壊れた人形、新しい人形、そしてメッセージ
王下七武海ドフラミンゴ陥落! ドレスローザ解放! 暴かれるオモチャの悲劇!
トラファルガー・ロー、七武海脱退! 最悪の世代モンキー・Dルフィと同盟!
白ひげの死から二年……歴史の歯車はついに回り出した!
呼応するように最悪の世代達は活動を活発化させ、四皇はそれを迎え撃つ!!
そんな最中……新世界の海を駆けるのは四皇シャンクス率いる赤髪海賊団。
「クソッ……自分の娘を十二年も忘れっぱなしとは、おれぁ最低の間抜け野郎だ」
「ああそうだ。あんたは最低の間抜け野郎で、おれ達みんな間抜けのクソ野郎さ」
シャンクスの自虐を、副船長ベックマンは心から同意した。
彼らは宴会をしていた。ルフィやロー、ドレスローザの国民が決死の思いで戦っている中、呑気に酒を飲んで歌を歌って馬鹿騒ぎに耽っていた。
今頃ルフィは何してんだろうな。
手配書にあの人形も乗ってたな。
少女趣味だって馬鹿する奴もいるぜ。酷え贈り物をした奴がいたもんだ。
仕方ねぇだろ、あんな人形がいてもおれが困る。
しかし新世界までついてくる人形なんて、そこらの海賊よりよっぽど根性があるぜ。惜しい奴を逃しちまったかもな。
違えねえ。ハッハッハッ。ワーッハッハッハッ。
――――シャンクス!!
笑いながら思い出した。急激に、突然に、前触れもなく、思い出した。
自分達の、娘の存在を。
十二年前まで一緒にいたはずの、大事な、大切な、目に入れても痛くないほど可愛らしい、赤髪海賊団の歌姫を。
肝が冷える――というのは誇張ではなく、本当に、肝が冷たく感じるものだということを彼らは知っていた。その時も、肝が冷たくなったのを覚えている。
後悔はした。混乱もした。騒ぎもした。考えもした。
実のところ、今もどうすればいいか、何をすべきか、彼らは分かっていない。
ただ、船を走らせることしかできなかった。
「なあ、針路はこっちでいいのか?」
「ルフィ達の乗った船はこっちのはずだ」
「そうじゃなくて、ドレスローザに行くべきなんじゃねぇのか? もしかしたらまだ、ウタはあそこに……」
「ルフィにやった人形がウタである保証はねえ。人形につけた名前も、ルフィがつけたものだからな。だが、あの人形の態度を考えれば、ウタで間違いないはずだ」
「あの人形がウタなら、ルフィと一緒にいるはずだ。とにかくルフィの後を追うんだ!」
「バルトロメオとかいうふざけたルーキーの船に乗ってるって情報は確かなんだろうな?」
「くそっ、あの海軍ども……中途半端な情報しか持ってやがらねえ」
「ルフィの子分になったって連中から話を聞ければ、正確性も増すんだが」
みんな不安なのだろう。ああだこうだ、議論という名の不満と愚痴を垂れ流している。シャンクスはそれを止めなかった。止める気になれなかった。
自分だって船長という立場でなければ、今すぐあの輪に加わって、頭を抱えながら無責任な推論や慰めを喚き散らしたい気分だった。
しかし今はそれを噛み締めて――バルトロメオの船を追う。
そして上陸した島で――バルトロメオ達がいるのは確かで――ルフィとウタがいるかどうかは、まだ確認が取れず、みんなで情報を集めるため島中に散った。
シャンクスは居ても立っても居られず、バルトロメオが向かったという町に向かうべく、山道を駆けていた。
島でもっとも高い位置にある町、そこに最も高くそびえる塔、その天辺に、麦わら帽子の海賊旗が揺らいでいる。
ルフィが立てたのか、バルトロメオが立てたのかは分からない。
しかしともかく、あそこに行けば何かが、何かがきっと……もしかしたらルフィとウタ自身がいるかもしれない……だから急ぐ。山道を急ぐ。ウタのために
だから…………シャンクスは立ち止まった。
山道の半ばで興奮して騒いでいる野良犬を見つけて。
呆然と、茫然自失と、立ち止まった。
「…………ウタ……?」
野良犬は、見覚えのある人形を押さえつけ、牙と爪でこれでもかと弄んでいた。
あの日、あの時、ドレスローザで自分の足にしがみついてきた人形。
