執事の隠し事

執事の隠し事



「おーっほっほっほ! わたくしのとっておきですわー!」

 

白銀を思わせる輝くドレスに身を包んだ女性——ラビュリンスが高笑いすると大広間にどこからともなく大量の水が流れてきた。

轟轟と凄まじい音を立てて空間を埋め尽くさんとする濁流に、侵入者達は呑み込まれ、流されていく。

侵入者達は悲鳴を上げているようだが、轟音に掻き消されて何を言っているのかわからなかった。

ですわーですわー、とドップラー効果を残しながらラビュリンスも流されていくのを見届けて、アリアスは大広間を去った。

後は家具達に任せても問題はないだろう、そう判断してのことだった。

また自分の力は必要なかったようだ。

決してそれが悪い事ではないことは、アリアスも理解していた。

もやもやとした何かを抱えながら暫く廊下を歩いて、一際豪奢な装飾が施された扉の前で止まった。

ノックをして部屋に入る。

室内には一人の男がいた。

夜空を見ていたのか窓の近くに立っていて、誰が入ってきたのか確かめるために顔だけを扉の方へ向けている。

ラビュリンスの伴侶である男はアリアスを見ると待ちかねたとばかりに近づいてきた。

 

「失礼いたします、旦那様」

「ああ、アリアスか。お疲れ様、もういいのかい。まだ続いているみたいだけど」

「あの様子でしたら、もう問題はないかと」

 

アリアスがそう判断したなら大丈夫だね、と男が呟く。

 

「ところで今日は誰だったの?」

「異界の勇者様御一行と伺っています」

「騎士様じゃないのか。姫様手加減してるといいけど」

 

軽く曲げた人差し指を口元に当てて男が小さく笑った。

どこか子供っぽいこの動作がアリアスは嫌いではなかった。

つられて僅かに笑みを浮かべる。

 

「すごい音だったね。あれを使ったのなら、戻ってくるのも時間の問題かな」

「その通りかと」

「なら早くするべきかな」

 

男は一歩近づいてアリアスを抱きしめた。

目の前にきた胸板に両手を添えて、アリアスは男の顔を見る。

頭一つ以上背が高いので見上げる必要があったが、あえて見上げずに上目遣いで男の顔に視線を合わせた。

幾度となく交わした、二人だけの秘密のサインのようなものだ。

この関係も随分と長くなる。

ラビュリンスの目を掻い潜って逢引をする。

一般的に言われる不倫というものだと、アリアスは間違いなく理解していた。

理解しながらこの関係を誰にも——ラビュリンスはおろか、妹や長姉にも——明かすことなく続けていた。

 

「お願いしてもいいかな」

「畏まりました」

 

ゆっくりと旦那様が身に着けている服を脱がしていく。

トランクス一枚になると、アリアスから離れてベッドへと腰を掛けた。

今度は自分の番とアリアスは執事服のボタンに指をかける。

衣擦れの音が耳に響いている。

粗方脱ぎ終えて濃青色のブラジャーとショーツのみになると、旦那様の隣に腰を掛けた。

普段ならきちんとハンガーに吊るして収納するはずの執事服は乱雑に床に投げ捨てられている。

身体を捩って向き合うとごつごつとした節くれだった指が顔の罅割れを撫でた。

撫でる手に自らの手を重ねて、感触に耽溺するべく目を閉じる。

少しだけ敏感な罅割れは、撫でられるたびに微かに痺れるような感覚が走る。

 

「んっ、そこ敏感ですから。お分かりですよね?」

「わかってるよ」

「でしたら——」

 

つつ、と軽く撫でられて甘い声が漏れる。

 

「こうするとアリアスが可愛くなるからな」

「お戯れを」

「本気だよ」

 

目を開くと真直ぐ見つめてきている男の顔があった。

アリアスには男がどこまで本気か理解しかねていた。

男の一番は姫様だ。

間違っても自分ではないということくらいは分かる。

だが、その自分に本気というのはどういうことなのだろう。

アリアスがそんなことを考えていると、頬から手が離れていった。

 

