端切れ話(地球の星空)

端切れ話(地球の星空)


地球降下編

※リクエストSSです




 スレッタは地球に来てから不思議に思っていることがあった。

 もちろん初めて見るものが多く毎日が新鮮に満ちているのだが、それとは毛色が違うものだ。

「あの、エランさん。聞いてもいいですか?」

「なに?スレッタ・マーキュリー」

 スレッタの声にエランが振り返る。彼は何とも思わないのだろうか。

 知っている事柄がズレている感覚。常識だと思っていたものが違っていた驚き。

 ここ数日でもやもやと感じていた疑問を、スレッタは吐き出してみることにした。

「…ずっと不思議に思っていたんですけど、地球って、どうしてこんなに夜が短いんですか?」

 今現在は夜の8時。アスティカシア学園ではとっくに夜に切り替わっている時間だった。むしろルームウェアに着替えた女子たちが、寝る前に談笑しているような時間帯である。

 今現在のスレッタ達も宿屋に泊まり、今はもうシャワーも浴びて後は寝るだけになっている。

 けれど決定的に違っているところがある。

 明るいのだ。

 こっそりと窓の下を見れば昼間の世界が続いていて、上をチラリと見上げればまだ青空だって見えている。

 とても明るい。

 室内にある分厚いカーテンを閉めれば途端に暗くはなるのだが、それはあくまで室内だけで、外はまだまだ太陽が幅を利かせている状態だった。

 この状態が地球に降りてから一週間近くは続いている。

 初日はそのことをまったく意識していなかった。初めての地球に興奮していたのもあるし、端末の時計と太陽の動きがズレていても地球特有の時差なのだろうと思っていた。

 しかし違った。

 夕日を見つめて感動していたあの素敵な時間は、時計だけで判断すれば完全に夜だったのだ。

 恐ろしい事に一日の四分の三に該当する時間が昼間になる。

 アスティカシアでは違っていた。昼と夜の時間が半々くらいだった。昼夜を表現できるシステムがない水星基地ですら、昼と夜に該当する時間は半分ずつだと決められていた。

 だからスレッタは水星やアスティカシアの時間割が標準だと思っていて、てっきり地球もそうなのだと思っていたのだが、まったく違っていたのだ。

 その証拠に実はスレッタは地球から見た夜空というものを見た事がなかった。

 今思えば夕日を見れた初日が最大のチャンスだった。そのまま外に居れば夜空になったのだと思う。けれど完全に暗くなる前にエランに誘導されて建物の中に入ってしまったので、せっかくの機会を活かせなかった。

 旅の間は色々と体力を使うので、宿に着いたら早々に寝てしまう。そして起きた時にはもう朝になってしまっている。…というのがここ最近のパターンだ。

 もっと早く夜になれば起きている間に夜空が見えるのに、とスレッタは少し悔しく思っていた。

 エランはスレッタの質問に目を見張ると「…そうか、知らないんだ」と呟いた。やはりエランは地球の夜が短いと知っていたようだ。

「誤解される前に言うけど、地球ではいつもこうだと決まってる訳じゃないよ。これは地球の地軸が傾いているから起こる現象で、『白夜』というんだ」

「『白夜』…?」

「いつまでも暗くならない白い夜って意味だね。地球では場所と時期によって昼夜の比率が変わっていて、この地域は特に極端になる。一年を通じて変化していくから、半年もすれば今度は夜の方が長くなるよ」

