堅実に、積み重ねて

堅実に、積み重ねて


「報告は以上です………ただ」

「他に何かあるのか?」

 闇が街を飲み込む時間に、影に潜む首領とその第二席は部屋にて報告を受けていたが、最後に彼女の口が重くなり、首領は促せば。

「いえ、その………イプシロン、ガンマ、デルタが、白騎士、蒼の博士、紅の剣姫に接触したようです。何でも、弟子入りしたとかなんとか」

(なるほど、修行イベントか、王道なイベントだねえ。白騎士や紅の剣鬼はこれでもっと強くなる訳………ん?)

いつもの如く、起きたイベントを楽しめばふと疑問に思った。修行イベント、それはいい。だが、どちらかと言うと立ち位置が逆になるんじゃないかと。

(主人公も味方側の最強も僕と戦えるんだから、アルファならともかく七陰と修行して何か意味があるのか? それに3人とも演劇に付き合ってくれるような人には思えないし)

「あの、シャドウ様? 都合が悪いようでしたら、辞めさせるようにいいますが」

「いや、構わん。寧ろ、都合がいい。3人の状況を知るにはな」

(まっ、いいか! 次はブシン祭だし、寧ろその為に主人公たちは修行してるのかも!)

 シャドウは知らない。アレクサンドリアの襲来を期に七陰全員が殻を破ろうと前に進んでいることを。

 そして、ただ一人進むのを迷っている者もいると。

「時にベータ、貴様は誰かと修行をしないのか?」

「へ!? あ、いや、私は作家業が忙しいので………」

「堅実も結構だが、積み重ねには時間がいることも忘れるな。我々には時間はあまりないのだから」

「………失礼します」

 言ってみたい台詞を言えてご満悦なシャドウは伏せた彼女の顔を知る事はない。

 焦燥を浮かべて、夜の道を迷うエルフの姫君を。



 堅実に積み重ねる事に間違いはない。現に自分達の主の強さがそれでできているのだから、焦る事はない。

 でも、ざわざわと胸の中で渦巻くのだ。果たして自分はこのままでいいのかと。

『今は貴女を煽ってる暇すら惜しいわ』

『スーツと体を一体化する感覚………魔力の壁に触れた瞬間にそこに向けて全力で』

『今日も夜のシークレット秘密訓練に行ってくるのです!』

 あの襲撃を受けて以来、何かをしている仲間たちを尻目に自分だけが足踏みしているそんな状況。

 何をすればいいかわからなくて、ただシャドウ様の剣技を真似て積み重ねるのみ。

 果たして、自分はこれでいいのか? 

 最近はそれだけを考えていて。

「ねえ、貴女」

「はい、何で………うえっ!?」

 声をかけられ、作家の顔で反射的に振り向いた先には両手いっぱいにまぐろなるどを抱えたエルフの女性。

 ただし、彼女は特別も特別なエルフ。

「ぶ、武神ベアトリクス様がこんな時間にな、何をなさっておりまして?」

「ヒイロに差し入れ。最近は弟子が増えたから大変」

(イプシロンの事でしょうか………)

もしゃもしゃと食べる彼女から逃げようと足を進めるが、その分、彼女も足を進めて来て。

「貴女、私と似たような顔のエルフを知らない?」

「し、知りませんねえ。英雄オリヴィエにそっくりですけど」

「………英雄オリヴィエは男の筈。貴女、何か知ってる?」

(や、やらかしたぁぁぁぁぁぁぁ!)

 らしくもないミスに焦りを隠さないベータにベアトリクスは近づく。仕方ないと路地裏に向けて、逃げようとして、

「──随分と懐かしい気配がする」

 目の前をとんでもない斬撃が通り抜けた。咄嗟に敗れた服を脱ぎ捨て、スーツを纏えば、そこには武神が剣を抜いて──

(──違う! この感覚、武神じゃない! でも、私はこの気配をどこかで)

「聖域で見た私に似た人。私とそっくりな子は今日はいない?」

(聖域………まさか!)

 思考はそこで遮られた。目の前に刃が迫っていたから。咄嗟に剣で対応──同時に腹部を衝撃が走り抜けた。

 見れば宙に浮かぶ魔力の玉。疑問を唱える前にそこから光線が走り抜け、ベータは横っ飛びで回避する。

「随分と手荒な挨拶ですね………英雄オリヴィエ!」

「? これでも手は抜いてる。お母様にやりすぎだってよく言われるから」

 そして、飛来する斬撃を受け流して逃げようとするが、目の前に魔力玉が飛来。そして、鼻先で爆発するのを紙一重で避けて、息を吐く。

「私に何の用ですか? 恨みでもあるようには見えませんが」

「お母様と戦ったでしょ? なのに、貴女は弱い。それじゃあ、お母様は止まらない。だから鍛える」

鍛える、との言葉に逃げる事を前提にした足が止まる。会話になるかどうかはさておき、その意味を問いたくて。

「貴女に何かメリットが?」

「お母様を止めたい。だけど私だけじゃ無理。いっぱい味方がいる。だから鍛える。見取り稽古で」

「その魔力球も教えて貰えるんですか?」

「お母様が私に教えてくれたものは全て叩き込むつもり」

 剣を構えるが、そこに敵意は感じられない。あるのは清涼感すら覚える魔力の波。

 つまり、言葉自体に嘘はない訳だ。見取り稽古、つまりは堅実に着実に動きを盗んで自分に最適化していく。

「なるほど、私には合ってそうですね──逃げるのはもうやめです」

 剣から弓に形を変えて距離を取る。あの英雄ならば自分の全力でも足りないくらいだ。

 だからこそ、差がわかる。必要なものが分かる。自分はまだまだ強くなれる。

 そして、

「シャドウガーデン七陰第二席ベータ」

「英雄オリヴィエ。いざ尋常に」

「「勝負!!」」

 いつか、貴方の陰から抜け出して隣で愛を綴る為に。彼女は弓を放つのだ。




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