堕ちろ

堕ちろ

禪院晴作者

晴「禪院晴よ。よろしくね」

チビ「はい、よろしくお願いします」

一礼する小柄な女性。相手はそれよりも小さく、幼い少女。

少女こそ御三家最大の汚点と思しき者、名を禪院晴。今すぐ殺すべき人間…いや、人と呼べるのか。それくらい彼女は人離れした強さ、感覚を持っている。

だがしかし、彼女をも術師として雇用するくらいに呪術界は逼迫していた。数年前から激化したテロ。 2001年には同時多発テロという大規模なものが。そしてそれが非術師の負の感情を倍増させ、呪霊増加に繋がっていた。呪術界は彼女のような即戦力の術師を欲していた。


そしてこの話は

禪院晴が

この補助監督を


闇に


悪に


堕としてしまう話


…いつも通りだった。晴は与えられた任務をこなす。行く、祓う、帰る。ただそれだけ。今日も、そのはずだった。今日の補助監督は新人らしい。しかも小さい、12歳の晴と同じくらいだ。車に乗り、任務場所に向かう。どこかぎこちない説明を受け、その後は沈黙が続いた。

晴「……貴方その呪力量でよくここに来たわね」

補助監督を見て晴が呟く。彼女の呪力は並大抵の補助監督に比べても少ない。帳を下ろすこともできないのではないか?という疑念から言葉を発したようだ。

チビ「…来たくて来たわけではないので」

晴「…家の都合かしら?」

チビ「はい、そうです。家からどうしても人員を出さないと行けないと言われて、本当は普通に生きたかった。なのに、なのに、全部全部邪魔されて…そして今、こうしてここにいるんです」

運転に集中しつつも、目を伏せる補助監督。晴も晴で窓にに目を背け、どこか嬉しそうに言った。

チビ「…え?」

その言葉に驚きを隠せなかった様子の補助監督は思わず助手席に座る晴を見てしまった。

キキーッ!!

晴「わっ」

チビ「っ!…す、すみません」

急ブレーキを踏む。危うく前の車と事故になるところだった。ププー!と後ろの車からクラクションが鳴らされた。晴が耳を澄ますと悪態をつく声がする。ガラの悪い男女のようだ。

晴「不愉快ね」

チビ「す、すみません」

自分に向けられた言葉だと勘違いした補助監督は申し訳なさそうに言った。そんなことは露知らず、後ろの車のエンジンを「解」でぶっ壊し爆発させた晴。

ドォォン!

轟音が鳴る。乗っていた男女は即死だろう。その音に驚いた補助監督は窓から後ろを見ていた。

チビ「え?な、何が…」

晴「…さぁ、事故でもあったんじゃない?それより早く行きましょ。早く帰りたいの」

「は、はい」と晴の言葉にぎこちなく返し、まさか犯人が晴だとは知らず車を走らせる。10歳近く離れているはずの晴は、彼女より大人びており落ち着きがあった。

晴「…ここまで?あとは歩きなの?」

チビ「…そう、みたいです。道がここまでしか行けないらしく、このあとは歩きだそうで…」

数十分後、今回の任務場所付近に到着した。とはいえ、まだ山道が続いていた。

今回の呪霊は山荘に住み着いた呪霊。立地は山の中腹までしか道がなく、そのあとは獣道を歩くという過酷な物。上層部の嫌がらせだろうか。こんなポツンとある家は某テレビ番組しか興味を示さないだろう。

チビ「…あの、聞いてもいいですか?その…さっき同じって言ってた意味」

晴「…もしかして私のこと何も知らされてないの?」

晴のことを知ってれば、あの意味くらい分かってもおかしくはないのだが。

チビ「え、あ、はい」

晴「(知らせずによく来させたわね。やっぱり上層部は腐ってるわ)…まず、私のことを教えないとね」

チビ「?」

そこから晴は淡々と喋り始める。そして、山を登って行く。

軽く説明すれば、禪院晴とは御三家最大の汚点。輪廻を経て、この世に再び生を享けた。そして身の保証を条件に呪術師になり、最も不自由な者になってしまった。家の言いなりになり、ただ仕事をこなす。その点では二人は同じなのだ。

チビ「…そう、なんですね」

晴「…貴方はどうしたい?私は縛りでもうどうにもならないけど、貴方は違うわ。何だってできるはずよ。憎い家を壊すことくらいはね」

チビ「…壊したいです、全部。己がどうなってでも」

「…そう」その時の晴は年相応の、新しい玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべていた。先程まで感じていた大人っぽさは少し薄れ、代わりに上機嫌な晴を見て補助監督は目を見開いていた。

晴「…遅いわね」

チビ「…ハァ、ハァ…」

その後も山を登る。しかし、明らかに遅い補助監督。晴が少し目を離せば見えなくなってしまう。伏黒甚爾との稽古により昔よりは動くことが得意になった晴だが、ここまで差が出るものではないはずだが。どうやら補助監督は体力が無いようだ。