あの日、あの時、ルフィにプレゼントとして渡した人形。
あの日、あの時、麦わら帽子を預けたルフィの腕の中で、ギィギィと喚いていた人形。
そして、麦わらのルフィの手配書にたびたび映り込んでいたあの人形。
それが、現在進行系でズタズタに引き裂かれている。
目のボタンは片方なくなっており、糸がほつれて垂れ下がっている。耳なのか後ろ髪なのかリボンなのか分からない後頭部のパーツは半ばから無くなっており、胴体には鋭い穴が複数空いており――左腕が噛みちぎられて、綿が飛び出していた。
無意識に覇気が漏れ、人形を弄んでいた野良犬はこちらに気づくと怯え出し――すぐさま道をそれて山林へと逃げ込んでしまった。
食いちぎった人形の左腕を咥えたまま。
この期に及んで、シャンクスは自分の愚かさと無力さを痛感する。
「ウタ」
自分が目にしているものが何なのか、理解が追いつかない。
オモチャは……開放されたはずだ。人間に……戻ったはずだ。
いや、しかし、たとえば、オモチャの時すでに力尽き、息絶えて……死んでいたとしたら、果たして人間に戻れるのだろうか?
あるいは、すべてのオモチャが人間に戻れた訳ではなかったのか?
推論を立てようにも、未だに、シャンクスは無知な部外者だった。
ドレスローザに寄っていれば正しい情報を集めることもできただろうが、たまたま出くわした海軍から半端に聞き出した情報でルフィ達を追うのを優先してしまった判断が間違いだったのかもしれない。
……いや、しかし、その判断で最速でここにたどり着いたのだ。
では最初から、どう足掻いても、何もかも手遅れだったのか?
《……に、帆を掲げて……》
その時、聞き覚えのある声がした。
人形から、くぐもった……けれど懐かしい声がした。
子供の声ではない。――けれど知っている。
大人の声だ。――けれど知っている。
《願いの……進め……》
「ウタ……ウタなのか!? ウタ!!」
思わず駆け寄って、壊れた人形を拾い上げる。
生きた人形……かつてはそう思った。
しかし今は、ただの壊れた人形としか思えたい手応え。
力なく、微動だにしない、ただの人形。
だけど。
《いつだってあなたへ……》
「すまないウタ、おれは……ずっと忘れて……」
歌っている。この人形は歌っている。
シャンクスに向けて……歌ってくれている。
《届くように歌……》
「お前はおれを、忘れずにいてくれたのに……おれは……!」
ボロボロの歌声。
途切れ途切れの歌声。
けれどシャンクスにとっては、この世でもっとも美しく尊い――。
《大海原…………新しい風に……》
「死ぬなウタ! 頼む……死ぬんじゃないっ!」
愛娘の、歌だ。
《……………………》
それっきり。
人形は最後の力を振り絞ったのか、もう、歌声を発することはなかった。
代わりに絶叫が……娘を喪失した父親の絶叫が……その場に響き渡る。
「ウタァァァァァァ――――――――ッ!!」
涙と鼻水、後悔と悲哀、無念と絶望によって顔をグシャグシャに歪めた男が、天国に届かんばかりの大声で娘の名を呼んだ…………。
「あんれま。ウタ先輩の人形抱えて、なに泣いてんだべあんた」
最高にドラマティックで悲劇的な現場に、空気の読めない軽くて汚い口調の男がやってきた。その顔立ちも下品で汚い。
そうです、彼こそが麦わらの大船団2番船船長、バルトクラブ船長、ゴーイングルフィセンパイ号船長、人食いバルトロメオである。
まあ一応、シャンクスはその顔を手配書で知っていた。
「あーあー、野良犬に一個持ってかれたと思ったら、ウタ先輩人形がこんなボロボロに……これじゃ売り物になんねえべ」
「売り物……だと?」
シャンクス、覇王色の覇気漏れ。
人身売買、それもオモチャにして隠匿するとは悪鬼の所業。許すまじ。
「あっ、もしかしてウタ先輩人形を買いに来たお客さんだべか? 今なら大特価、半額セール真っ最中だべ! そんだけど、その"壊れた人形"はボロボロすぎて売り物になんねえから、こっちの"新しい人形"さ買うといいべ」
と、バルトロメオは無傷の綺麗なウタ人形を取り出した。
