変貌
兄の墓の前で手を合わせる。
この墓に眠る人の名はドゥリーヨダナというらしい。
いつも何かが足りない気がしていた。
俺がまだ物心ついてない頃に兄は死んだ。
死んだ理由は詳しくは教えられていないが事故だったらしい。
「またここに居たんですねドゥフシャーサナ兄さん。母上が呼んでいますよ」
「あー分かった。今行くから待っててくれヴィカルナ」
なにか嬉しい事があった時などに兄の墓を訪れるのが俺の日課だった。
俺には兄についての記憶は全く無いが、それでもそうした方が良い気がしたのだ。
「今日は兄さんに何を話してたんですか?」
「ドゥフシャラーが今日も可愛いっていうのと、弟たちがクソ生意気だけど可愛いとか。あとユユツ兄さんの正論ウザイってのと、ユディシュティラと比べられるのウザイとか。あとクムダの家に子どもが産まれたのも話したな」
「へえ。子どもが産まれたんですか」
「ああ。子どもにはパドミニーって名前付けたらしい」
「それはおめでたいですね」
「そうだな」
この宮殿での生活は楽しい。
本当だ。
弟たちも妹も可愛いし、両親も良い人だ。
ユユツはうるさいがまあ良い兄貴だと思うし、従兄弟たちとも何だかんだで上手くいってるんじゃないかと思う。
まあそこそこ喧嘩するけど。
ことある事に従兄弟……特にユディシュティラと比べられるのは腹立つが、まあお家柄的に仕方ない事だろう。
なんせ同じ王族だ。
俺は王に向いてないと自分では思う。
だって俺は決まりに従って生きるというのがどうしても苦痛なのだ。
それに俺は短気だから外交とかに向いてないだろう。
だからユディシュティラが王になれば良いと思うのだが、そう簡単にもいかないらしい。
なにか嫌な事があった時などに兄の墓を訪れるのが俺の日課だった。
言ってはいけない事だったとしても誰かに聞いてほしかったのだ。
「クムダの家がある村が壊滅したんだと。地盤沈下で家屋が倒壊したらしい」
「たくさんの死者が出たそうだ。……クムダの娘のパドミニーも死んだ」
「……潮時だよなあ」
「多分兄貴が死んだからだと思うけど、うまくオーダーが俺に入力されてなかったみたいだ」
「なんなら弟たちにはまだオーダー入っているやついないっぽい」
「……正直最近は薄ら気づいてた」
「もっと早く動くべきだった」
「あーあ、もっと昔からオーダーを分かっていればもっとうまく動けてただろうになあ」
「……時間がないからそろそろ行くな兄貴。俺もしばらくしたらそっちに行くから待っててくれ」
この宮殿での生活が楽しくなかった訳じゃない。
本当だ。
でも少しだけ息がしにくい時があったのも本当だった。
ドゥフシャーサナという人間が宮殿から消えた。
しばらくしてカリの目撃情報が増えたらしい。