変わらないこと、変わったこと
「吉良」
呼ぶ声に思わずビクリとしたのは声が大きかったからではない。
目が合うといつも通りに、けれど少しだけ困ったように微笑む檜佐木が居た。
血の、臭いがする。
「悪い、手間かけるけど、治療…してくれるか?本当は四番隊に行けばいいんだが、虎徹隊長は本気の時はあれでかなり恐いから、気が引ける」
「……わかり、ました。入ってください」
数日前と同じようで違う今の状況に一瞬ためらいながら吉良は檜佐木を通した。
「檜佐木さん、最近、回道も学んでるって耳にしましたよ」
「まぁ、な。学ぶ前よりは自分でできることも増えたとは思うしこれからも学ぼうと思っちゃいるけど、学べば学ぶだけ、やっぱ専門技術だなって思い知るよ」
「……ええ、まあ。僕も四番隊所属になってからですからね。一応のことができるようになったのは。卯ノ花隊長に感謝です」
とは言ってももう、僕自身の身体にはあまり回道は効かないんですけどね…と付け加えてしまったのは無意識で、今発したそれに深い意味があったわけではない。
ただこの身体になって以降、何が生者と同じで何が違うのかを理解するために色々試した中でわかったことだ。
回道は魔法ではない
霊圧を送り込むことによって、本来自然に出てくることはない、その人、その魂が持つ生命力を引き出す技術でしかない。
かつて卯ノ花隊長が回道でできることは医療と大差ないと言ったのはそういうことなのだ。だから死んでいる者には効かないものと思っていた方がいい。
魂魄自体が死んでいるのだから。
「吉良…」
「ああすみません。単なる事実です。気にしないでください。」
謝りに行かないと、と思いながら躊躇ってなかなか行けずにいたが、会話の流れで自然にすみませんという単語が滑り出たことに心のなかでホッとする。
このまま、謝ってしまえたら…
生きている檜佐木には、回道はキチンと効力がある。血臭がほぼ消えてきた檜佐木への治療を続けながら、吉良はこの部屋に通してからキチンと見ることができていなかった檜佐木の顔を見ようと顔を上げた
瞬間…
「飯食いに行こうぜ。礼に奢るから」
「え…、」
「俺もまだなんだよ。それにお前にはしばらく世話になるかもだしな。一緒に飯行こうぜ」
見ると檜佐木は、ただ優しい顔をしていた。
ああ…いつからだろう
「……っ、檜佐木さんの世話くらいっ、もう僕は慣れてますけどね…。でも折角です。檜佐木さんに奢ってもらうなんて貴重ですから、一緒に行きます」
貴重で悪かったなと檜佐木が笑う。
霊力を持っていると空腹になることからもわかるように、霊力は食べることで補充される。
喉の奥が震えて、もう熱を生まないはずの身体の、目の奥に熱を感じる。
吉良の身体はもはや眠さを感じることもなければ、常に冷たく、熱を生み出すこともない。
それでも人外の技術と霊圧によって存在を保っているため、食べることだけは絶対に必要なことだ。これだけは、
『生きている者と全く同様に』だ。
だから食事に関してだけは熱は生み出さなくても、腹が膨れる感覚もあれば、酒に酔う感覚もある。
檜佐木はそれを解って言っている。
本当にいつからだろう
赤子のように頼りなく、弟のようだったのに、いつの間にかちゃんとこちらが甘やかされているようになったのは…。
今日も血臭をさせてやってきたように、檜佐木は嘘でも、もう六車のところに行かないとは言ってくれない。
でもこんなことを言われたら…。
「仕方ないから、檜佐木さんが毎日虎徹隊長に怒られて参ってしまわないように、便利屋やってあげますよ」
嬉しくて泣きそうになってるなんて知られてくなくて、吉良はまた顔を伏せた―――