(士冴の途中なのに他のスレ民のレスを見て書きたくなった単発SS)
目線の合わない男の写真が、壁中に隙間なく貼ってあった。
隠し撮りだと一目でわかるそれは、赤みがかった頭髪に緑とも青ともつかない目をした澄まし顔の人物の、少年期から青年期までの全てを網羅している。
写真は天井や床板にすら並べられている。まるで、人の顔写真で作られた万華鏡を思わせる一室だ。
ここに入っただけで、真人間は自分の気が狂ったと錯覚するだろう。
「ハァ……冴……僕の女王様……。こんなにたくさんの君を用意しても、いつになっても本物の君は僕を見てくれない……」
病的な容貌をした男が、落ち窪んだ目を悲しげに抑えて胸元に写真を抱える。もちろんそれも部屋中に飾られた写真と同一人物、すなわち糸師冴が被写体だ。
完璧な不審者なんてものが存在するならば“これ”が正解の一つだと思わせる正気を失った笑みを浮かべ、男はブツブツと独りごち続ける。
昔は日に焼けていた肌も健康的なスポーツマンらしかった身体も、当時13歳の糸師冴へ告白し交際を求めたことがクラブにバレて追放されてからは、すっかり見窄らしく成り果て見る影も無い。
だが薄皮一枚の下にかつてより秘めていた糸師冴への劣情だけは、昔と変わらないどころか、むしろ上回る勢いで燃え上がるばかりだった。
これら部屋中──否、本当はこの部屋の外にまで広がり、3LDKの一軒家全ての内側を埋め尽くしている隠し撮りの数々がその証拠だ。
「ああ、君も見るかい? どうだい? 綺麗だろう? 可憐だろう? 清艶だろう? 僕の冴は!」
男の言動は現実離れしていた。
自分以外に誰もいやしないのに、そこに己の同士がいて自慢しているような口振りで頬を紅潮させ、興奮気味にツバを飛ばしている。
いっそ無邪気とすら称せる感情表現。けれど根幹にあるのは性欲と狂愛でしかない。こんな有様だから、意味がわからない、気持ち悪い、と彼は金持ちの親にさえ縁を切られた。
この家は最後に譲り受けたいわば手切れ金だ。跡取りが未成年の同性への恋慕で頭をおかしくしたのを見て、彼の父親は物憂げな表情で溜息を吐き、母親は一筋の涙を流した。それも男にはどうでも良かった。頭の中には冴しか住んでいなかった。