変わったお願い

変わったお願い



正史世界で初めて幼児退行しちゃったIFローと正史ローが兄様って呼ばれるようになるのにこういう事もあったんじゃないかなと思った結果のちょっとした話

IFローの台詞が読みづらいと思いますがご容赦ください


目が乾燥してきた辺りで文章を読むのを止める

本から時計へと視線を移せば、時計の針は2時を差していた

潜水中の船の中で午前か午後かの感覚が鈍るが、まぁ昼間は浮上して日光を見たからまず間違いなく午前2時だ

読み始めたのは確か9時半頃だった

 

(いい加減寝るか)

 

変に寝不足になって隈を作れば睡眠を取れとどやす奴等の事を思い出して本に栞を挟む

スタンドライトの電源に手を伸ばした時だった

部屋の外から叫び声が聞こえて来た

伸ばした手はそのままにして能力を使って船内を移動する

 

「また錯乱か?」

 

とある一室の前、集まるクルーの横へ飛んで現状を聞く

どういう因果か、あの日ドレスローザで分岐した別世界とやらから来たもう一人の俺は、夜に悪夢を見て錯乱する事が何度かあった、だから今回もそれだろうと思って問い掛けたが、クルーはいつもとは違う困惑の表情を浮かべていた

 

「いや、何か言ってる事がいつもと全然違くて……」

「あ?」

 

今も聞こえる叫び声に改めて耳を傾ければ、クルーの言葉の意味を理解した

 

「ここどこ!!?兄さま!!兄さまどこ!!?」

 

成程、確かにいつもと違うみてぇだな

部屋の中に入ればベッドの上、部屋の隅でもう一人の俺が縮こまって怯えていた。そしてそれを困った様子で見ているペンギンとシャチ、更に離れた場所でベポが見守っていた

 

「キャプテン!」

「おい今日は一体どうした」

「あ!キャプテン待っ」

 

俺が近付くとあいつは枕を引っ掴んで出鱈目に振り回してきた

 

「来ないで!兄さま!兄さま助けて!!」

「おい落ち着け!」

「やぁああ!!こっち来ないでぇええ!!!兄さまッ兄さまぁああああ!!!」

 

枕や近くにある物を手当たり次第に投げて来る。とはいえ周囲にあった物は殆どがぬいぐるみの類いだ、当たったところで大して痛くはない

しかし放っておいたら怪我に繋がる物を投げてくる可能性もある

 

「おい一旦話を…」

 

落ち着かせようと言い掛けた俺の真横を、あいつは飛ぶように走り出し、クルーの隙間を縫って逃げて行った

何だってこんな面倒事にと頭を抱えた

 

「キャプテンどうしましょう!!」

「ローさんどっか行っちゃった!!」

「落ち着け。そもそも潜水中の船の外へは行けねぇんだ、どう考えたって船内には居るに決まってんだろ」

 

走って逃げたところを見るに、今のあいつの頭からは能力の事は完全に抜けてるだろう。俺だったらシャンブルズで飛ぶからな

 

「でも船の一体何処に…」

「……一箇所思い当たる場所ならある」

 

俺の言葉に不安がっているクルーが途端に元気を取り戻す。こいつ等、真夜中だってのに随分元気だな

とはいえ大人数で行けばまたさっきみたいに暴れるだろう、だから俺一人で行く事にした。というかどちらにしろあいつを落ち着かせたら戻る予定の場所だった

誰かに必死に助けを求めて、それで何処かへ逃げたい、隠れたいとなったら何処へ行くか


ここはポーラータング号。俺達の家。分からなくても体が覚えている筈だ


何せこの家の中で俺もあいつも一番長く時間を過ごしたのはあの部屋だ

飛んだ先はつい先程まで本を読んでいた俺の部屋

予想通りあいつは俺の部屋の隅で膝を抱えて縮こまっていた

突然現れた俺に目を見開き咄嗟に逃げようとするが、そこは2回も逃走を許す訳も無く腕を引っ掴んでベッドの上に放り投げた

 

「ぁ、やっ、ひぅ…ヤダ、やめて…クスン……ひどいことしないでぇ……」

 

ボロボロと大粒の涙を流して、目を強く瞑って、腕で必死に自分の頭を守ろうとする。まるで暴力を受けた本物のガキでも見てる気分だ

取り敢えず落ち着けなければ話も出来ねぇ

俺は膝を突いて目線を合わせる

 

「安心しろ、俺は医者でお前の事を保護してるんだ、酷い事なんざしねぇよ」

 

いつもより少し速度を落としてそう話し掛けてやれば、少しずつ目を開いて俺を見てくる

 

「ほんと…?たたいたりけったりしない?どこかにつれて行こうとしたりしない?」

「あぁしねぇ。約束する」

 

真っ直ぐ目を見て言ってやれば、漸く落ち着いたらしく、目に見えて強張っていた体から力が抜けていった

許可を得て、少し離れてはいるが隣に腰を下ろせば、もう一人の俺はおずおずと体をこちらに向けてくる

 

「おいしゃさん、さっきはものをなげてごめんなさい…」

 

あまりにも素直に謝られて逆に驚いた。俺だってガキの頃はこんなに素直じゃなかったぞ

叱られると思っているらしく、俯きがちな瞳はまた今にも泣き出しそうになっていた

 

「怪我もしてねぇし、ちゃんと謝る奴を必要以上に叱ったりしねぇよ。」

 

何より錯乱してたんだ、これだけで免罪符だろ

許されたと安心した途端に表情を明るくしてきた

 

「にしても、随分と利口だな。その兄様とやらは躾もしっかりしてるみてぇだな」

「うん!『ドフィ兄さま』はすごいんだ!つよくてカッコイイし、とってもやさしいんだ!」

 

ピシャンと音を立てて、脳天に雷か何かが直撃したような衝撃が走った

何て言った?

