になるなぁ


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