「じゃあいつもみたいに、してくれないかな」

 

頷いてベッドから立ち上がった。

一介の使用人であるアリアスには断れる道理はなかった。

男の前に膝をついて、盛り上がっているトランクスを脱がすとすっかりと大きくなったペニスが姿を現した。

期待感からか鈴口の周りは既に濡れていて、生臭さを伴った雄の匂いを振りまいている。

汚れることを気にもかけず鈴口に唇を落とすと、ペニスはぴくりと小さく跳ねた。

舌を出して陰嚢付近から尿道に沿って亀頭まで舐め上げる。

 

「どうですか、旦那様」

「いいよ。すっかり上手になったね」

「旦那様が手解きしてくださったおかげです」

 

姫様はどうですか——とアリアスは聞こうとして、やめた。

初めて抱かれた時に姫様はこうした行為をしない、と聞いたことがあったことを思い出したからだ。

恐らくそれは今でも変わらないだろうことも。

僅かな優越感が過って、アリアスは自分が嫌になった。

自分が姫様より上などと——。

仄暗さを打ち消すべく、一心不乱に目の前の雄の象徴をしゃぶった。

咥えて、頭を大きく動かして、舌を細やかに動かして。

口の中に先走り液と思しき苦味が広がっていく。

カリの笠部分を舐め上げて、鈴口に舌を捻じ込む。

無理矢理押し広げられた尿道口からは、一際強い苦味が溢れてきた。

突然強く頭を押さえつけられたかと思うと、口内に熱いものが噴出した。

次いで青臭さが口から鼻へと抜けていく。

射精されたと気がついたのはその後だった。

ペニスから口を離すと、零れ落ちないように少し丸めた舌を出して放出された白濁液を見せつける。

男が満足げに微笑むのを見て、アリアスは白濁液を飲み込んだ。

粘度の高いそれは一回では飲み込めず、二回三回と嚥下することでようやく全てを飲み干せた。

少しだけお腹が重い気がする。

急に胃の奥から何かが上ってきた。

 

「げぷっ」

 

生臭さを伴った空気が出ていこうとして、アリアスの喉が鳴った。

勤めて表情を崩さないようにしていたが、羞恥心から頬が熱くなった。

アリアスが見上げると男はにやにやと笑みを浮かべていた。

 

「申し訳ございません。お見苦しいところを」

「いいよ、珍しいものが見れたからね。アリアスもそういうことするんだって」

「忘れてください」

 

そっぽを向いて立ち上がり、ブラジャーを外す。

殆ど脂肪のない乳と薄ら肋骨の浮き出た身体が露わになる。

ややくすんだ桃色をした乳首は痛いほどに自己主張をしている。

アリアスがショーツに指をかけると男から待ったがかかった。

 

「そっちの前に、胸でしてくれないか」

「胸ですか?」

 

自分の胸が所謂女性的な魅力に欠けていることをアリアスは理解していた。

姫様は当然として、妹達よりもさらに小さい。

いや、小さいという表現も正しくはない。

薄いのだ。

そんな胸でしてくれ、と言われても困惑しかない。

 

「こう、ですか?」

 

だからといってしないという選択肢があるわけではない。

胸をペニスに押し当てて、身体ごと上下に揺すって擦り付ける。

乳というよりは胸骨で擦り上げているというのが正しいだろう。

それでも快感にはなっているのか、粘性の低いさらさらとした先走り液が溢れて胸を濡らしていった。

 

「気持ちいいのですか?」

「硬さと柔らかさ両方があっていいね。でも、もう少しこう、寄せて包んでくれないか」

「寄せてと言われましても——」

 

寄せても高が知れていると思った。

やってみたら案の定だった。

ペニスを包むどころか、両側にほんのりと薄い肉の壁ができただけだ。

それでも男は満足そうにしている。

擦り上げると、先程までよりも硬さを増したように思えた。

 

「ん、いいよ。もっと」

「わかりました」

 