いや、冷静に考えてみりゃそうだ。こいつは約1年半をドフラミンゴに監禁されて過ごしてたんだ。この状態が初めてじゃないなら?向こうでこいつを世話するのは?

分かった途端に胃の中がズグズグと怒りを訴えてくる

だが表情には出さないように自分の舌を傷付けない程度に噛んで必死に耐えた

 

「ねぇ、おいしゃさん。おれ何かのびょうきなの?だからおれ、おいしゃさんのところにいるの?」

 

まぁさっきからの様子からして分かっちゃいたが、どうやら俺が誰か全く分からない様だ。この状態のこいつに全部話しても信じないだろうし、下手に刺激して状態が悪化するのは宜しくない。だから適当に、だが嘘ではない範囲で受け答えする事にした

 

「いや、病気ではねぇよ。ただ偶然一人で居た所を保護しただけだ」

「そっか、じゃあちゃんと兄さまのとこにかえれる?」

 

その質問に頭を抱えた

さて何て答えるのが正解だ?そもそもお前の帰る所はあの野郎の所じゃねぇ。かと言ってそれをそのまま言やまた暴れかねねぇし

黙っていたら不安げな瞳でこちらを見てきたから、取り敢えず答える事にした

 

「少なくとも今すぐには無理だな。そもそもお前の言う兄様とやらが何処に居るのか俺は知らねぇしな」

 

答えてやれば落ち込んだらしく俯くこいつに、多少後ろめたさが顔を出した。とは言え嘘は吐いてねぇ。

 

「そういや一応名乗っておくか。俺はトラファルガー・ロー」

 

名乗った途端に少し驚いた顔をした。その後に笑顔を浮かべてきた

 

「おいしゃさんの名前、おれとにてるんだね!」

 

似てるって言うか同じだろうと思ったが、まぁグッと飲み込んでおいた

しかしこいつの口からは予想外の言葉が飛び出してきた

 

「おれはね『ドンキホーテ・ロー』って言うんだ!」

 

脳天直撃の衝撃がまさかこんなに短時間で再び訪れるとは思っていなかった

成程、そうか

まぁ兄様って呼んでるって事はだ、こいつはドフラミンゴを兄だと思ってるって訳だ。なら姓名をあいつと同じ物に変えられた名前を教えられるのは有り得ない話じゃねぇ

有り得ない話じゃねぇが、納得出来る話ではねぇ

 

(ンの野郎絶対殺す)

 

改めて向こうの世界のドフラミンゴに殺意を抱く

表情を変えないように耐えるのを忘れていたせいで思い切り顔に出ていたらしく、不必要にこいつを困惑させてしまったのは反省しねぇと

 

「取り敢えず今日は疲れただろ?もう眠れ」

「あ、でもおれ、ほかの人にもものなげちゃってあやまらないと……」

「んなもん朝になってからで良いだろ。あいつ等ももう寝てるだろうしな」

 

適当に宥めてやれば、不本意だが納得したらしく小さく頷く

 

「おれ、どこで寝たらいい?」

「このベッドで良い」

「いいの?」

「あぁ」

 

寝ようと思っていたがやる事が出来た、少なくともこいつが一睡するくらいの時間は貸してやっても問題無い

ベッドから立ち上がろうとした俺の服の袖を、こいつは申し訳なさそうに掴んできた

 

「何だ?」

「あのねダメだったらいいんだけど……」

 

言いづらいのか俯いたりこちらを見てきたりを繰り返し、言いかけては口を閉じてを繰り返した

漸く言う決心が付いたのか、俺の目を見て口を開いた

 

「ドフィ兄さまのところにもどるまで、おれの兄さまになって?」

「…………は?」

「おれこわいの。ここどこか分からないし、だれも知ってる人がいないから。だから……」

 

拒否されるかもしれないという不安からか、目の前にいるもう一人の俺は俯く

子供ってのは本当に言動が読めないとは思うが、目の前にいるこいつは今まさにそれだった。ここで拒否すれば部屋に引き籠もってリハビリも出来なくなる可能性もある

まぁ別にそもそも拒否する理由も無ェか

 

「分かった、それでお前が安心出来るなら構わねぇ」

 

そう言ってやれば顔を上げて嬉しそうに笑ってきた

もう少し安心出来る要素を増やしてやるかと思い、適当な手鏡を能力で持って来る

 

「というか、案外俺とお前は生き別れた兄弟かもな。顔も随分似てる」

 

そう言って鏡を渡して見せてやれば、目を丸くして鏡に映る自分の顔と俺の顔を見比べてくる

 

「ほんとだ!おれロー兄さまとそっくりだ!」

「そうだな」

 

そっくりと言うか本人なんだがな

手鏡を受け取れば、もう一人の俺は安心し切った様子でベッドに横になる

ものの数分もすれば寝息が聞こえてきて眠りについたと確認出来た

 

「……さて」

 

俺は本棚に手を伸ばして目当ての本を取り出す

 

(まさか前に興味本位で買った精神科の本がここで役に立つとはな)

 

取り敢えず暫くの間はクルー達から睡眠を取れとどやされる覚悟は決めた

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