「地球最後の叛逆を」

「地球最後の叛逆を」




先端未来都市、天上塔。その最上階に、大帝は鎮座する。

何千、何万の月日を君臨し、今この時も下界を見下ろす神、或いは怪物。

かの皇帝の偉容は童女のようであり、然し神気の如き存在感を見る者に与える。


それは、かつて人間だったモノ。

世界を掴まんと手を伸ばしたモノ。

この星の誰も及ばぬ存在となった唯一絶対の帝王。


かつて「ネロ」と呼ばれた魔法少女のなれ果てである。



「ん…」

音が聞こえる。漠然と各地を遠視する事を止め、視界を正面に合わせる。

音が聞こえる。ヒトの足音、それが階段を踏みしめる音だと、しばらく聞いてようやく理解する。

思えば、そんな音を聞いたのは何千年振りか。永く永く停滞した世界の始点に思いを馳せながら、そのヒトが現れるのを待つ。


そうして、ヒトが眼前に姿を晒す。力強い歩み、輝ける瞳、血濡れた紅い全身。──こちらを見るソレに、あの日の宿敵の姿が微かに重なった。


「──余の玉座に無断で立ち入るか、ヒトよ。」

「…これは失礼、皇帝さん。どうかお無礼をお許しください。」


少し、驚く。余に歯向かわんと向かってきた者にしては、随分と物分かりが良い。元々まともな人間でないとは知っていたが、想像以上にこいつは変わり者らしい


「この天上塔にヒトが立ち入るのは初めての事だ。その偉業に免じて非礼を許そう、ヒトを束ねし者よ。」

「私を認めてくれるんだ、嬉しいね。」

「然り。世界を手中に収めた余を倒す為、全ての戦いに勝利した事。そしてこの世全てのヒトを束ね、己が力と成したその手腕は驚嘆に値する。」

「…少し恥ずかしいな。まさか褒めてくれるなんて思ってなかったよ。」


余は最初の『抗争』において勝者となった。一方眼前の此奴は、その後に開かれた無数の『抗争』を勝ち抜き、最後まで生き残った。

そして此奴は、己が魔法によって全ての人類を己の支配下に置き、その力を我が物としている。差し詰め此奴は、今の人類を先導する「英雄」だ。


「…世界大帝として貴様に問おう。ヒトよ、お前は何故ここに立つ。お前はどんな未来を望むのだ?」


遠見により戦う姿を見た時から、ずっと気になっていた。余の支配を破壊しようとする者の思考を、是非とも聞いてみたいと思っていたのだ。さあ、答えろ。お前は何のために戦う?数多の魔法少女を蹂躙し、人類を容赦なく魔法で支配したその動機は何処にある?


「…私は、この世界が好きだ。」

「は?」

「えっ」


思わず呆気に取られてしまう。此奴、この世界を否定する為にここまで来たのでは無いのか?好きとはなんだ。いや、ちょっと大帝にあるまじき声が出てしまった、誤魔化さなければ。


「…余は遠見によりお前を見ていた。だが、声までは拾えなかった。故に貴様の思想心情は知らん、疾く其処から説明せよ。」

「あ、はい。」


「…私はね、醜い物が綺麗に見えるらしいんだ。崩れ行く物、腐り行く物、死んでいく人々、それを私は愛していた。最初に戦いに参加したのも、世界をそうやって綺麗な物にするためだった。人々を扇動して、世界を綺麗に染め上げる『英雄』になろうとした。」

「英雄…。」


英雄。英雄。血に手を染めた姿。人々の為にと、此方へ立ち向かった女。

否、目の前の此奴はあの女とは違う。


「でも戦いに勝って、世界の実態を知って分かった。私が何もしなくても、世界はとっくに美しかったんだって。貴方の手で瞬きの間に滅び、起こり、人も物も呆気なく壊れていく。──そんな世界の在り方は、とっても綺麗だと思えた。私の夢は、もう叶ってたんだ。」

「…では、何故余を阻む。この世界がお前の望みなら、ここに立つ意味は無いだろう。」

「うん、私の夢は叶ってたんだ…片方はね。」


「私の夢は、『英雄になって』『世界を綺麗にする事』だったんだ。だから、残った片方を叶えようと思ったわけさ。」


成程、言うなれば異常なまでの名誉欲か。ある意味分かりやすいと言う物だ。同時に、理解の範疇にあるその思考に落胆する。


「英雄か。ヒトの、人類を救う英雄となるために私を倒すか。」

「そうだよ。貴方を倒して世界を救って──



私も死ぬ!」



「…は?」

こいつは何を言っている?


「だって、貴方を倒して英雄になった後には、もう障害は何も無いでしょう?」


分からん。分からん。此奴は何だ?


