「地獄変のドグマ」
赤色はいつも、私をスランプから解き放ってくれる。
若手小説家の魚本構文には、秘密がふたつあった。彼女が魔法少女に変身できることと、創作活動の傍ら、作品のために人を殺していることだ。
手付かずの原稿用紙の傍ら、ペン立てから万年筆を手に取って、心を集中させる。光が溢れ、コスチュームが全身を包む。
若くしてさる文学賞の金賞を取ったはいいものの、周りからの期待に沿えずノイローゼになりかけていた時、ふと表彰式で出会った不思議な少女を思い出した。
あの日励ましの言葉とともにもらったのは、本物の万年筆じゃなくて、魔法のステッキだったけど。
だからこそよかったのだ。物書きを続けるためには、これが絶対に必要だったから。どんな筆記具よりも、私の創作の力になるのだから。
魔法少女・喰尽姫(しょくじんき)は、今夜も人を狩る。
寝静まった街を彼女は駆ける。遠くでぽつんと浮かぶ獲物の、無防備な後ろ姿に向けて走る。ステッキに吸わせた血のインクで、最高傑作を書くために。
いつからかこの街には、魔法少女がいた。
彼女らのパトロールと異能の力のおかげもあってか、高かった犯罪率は日本トップクラスにまで低下した。
そんな街の守り神を警戒する人間など、果たしてどこにいるだろうか。
油断する相手を真一文字に切り裂き、茨を伸ばして離脱する。できた血溜まりからピラニアが飛び出す。魔法で強化され、陸上でも構わず肉を食いちぎる特別製だ。
哀れな犠牲者は数分もかからずその痕跡を消し、後には血に飢えたピラニアの大群だけが残る。いつもそうやってきたし、今夜もそうなるものだと喰尽姫は思っていた。そう、今の今までは。
「……?」
なにかがおかしい気がして、後ろを振り向く。
赤熱する左腕と尻尾を生やした大柄な魔法少女は、無傷でそこに立っていた。
「!」
熱気を感じて、反射的に後ろに下がった。
周りの温度が上がる。景色が歪む。コスチュームの茨がちりちりと焦げる。
血溜まりだと思っていたものは赤黒く輝くマグマであり、哀れなピラニアは炭になってその上に浮いていた。
「やっト…見つケた…」
緑色をした捕食者の目が、こちらを睨んでいる。その姿はまさに、硫黄の火を吐く地獄の番犬だった。
温度がまた上がる。街路樹に火が付く。
その色は、今まで見てきたどんな赤より美しかった。
最高だ。こいつとの戦いを生き延びたら、芥川賞だって夢じゃない。
「ご主人サマの…カタキ…!」
周りの温度が、また少し上がった。