「昼と夜の比率がそのまま逆転するってことですか?」

「そうだね。もうすぐ昼が一番長くなる日が来るんだけど、その日を境に逆転していく。夜が一番長い日を過ぎたら、次はまた昼の時間が増えて行く。それを繰り返すんだ」

 地軸の傾き。水星ではそんなものはなかったような気がする。あの星は一日がとても長いだけで、昼と夜の時間はちょうど半々ずつだった。ちなみに一日の長さは176日だ。

 当然人間はそんなに長い一日を基本にしては生きられないので、基地のほうの時間を目安に生活していた。一日24時間。昼と夜は12時間ずつときっちり決まっていた。

「地球から見る夜空が気になってたんですけど、夜に旅するのは相当先になりそうですね」

「さすがに生身じゃ夜の移動は許可できないかな。…でもそうだな、地球の夜空に興味があるなら今夜にでもちょっと見てみる?」

「え、出来るんですか?」

「この部屋にはバルコニーがあるし、そこから見れるよ。少し狭いけど、広い夜空はまた機会があったらだね」

「…が、頑張って夜更かしします」

「途中で僕が起こしてあげるから、いつも通りに寝ていていいよ。急ぐ旅でもないし、明日起きられなくても大丈夫」

「…はい!」

 スレッタはエランの優しさに甘えることにした。今夜は初めての天体観測だ。

 その日はドキドキして眠れそうになかったが、横になって休んでいると自然と眠りに入っていたようだ。


スレッタは自分を呼ぶ大好きな人の声で目を覚ました。

「…スレッタ・マーキュリー、起きて」

「んむ…む…えらん、しゃん…?」

 まだ少し寝ぼけていると、ベッドサイドの明かりを付けられたのでうっすらと目を開ける。

「ふぁ…おはようごじゃいます」

「夜だけど、おはよう」

 暗い部屋の中でベッドから起き上がり目を擦っていると、エランがお湯で湿らせた厚めの紙を渡してくれた。贅沢にもそれで遠慮なく顔を拭き、ちょっと湿った手のひらでピョンと跳ねる髪の毛を落ち着かせる頃には、もうすっかり目が冴えていた。

「エランさん、もう外は夜なんですか?」

「うん、完全にね。少し寒いだろうから毛布を持って行こう。目立つといけないから明かりも消して。僕が手を貸してあげる」

「は、はい…」

 ちょっとした幸運にドキドキしながらエランの手を取る。彼はスレッタに寒くないように厚着の上着を着させてから、バルコニーへ通じる窓のカーテンを開けた。

 外は真っ暗かと思ったが、意外と物の形が分かる程度には明るかった。家や街灯の明かりだろうか。もしくは、星の光が降ってきているのかもしれない。

 転ばないように足元を見ながら外へと出る。そのまま地上に目を向けると、家の明かりは思ったほど多くはないが、街灯は所々で町を照らしているようだった。

「やっぱり冷えるね」

 外に出ると少し肌寒い。エランは持って来た毛布でスレッタをぐるりと包み、また別の毛布を下に敷いて座る場所を作ってくれた。バルコニーは十分広いので、座っていても空を楽しめそうだ。

「ありがとうございます、エランさん」

「どういたしまして」

 さっそくお礼を言って座ると、隣にエランも座ってくれる。スレッタはドキドキしながらそれを見届けて、楽しみにしていた星空を見上げてみた。

「わぁ…」

 空の半分は今スレッタ達が背にしている建物で隠されてしまっているが、それでも十分に広い星空が広がっていた。

 建物に隠れそうな低い場所に月が。その上をおとめ座、春の大三角形がある。

「すごい、ちゃんと星座が見えます。ヘラクレスに…上には北斗七星ですね」

「星座、分かるんだ」

 エランの感心した声に、スレッタはちょっとだけ胸を張った。

「多分ほとんどの星座を言えますよ。エアリアルに教えてもらったんです。水星のレスキューをしている時なんかは、目視で位置を確認できるから便利でした」

 水星時代の自慢をして、もう一度夜空を見上げる。

 地球から見る星は印象が違って見える。何だかキラキラとして、光が四方に散っているようだ。よくアニメやコミックでみる星マークがあるが、まさにあんな感じだった。

 昔から星はただの光の点でしかないのに、随分と可愛く装飾されているなと思っていたのだが、あれは地球から見た実際の星の形だったのだ。

「星の光がキラキラして、綺麗です。星座の形は一緒なのに、星の形そのものは宇宙とは違うんですね」

「地球には大気があるから光が揺らいで見えるんだろうね。覚えていないけど、地球の星を見ると懐かしい気持ちになるような気がするな」

「子供の頃のエランさんも、星を見ていたのかもしれないですね」

「…どうだろう。そうかもしれないね」

 ポツポツと内緒話をするように小さな声で話していると、エランと特別親しい時間を過ごしているような気がする。

 キラキラした星と、月明かり。そして時折ゆったりと流れて行く雲に装飾された夜の空は、見慣れた宇宙とは違いとても綺麗なものに見えた。

「でも、不思議です…」

「何が?」

「水星と地球って、とても遠い星だと思っていたんです。でも星座の形は一緒で…。あの夜空に浮かぶ星達からしたら、水星も地球も、くっ付いているくらい近い星に見えるんでしょうね。それが何だか不思議だなって…」

「………」

「エランさん?」

「…いや、そうだね。星からしたら人間が少しばかり移動しても微かなものに感じるんだろう。僕らの旅なんか、猶更…」

「そうですね。でもわたし、少しずつ移動するのって、嫌いじゃないです」

「…え」

「例えば宇宙船で移動するととても速いですけど、景色はほとんど同じです。でもこの旅はほんの少しずつの移動でも、色々なものを見たり体験できます。えっと、例えば白夜とか」

 ゆっくりなのがいいんでしょうね。そう言ってエランの方を見ると、彼はぱちりと目を瞬かせていた。

「これからも、色々なものが見たいです。エランさん」

「そうだね。色々なものを、見れたらいい…」

 星空の下、何かの感情を込めた瞳で彼がこちらを見つめている。


 まるで夜空に輝く星のようなその瞳を、旅の記憶と一緒に留めることにした。






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