両手に力を込めて乳房を押し付けて、全身を大きく揺する。

鈴口から溢れ出ている体液が潤滑油代わりとなって驚く程滑らかに動いた。

乳首が手に擦れて痛みが走る。

胸を濡らしている体液が泡立って、ぐちゅぐちゅといやらしい水音を立てている。

ペニスがほんの少し膨らんで、強張った気がした。

射精が近いのだろう。

首を曲げて口を開け、舌を鈴口に当てる。

 

「んっ、もう射精されますか? なら私の口にお出しください」

 

ぐっと両手に強く力を籠めながら亀頭を咥えた。

それと同時に口の中に精が噴出した。

二度目の射精だというのに吐き出されたものは一度目のそれと同じかそれ以上に濃いものだった。

今度は見せつけずに飲み込んだ。

お腹の底から込み上げてくるものもなく、恥ずかしい思いもせずに済んだ。

 

「何故残念そうにしておられるのですか」

「いや、またアリアスのあれが見れるかなーって思ってたから」

「そんなに、あんなものが見たいのですか?」

 

濡らしたタオルで胸を清拭しながら問いかけると、男は顎に人差し指を当ててしばらく考えてから、見れるなら見たいかな——と言った。

やっぱりよく分からない、とアリアスは思った。

落ち着いてくると口内に残る粘着きと匂いが気になってきた。

流石に二度も精液を口内に放出されたので口を濯ぎたかったが、この部屋にそれができるような設備がない事を思い出した。

今から服を着て近くの化粧室に行くのも雰囲気が削がれそうな気がした。

口内に残る青臭さは我慢する他ないらしい。

アリアスは口を濯ぐことは諦めて、ショーツを脱ぎ捨てベッドの上に仰向けで寝ころんだ。

ショーツのクロッチ部分は一目見てわかるほどに湿っていた。

想像以上に興奮していたらしい。

両太腿を抱えて、濡れた割れ目を尻尾で開いて見せつける。

自らの中身を曝け出しているようで、息が荒くなった。

 

「どうぞ、存分にお使いください」

「お使いくださいって」

 

困惑したように男は苦笑いをした。

 

「僕はアリアスのことを——」

「駄目です」

 

叫ぶようにして遮った。

それから先の言葉を聞いたら今の関係を続けられなくなることをアリアスは理解していた。

きっと自分は本気になってしまうだろう——と。

 

「その言葉は姫様に向けるべきもので、私に言うべきものではありません。旦那様はただ性処理のために私の身体をお使いになるんです。間違っても私に愛情なんて——」

 

抱いてはいけないのですよ——と消え入りそうな声で言った。

込み上げてくるものに耐えきれず、アリアスは目を瞑った。

 

「アリアス」

 

呼びかけには応じなかった。

割れ目に熱いものが当てられて、水音がした。

 

「アリアスの身体使わせてもらうよ」

「はい。どうぞ、お使いください」

 

体重がかけられて、アリアスの膣肉をペニスが押し広げていった。

奥までペニスが入り切ると、旦那様は大きく息を吐いた。

幾度となく男を受け入れてきたアリアスの膣は精を搾り取ろうと収縮を繰り返している。

 

「アリアスの膣内、相変わらずすごく締め付けてくるね。入れるだけで限界かも」

「射精するもしないも、旦那様のご自由です。お好きにしてください」

「僕としてはアリアスにも気持ちよくなってほしいんだけどな。いつも表情変わらないし」

「私のことは気になさらないで下さい」

「でも——」

「旦那様が姫様で満足できなかった性欲を私に吐き出していただければ、私はそれでいいのです」

 

一瞬だけ男は悲しそうな表情を浮かべた。

もう無駄話は終わりと、アリアスは太腿から手を離すと、男の腰へと脚を絡みつけて腰を浮かして動かした。

ゆっくりと膣内に収まっているものを引き抜いていく。

途中で男女の体液が混ざったものがシーツに落ちて音を立てた。

 

「アリアス、ちょっと腰を下ろしてくれるかい」

 

言われた通りに浮いた腰をベッドへと下ろした。

二人の身体の間に隙間ができた。

その隙間を埋めるように、男は勢いよく腰を打ち付けた。

 

「かひゅっ!」

 