そしてその背中をポチッと押すと……。
《さぁ怖くはない♪ 不安はない♪ 私の夢はみんなの願い♪》
力強いウタの歌声が"新しい人形"から聴こえてきた。
「ウタ先輩人形"私は最強"verだべ!!」
「…………なに……。なに?」
「他に"風のゆくえ"verと"ビンクスの酒"verがあっけども、もちろん3つとも買うべ? なにせウタ先輩の新曲2つと、海賊ならみんな歌う名曲だもんなぁ」
「…………いや……そうじゃなく……なんで人形が歌ってる」
「あ? トーンダイアルにウタ先輩の歌さ覚えさせて、ウタ先輩人形の中に入れてるからに決まってるべ。……おめぇが持ってるのは人形だけじゃなく、中のトーンダイアルも壊れちまってるべな……ウタ先輩に申し訳ねぇべ」
本当に心から申し訳無さそうにうつむくバルトロメオ。しかしすぐ手元の"新しい人形"を天高く掲げて自慢気に語りだした。
「だとも! この人形のクオリティ! ウタ先輩も大喜びで太鼓判を押して、ひとつ持ってったくれぇなんだぞぉ! すげーべ? 超すげーべ? シュガーの奴がうちに入ってくれて人形のクオリティがバリ上がりで大助かり! さすがはウタ先輩と友情とすれ違いの悲しき戦いを繰り広げたマブダチ! ほんっと、惚れ惚れするほどいい仕事だべぇ……」
…………シャンクスは馬鹿をやる男ではあるが、頭の悪い男ではないので、バルトロメオの発言からだいたい察してしまった。
そもそもこいつ、リアカーを引いていて、その中にウタ人形がいっぱい積まれている。
「ウザッ。いちいち大袈裟なのよ、バカロメオ」
そしてその人形の山に囲まれて小柄な少女が座っていた。グレープを指に刺しており、口をモゴモゴさせながらこっちを眺めている。
「…………もしかして、赤髪のシャンクス?」
「へあっ!? 急になんだべシュガー。赤髪のシャンクス大先輩と言えば、ウタ先輩のお父様じゃねーべか」
「うん、だからそのおじさん、ウタのお父さんじゃないの?」
「ほげ!?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け顔。
覇気の欠片もない、気の抜けたおっさんがそこにいた。
しかし紛れもなく新世界を統べる四皇の一角、赤髪のシャンクスだった。
娘を忘れるという最悪の間抜けを晒した馬鹿親父は、またしても間抜けを晒してしまったと自覚する。
壊れた人形、それは娘の姿を模した歌う人形。しかもウタ公認。
早合点したシャンクス、恥ずかしいー。
脳内ウタ(9歳の姿)が呆れ顔でニヤニヤ笑っているのが思い浮かぶ。
よって――。
「うおおおおおおおおわあああああああああああああああああああああああ!!」
地獄にまで届くんじゃないかっていう絶叫を上げた。
一方その頃、港町で聞き込みをしていた赤髪海賊団。
《ヨホホホー♪ ヨーホホーホー♪ ヨホホホー♪ ヨーホホーホー♪》
「間違いねえ、ウタの歌だ!」
「偉いぞバルトクラブ、いいものを作った! 全種買おう」
「毎度ありがとーごぜーやーっす、赤髪大先輩海賊団様!!」
普通にトーンダイアル搭載ウタ人形を販売していたバルトクラブの船員と意気投合し、ウタが人間に戻ったことや、サインもらったり人形作りの許可もらったり、トーンダイアルに録音して販売するアイディアで盛り上がったエピソードなんかもしっかり聞いた上で、肩を組んで盛り上がっていた。
「うおおおおおおおおわあああああああああああああああああああああああ!!」
遠くからシャンクスの絶叫が聞こえてきたが、トーンダイアル越しとはいえウタの歌声を久々に聞けてご満悦の赤髪海賊団にとって、それは些細な問題だった。
このあと滅茶苦茶ウタ人形の歌を聞きまくりながらバルトロメオやシュガーからウタやルフィの話を聞きまくるシャンクス+赤髪海賊団でしたとさ。
あ、そうそう――ウタはゾウっていうログポースでたどり着けない巨大像に送り届けたからもうどうやって会えばいいか分からないそうで。残念。まあそのうち会えるって、ワノ国とかそのさらに先とか、どっかで多分。がんばれ赤髪海賊団!
