士冴SS①
明らかに異質な光景だ。
渋谷の忠犬ハチ公像。待ち合わせスポットとしては定番の中の定番たるそこに、1人の青年と1匹の犬がいる。
それがどうしたと思うだろう。なにせ渋谷は都会だ。青年だろうが犬だろうが歩けばいくらでも視界に入るし溢れかえっている。
だが、それが女王様の青年とマゾ人間の犬ならどうだろう?
風俗街ならいざ知らず、流石の渋谷でもレアケースで間違いあるまい。
「おいオッサン。お前がハチ公より待ち合わせの目印に相応しい犬になれるっつーから、相手が来るまでの間だけ飼ってやることにしたんだぞ? なのに前屈みになってんじゃねぇ。デカい図体で胸張ってアピールしとけよ。駄犬マゾ公」
「はいっ、申し訳ありません……ッ!!」
息も絶え絶えに喘ぎながら、股間のあたりをズボンの上から両手で抑えた高身長の男が上擦った声で返事をする。
体勢からして何のためにそうなっているのか道行く人々にはバレバレだが、冴はサッカーに全てを注ぎすぎた結果やや抜けた所があるため、その数分前にハチ公近くでばったり顔を合わせただけの自分にいきなり一目惚れしました女王様になって下さいと懇願してきた男が興奮のあまり勃っていることにまだ気付いていなかった。
立てば薔薇、座れば薊、歩く姿はブーゲンビリア、笑えばそれら全てが同時に咲き乱れるであろうスーパー女王様。棘のある花のあまりにも似合いすぎる麗しの青年は、本人自身にそういった性癖が無くてもただそこに在るだけでマゾ犬を引き寄せる。それは久しぶりに帰ってきた日本国内とて例外ではない。
「はぁ、はぁっ、女王様……どうか女王様の言いつけを守ることのできないこの駄犬めに罰を……」
公衆の面前で勃った股間を隠さないことが恥ずかしい、というマトモな貞操観念と羞恥心?
いいや、このマゾ犬はそういうお題目で冴に言葉なり暴力なりで痛めつけられてより気持ち良くなりたいだけである。
冴はスペインのマゾ犬から傅いてプレゼントされたお値段ウン十万円のメンズブーツを履いた脚を組み替え、ベンチに座ったまま国産マゾ犬に冷たい目を送る。
老若男女の認める女王様の眼差し。類稀なる運命の腕の中で花開いた色香が、マゾ犬の脳味噌で快感を弾けさせ、彼は罰を与えられる前に1人で勝手に達した。