仕方がないので半分くらい来た時に休憩を挟むことにした。石に腰掛けた補助監督はゼェゼェと肩で呼吸している。それを見て晴が言い放つ。

晴「その調子じゃあ家を壊すなんて無理よ。貴方呪力もないし、きっと術式もないでしょう?それでも壊したいなら、手段は一つね…」

チビ「何ですか?」

晴「あら、結構乗り気ね。あまり信用しちゃダメなのよ?こういうの。でも良いわ…教えてあげる。それはね、呪詛師を使うの

チビ「…呪詛師、ですか」

晴「えぇ、呪詛師。殺傷能力の高い術式なんていくらでもあるわ。誰でも良い、どんな奴でもいいわ。話を持ちかけて、誰かを殺すの。具体的に言えば…そうねぇ…呪術師と連んでる非術師が好ましいわ」

その言葉は意外だったらしい。非術師を殺す、しかも呪術師と関係がある。

チビ「……あ」

晴「…ふふ、心当たりでもできた?」

妖艶な笑みを浮かべ聞いた晴。そして補助監督は自分の考えついたその恐ろしい考えを口にする。

チビ「…高専に世帯を持たれている方がいて、その子供を何らかの拍子に…なんて」

晴「あら、いいじゃない!」

高揚した声を上げた晴。話している内容は誰かが聞いたとしたら背筋が凍りつき、その場から動けなくなるだろう。なのにその興奮ぶりである。全く恐ろしい女だ。

晴「でも間違いなく貴方恨まれるし、殺されるわ。その覚悟はあるわね?」

チビ「はい、大丈夫です」

晴「そう。(近々面白い物が見れそうね…楽しみ)期待してる。あ、この事は内密にね?言ったら承知しないから」

チビ「大丈夫ですよ。言ったりしません」

晴「じゃあ…縛りね。一言でも今のやりとりを教えたら、貴方の魂ごと破壊する。良いわね?」

チビ「!…はい」

晴に抜かりはない。縛りを明確にしておくことは呪術の基礎中の基礎とも言えるだろう。

晴「さ、早く終わらせて帰らなきゃ。こんなのも終わらせられなかったら家を壊すなんて無理よ。行きましょう」

チビ「はい!」

12の子供に励まされる大人という構図は何ともシュールだが、そんなことは両者とも気にしていなかった。

残りの山道も着々と進み、ついに山荘へ辿り着いた。とはいえ、補助監督は疲労困憊の模様。まぁ、仕方がないか。晴は入り口の門に近づくと、ある言葉を唱える。

晴「闇より出でて闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え

チビ「あ、帳が…」

晴「いいのよ、貴方の帳ってすぐ壊れそうだし」

帳を下ろすのは元々は補助監督の仕事である。しかし下ろす前に晴がやってしまった。そして晴は門を潜り振り返った。

晴「10分ここで待ちなさい。すぐに戻ってくるから」

そう言い、山荘へ向かっていった晴だった。

補助監督は本当に晴が戻ってくるか少し不安に思っていた。無理もない、見た目は幼い子供であり、この任務は過酷で等級の高い呪霊が住み着いているからだ。

しかし、晴は本当に戻ってきた。しかも10足らずで。帳は上がり、晴は物足りなかったのか少し不機嫌そうだ。

晴「ただいま。さ、帰りましょうか」

チビ「(…早い)はい、そうですね」

晴「でも貴方遅いわよね…よし。こうしましょう」

チビ「え?!」

晴がとった行動、それは補助監督を抱えて下山すること。補助監督を姫抱きし、山を駆け降りる。

チビ「…あの!ちょっと!速くないですか?!」

晴「つべこべ言わないの!貴方遅いんだから。それに、喋ると舌を噛むわよ!」

チビ「!」

舌を噛む、それを想像してしまったのか補助監督は「ヒッ」っと息を呑む。

その後、行きではあれほどかかったのに、数分で終わった。そして、帰宅する。

晴「じゃ、幸運を祈るわ」

チビ「…はい」

補助監督は一礼する。それは晴への労いと、家の壊し方のアドバイスに対しての感謝の一礼だった。



数ヶ月した時、あの補助監督は本当に事を起こした。そしてそれは御三家にも噂と、報告書が回る。晴はどう思うのだろうか?喜ぶのだろうか?それとも…

晴「あら、そんなことあったのね」

否、覚えてすらなかった。ペラペラとみてから、自室に戻ろうとしたその時である。

晴「思い出した。あの子じゃない」

ギリギリで思い出し、踵を返す。そして直毘人からさっきの書類をひったくり、自室で読む。晴は盲目だが、呪力を紙に通すことで内容を理解できる。

晴「…あら、ちゃんとできたじゃない」

唇が弧を描く。そして、見たのは被害者の親、夜蛾正道。そのプロフィールを読み、何か思いついたようだ。

数日後、晴は東京にやってきた。そして、高専に足を運ぶ。

晴「貴方が夜蛾正道一級術師ですか?」

歯車は動き出す。

呪骸の誕生

そしてパンダという突然変異呪骸

全て彼女のせいだ。彼女こそ始まりだ。

不幸も、悲しみも、死も








Report Page