《えーっと……届くかどうか分からないけど。
一応、シュガーちゃんにこのトーンダイアルを預けました。
シャンクス。それに赤髪海賊団のみんな、聞いてくれてるかな?
ウタだよ。
色々と……伝えたいことがあるけど……とりあえず、ひとつ。
シュガーちゃんとは仲直りしたから、責めないで欲しい。
シュガーちゃんを恨んでる人は多いだろうけど……。
わたしの友達なの。だからシャンクス達も、何もしないでくれないかな。
わたしはもう、誰のことも恨んでないし、怒ってもいないから。
…………うん。
寂しかったけど、悲しかったけど……。
恨んでも、怒ってもいないよ、シャンクス。
記憶がなかったんだもん、仕方ないよ。
――って言われても、シャンクス達は納得しないだろうけど。
ルフィもそうだったし。
アハハ、気に病みすぎぃ。もう解決したんだから、もっと気楽でいいよー。
…………ん……っと。
ルフィがね、ずっとわたしを守ってくれた。ずっとわたしを支えてくれた。
一緒に海に出て、仲間もいっぱいできて……。
人形での生活はつらいこともいっぱいあったけど、嬉しいこともいっぱいあった。
今は人間に戻って、歌うこともできています。
もう、わたしにできないことなんてなにもない。
だから……わたしはルフィと一緒に行きます。
わたしは、麦わらの一味の音楽家だから。
そして、赤髪海賊団の音楽家でもあります。
やめさせられた覚えはないからね!
だから。
だから……いつか必ず、会いに行く。
ルフィがシャンクスに麦わら帽子を返しに行く時、絶対わたしもそこにいる。
その時までには完成させておくから。
シャンクス達に聴かせたい、わたしの新しい歌を。
だから今は…………えっ? あ、うん、分かってる。
……コホン。
だから今は、バルトクラブの商品、トーンダイアル搭載歌姫ウタ人形、を、買っておいてもらえるかな? ええと、この伝言を入れてる時点だと『私は最強』『風のゆくえ』『ビンクスの酒』の三種類が発売されてるはずだから、それをいっぱい買って布教活動なんかもしてください。お買い得ぅ! 今後も新シリーズ発売予定だからお楽しみにぃ! ……です! はい。
…………シュガーちゃん、これでいい?
えー、というわけで……どこまで話したっけ……とにかく……。
シャンクス! 赤髪海賊団のみんな! 大好きだよ!
わたしはルフィ達と一緒に元気に楽しくやってるから……だから……。
今度会ったら絶対に!
新時代の歌を! みんなに聴かせるから!!
……………………シュガーちゃん。
シャンクス達に……もし……会えたら……グスッ……。
わた、わたしの……歌……トーンダイアルの方も……おねが……。
えっ? なに? ダイアルが? ひゃああっ――――》
シュガーに預けたお届け物も、無事、ご家族に届いたってさ。
おしまい♪