最奥を圧迫された影響でアリアスの肺から空気が漏れた。

ゆっくりとペニスが引き抜かれていき、もうすぐ完全に抜けそうというところで再び最奥まで一気に挿入された。

ぱん、と肉がぶつかり合う音が部屋に響いた。

アリアスは口を大きく開け、舌を突き出して酸素を求めて必死に呼吸を繰り返した。

 

「ああっ! 旦那様っ、はげしっ!」

「アリアス、気持ちいいかい?」

「——っ」

 

アリアスは言葉を呑んだ。

今のアリアスを支配しているのは、溢れるほどの快感と同じだけの背徳感だ。

そして、それを認めてしまっては姫様に——。

考えを掻き消すほどの快感が襲ってきて、アリアスの脳内が真っ白に塗りつぶされた。

 

「ひぃっ!?」

「駄目だよアリアス。考え事なんて」

 

再び同じ刺激がアリアスを襲った。

ちかちかと辺りが明滅する。

消え入りそうな視界の中、男の手がアリアスの秘所に添えられているのが見えた。

人差し指と親指が小さく動くと快感が生じた。

こんな快感に何度も晒されたら、感じていることが顔に出てしまうのも時間の問題だ。

そんなことになったら今度こそ本当に姫様に顔向けできなくなってしまう。

いや、とうに顔向けなど——。

危機感は瞬く間に快楽に塗りつぶされた。

 

「こんなにクリ大きくしちゃって。素直になったらどうなの」

「だめっ! 駄目なんです、旦那様ぁ!」

 

奥をぐりぐりと亀頭で擦られて、甲高い嬌声が漏れる。

 

「気持ちいいでしょ?」

 

いやいやと首を振る。

子宮に近い膣の天井を亀頭の先で擦る様に男は前後運動を始めた。

そこはアリアスの最も弱いところだった。

瞬く間に決壊寸前となったアリアスは艶かしい呻き声を上げている。

 

「ここ擦られるの弱いよね。ほら」

「あっ、ひぃ! だんなっ、さまぁ! だめです!」

 

だめですからぁ、と譫言のように繰り返す。

膣肉は中の雄から早く精を搾り取ろうと、アリアスの意志とは無関係に締め付けては弛ませてを繰り返している。

愛液が溢れて太腿まで濡らしている。

離れないように、必死で脚を男の身体に絡ませる。

それでは足りないと、男の上半身を引き込み腕を背中に回して密着する。

 

「はっ、ああっ! だんなさま! だんなさまぁっ!」

「アリアス! アリアスもう——」

「出して、射精してください! 私の膣内に! 姫様に出せなかった分まで!」

 

だんなさまぁ——と潤んだ目で見つめて懇願する。

それが止めとなったのか、男は全身を硬直させて放精した。

 

「~~~~ッッッ♡♡♡」

 

子宮で熱さの塊を受け止めた事でアリアスも絶頂を迎える。

身体を弓形に反らせて、舌を大きく突き出し、絶叫した。

見開いた目の瞳孔は収縮して、目の前すらよく見えていない。

永遠にも思えるような快感の波が次第に引いていく。

アリアスが脱力してベッドに身体を投げ出すと頭の下に硬いものが差し込まれた。

思わず首に力が籠った。

目を遣ると男の腕だと分かったので、くたりと首の力を抜いて重さを預けた。

荒い息を整えながら問いただす。

 

「今日はどうなされたのですか旦那様。こんなことは今まで——」

 

そこまで言って、ひょっとして自分のためだったのではないか、とアリアスは考えが至った。

 

「今日のアリアスさ、なんだかいつもより強情だったし。素直になってほしかったから、つい。」

「いえ、確かに私が悪かったですね。謝らないで下さい」

 

謝られたら、どうしたらよいのか分からなくなりそうだった。

男らしいごつごつとした手が、罅割れを隠すようにアリアスの頬に添えられた。

一気に不安が消えていった。

まるであやされている幼子のようだとも思った。

 

「あまり私を甘やかさないで下さい」

「普段頑張ってるからね。こういう時くらいはいいと思うんだ」

 