「この世界で英雄になっても、その後が無い。記録は記憶に塗りつぶされて、最後に皆が見る私は…ただの人でなしさ。」


いや、そうか、此奴は。


「だから、君を倒して消えるんだ。私が英雄だったという記録だけを世界に残して──


私は、永遠に人類の英雄として在り続けたい。」



正真正銘の『英雄(気狂い)』か。



あの日の記憶が蘇る。

血に染まった拳。白くたなびく包帯。何処までも真っ直ぐ此方を見る瞳。


人々の為にと言いながらその実、己の独善をただ貫きたいだけの『英雄(気狂い)』。

それを、自ら認めて余に──私に肉薄した女。


「傲慢だな。あまりにも独善だ。或いは、余よすら上回るほど。」

『傲慢だな。あまりにも独善だ。或いは、私よりも。


「英雄は、そう言う物さ。」

『正義の味方って、そう言う物だよ。』


あの日の言葉と重なる。此奴の根底にあるモノは、あの女とまるで違うようでいて、同じだ。


己の救いたい者を、救いたいように救う。その障害となる悪は、容赦なく血飛沫に変える。

己という英雄を、人々に焼き付ける為に走る。その為であれば、どれだけ殺そうが、利用しようが顧みる事はない。


ああ、そうか。私に立ちはだかるのは、やはり貴様のような人間か。私に迫り、或いは上回る程の醜いエゴを以て、ヒトを救おうとする……


最高の『人でなし』共よ。


「──はは、はははははは!!!」

「いいだろう、それでこそ世界を救うに相応しい!!」


魔力を構築する。5つの力が収束し、目に映る全てを破壊するべく脈動する。


「魔法少女、名は何と言う!!」

「私は、魔法少女イデア!!この世界の英雄になる者だ!!」

「いいだろう、イデア!!!その独善で以て、私に立ちはだかるがいい!!!」


「さあ──始めようか。地球最後の、叛逆を!!」








轟音とともに崩れ行く天上都市。それを地平の彼方から眺める影が二人。

片や山羊の頭に整ったスーツ姿、片や犬とも猫ともつかないマスコット染みた謎のケモノ。チグハグな外観の二人は、二人の「魔法少女」の決戦を、花火でも見るように観戦していた。


「うーん流石に派手だね。どちらが勝つと思う、バフォメット。」

「願いの力で神に等しい存在となった者、対するは無数の魔法少女と、この星全ての人類を束ねて力とした者。基礎スペックは恐らく互角、お互い複数の魔法を操る以上、結果は未知数ですねぇ。」


悪魔は嗤う、心底この景色を楽しむように。

──何を隠そう、この戦いを仕組んだのは悪魔なのだから。



『かつて、大帝陛下は我々が企画する抗争に参加し、優勝なされました。しかしながら、その願いが完全に叶えられる事はありませんでした。』

『まあ、『運営』すら超える力なんて当然許可できないからねぇ。』


『また神々は、世界の停滞をも良しとしなかった。一人に支配されるばかりの世界などつまらない、再び『抗争』の舞台とするために貴方を排除すべきだと判断したわけです。』

『…それを余に伝えてどうする?』

『貴方を倒し得る存在など、魔法少女以外にありません。ですので、この世界で『抗争』を開催する許可を頂きに参りました。」

『意味が分からん。それを余が許すとでも思ったか?』

『ええ、思いますとも。何しろ、貴方にも利益のある形で提案させて頂きますので。」

『…ほう?』



「ステッキの仕様を調整して、倒した魔法少女の魔法や魔力を勝者が得られる仕組みにする。この形で抗争を無数に繰り返し、膨大な魔力を集積させる事で、ネロを倒し得る最強の魔法少女を作り出す、と。」

「同時にその魔法少女は、途方もない魔力の結晶となる。故にそれを倒し力を奪う事で、かの大帝は更なる力──彼女が真に望んだ、神々にすら及ぶ力を手にする事ができるのです。」

「ネロを倒し得る希望を作る事を、ネロ自身に受け入れさせる。見事な手腕だ、流石はベテラン抗争主催者だけあるね。」


「…しかし、ネロがさらに力を得るなんて神々は大慌てだろう。アレを倒すにはもっと他にやり方もあった筈だ。」

「勿論、その通り。しかしまあ…それでは面白くないでしょう。」


「ゲームというものは、どのプレイヤーにも勝機があり、また勝った報酬が有るべきです。そうしなければそう──つまらないんですよ。普段抗争を高みの見物としながら、自分らの都合良く行かないからと不正に手を加えようとするなど、神々も浅ましいというもの。そんな指示に私が従うとでも思ったんですかねえ。」

「僕は所詮ステッキの制作、配布担当のマスコットだ。別段この事態に思う所は無いけど……やっぱり君って、性格悪いよね。」

「ええ、悪魔ですので。」



「さてさて、大帝への英雄の叛逆か、あるいは神々への大帝の叛逆か。果たして地球最後の叛逆となるのは、どちらでしょうねぇ。」


轟音と共に荒れ狂う世界の中で、悪魔はくつくつと笑っていた。



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