変わらずの石
「昨日のバトルでのスグリ可愛いかったなぁ。勝ちたいって伝わってきてゾクゾクしちゃった」
「……」
「勿論今日のスグリも可愛いよ?」
「そんなフォローいらないから。可愛いって言われても嬉しくないし」
「そういうところも可愛いよ」
満足げなアオイに俺は嘆息する。
俺の休学後に再会してからアオイは毎日のように俺の所に来る。そして可愛い可愛いと言ってくる。
アオイは変になった。ねーちゃんは俺の前では猫を被っていただけだと言っていたが、俺の記憶の中のアオイはかっこいい人だった。
しかし考えてみると俺はアオイの事を知らない。再会してから知った事も多い。
「素っ気ないスグリも可愛いなぁ」
俺に可愛い可愛いと言うアオイだが他のものにも可愛いと言う。人もポケモンも、自然も建物も。ある種の芸術になっているサンドイッチにも可愛いと言う。
俺に対する頻度が異常なだけでアオイにとっての『可愛い』は幅広い意味の好意なのだろう。
「アオイは友達にも可愛いって言うの」
「言うよ?ゼイユも可愛いしクラベル校長も可愛い」
それからアオイは指折りつつ可愛い友達を挙げていった。人名らしいと分かったのは最初だけで、途中からは誰かなのか何かなのかすら怪しかった。
本当に俺はアオイの事を知らない。
「――しなければ俺もアオイと色んな話をしてたんだろうな。話をして、色んなアオイを知ってた」
言葉にならなかった部分に何が当てはまるのか俺自身にも分からない。
色々あり過ぎて、どこからやり直せばアオイと普通の友達になれたのか分からない。ゼロから始める事はできても、今までをゼロにはできない。
「わっ」
大声を出してしまったが、俺は悪くないと思う。非があるとしても、いきなり鼻を摘んできたアオイも悪い。
「そういうスグリは、可愛くない」
その後「驚いたスグリは可愛い」と笑顔で続けてきたアオイに俺はどんな顔をすればよかったのだろう。
「わたしの事が知りたいならいくらでも教えてあげるよ。でもまずは一緒に色々やってからでしょ?わたしと色んな体験して、色んな変化を感じて。それを知るって言うんじゃない?」
「……」
そう言って悪戯っぽく笑うアオイから俺は目をそらした。
アオイの言葉が本気なのか冗談なのか分からない。正確には、分かりたくない。
再会後、すぐに俺はアオイに過去の俺について思う所がないのか聞いた。その答えは「あの時のスグリも可愛かった」だった。
アオイの中では今の俺も過去の俺も等しく可愛い存在であった。
反省はしてもしきれないが、俺はあの時の俺を切り捨てられない。後悔はしても、なかった事には、ゼロにはできない。
いつかのアオイがあの時の俺を可愛いと思えなくなる事が怖い。自分を否定される事が怖い。駄目だと突きつけられる事が怖い。
「……わやじゃ」
自分でも何を恐れているか分からなくなってきた。
そのせいでしかめっ面をしたはずだが、アオイは相変わらず可愛いと言いながら頬をつついてきた。