添えられた手にアリアスは自身の手を重ねると、目を閉じて頬擦りをした。

 

「ところでどうして私は奥の方が弱いって知っていたのですか?」

 

目を開けて男の顔を見つめながらアリアスは問いかけた。

少なくとも行為中にそのようなことを言ったことはないはずだった。

普段は表情に出さないから、分からないと思っていた。

男は暫く唸ってから言った。

 

「アリアスってさ、表情には出ないけど仕草とかには結構出てるんだよね、感情。例えば、褒めると足の位置を直すとかさ。で、何度も抱いてると徐々に分かってくるわけ。あ、これは嫌がってるんだなとか、ここ触られるの好きなんだなって。頬の瑕に手を添えるのだって好きでしょ? それと一緒。奥のお腹側を擦るといつも尻尾がゆらゆらって揺れるから、ひょっとしてここ攻められるの好きなのかなって」

 

思っていたよりしっかりと観察されていたようだ。

気恥ずかしくなって再び目を閉じた。

頬に伝わってくる体温が心地いい。

 

「本当に——」

 

アリアスが言葉を続けようとした時、扉の方から大きな音が響いた。

何事か、と扉の方へと身体の向きを変える。

同時にアリアスにとっては聞き慣れた声が部屋に響いた。

 

「おーっほっほっほ! ようやく戻ってきましたわ! 聞いてくださいまし旦那様。激流葬で流すまではよかったんですの。でも、何故か復帰用の大広間直通エレベーターに知らない像が乗っていたんですわ。『誰!?』って聴いたら『自分闇属性しか周りにいられないんで』って言ってその像がそのまま広間まで行ってしまったんですのよ。アリアーヌの悪戯か知りませんけれど、あのせいで戻るのに苦労しましたわ。わたくしだって腐っても闇属性なんですのよ? 戻ったら戻ったで怪しい黒尽くめの鎧を着た騎士がいて先に昇った像を粉々にしていたかと思うと、水色髪のエルフが怪しげな魔術で倒しても倒しても勇者を呼び出してきますし、怖かったですわー! まったく、アリアスは何処に行ってしまったんですの? 彼女の力があればもっと早く終わりましたのに。それはそうと! 旦那様! わたくしを慰めて下さいまし! いっぱい愛してくださいましー!」

 

恐ろしいほどの早口だった。

言い終えると闖入者でありこの城の主であるラビュリンスはハイヒールとドレスを乱雑に脱ぎ捨てながらベッド駆け寄ってきた。

 

「さあ旦那様! わたくしと熱い夜を——ってアリアス!?」

 

突然の出来事にアリアスの頭は真っ白になり思考を放棄したが、すぐに再起動して現状を認識しはじめた。

男のほうを見るとそちらは完全に固まっていた。

何処からどう見ても不倫現場を押さえられたのだから当然だ。

これで終わりか——。

この不倫関係もアリアスから構築したものであった。

男が姫様では——心はともかく肉体的には——満足していないように思えたから、自分の身体で解消するように具申したのが始まりだった。

思い返せばあの時から既に自分は旦那様に惹かれていたのかもしれない——と考え、アリアスは自嘲した。

旦那様には逆らえないから仕方がないと、命令する者とされる者という体でこの逢瀬はエスカレートしていった。

その結果がこれだ。

仕えるべき主の伴侶を奪い取るような暴挙は決して許されるものではないだろう。

ならせめて最後に——。

アリアスが決心して行動しようとした時、絹を裂くような悲鳴が上がった。

その声の主がラビュリンスであると、アリアスはすぐに気がついた。

 

「アリアス——!」

 

今まで本気で怒るところなど見たことはないが、逆鱗に触れてしまったに違いない。

きっと自分は我楽多のように廃棄されてしまうだろう。

アリアスはそう思った。

だというのにその心中は驚く程穏やかだった。

これ以上、姫様に嘘を吐かなくて済む。

そう思えたからだ。

だが続いた言葉はアリアスの予想に反するものだった。

 

「アリアスが、旦那様に寝取られてしまいましたわー!」

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