地獄への道は善意で舗装されている 2

地獄への道は善意で舗装されている 2


親友を失った悲しみ。百の弟を全て失った喪失感。宿敵に卑怯な手で討たれた時の言い表せぬ感情。死出の伴をさせてくれと友の嘆く姿。

例え他の者に嘆かれようが、悪様に言われようが、それでもドゥリーヨダナは全て自分で欲し、選択し、進んだ末の最期であるならば。後悔など無いと確信を持って死んだだろうし、欲しいものの為ならば何度だって同じ事をするだろう。


だが、霞む意識の中聴こえた声。断片的な言葉で理解出来たのは、おそらく大地の女神が増えすぎた人類の重みに耐えられない事。ドゥリーヨダナには、神々により人口削減の為の何らかの機構が組み込まれている事。戦争を機に人口をある程度減らしたい事。そして、人口削減のオーダーが果たせなければそれが起動するであろう事。

神々は機構を起動させるのは哀れと言った。勝手に人に手を加えといて、いざその時となったら勝手に哀れみ。腹立たしい事この上ないが、この身の事を知ったからには機構とやらを起動させる気などさらさら無い。


「さらに!」


己の小さな両手を握る。


「せっかく昔に戻ったというのなら!今度こそパーンダヴァのやつらに勝利してやろうではないか!」


戦争に敗北し、血に塗れ、地に伏せた姿ではなく、愛しいものと財に囲まれ、寝台で往生する最期こそがドゥリーヨダナに相応しいに決まっている。神々の声は戦争を起こし、人を減らせとは言ったがどちらが勝利せよとまでは言っていなかったではないか。ならばこちらが勝ったところで問題は無いはずだ。前回の記憶がそのまま残っているならば、これからの出来事にも対処は出来るだろう。


「待っていろビーマ、ユディシュティラ。勝つのはわし様だ……!」

「なーぅ……」


近くで聴こえた鳴き声に目をやれば、足元には目覚めた時にも居た黒猫。外であればまだしも、使用人も行き交う宮殿の奥、さらに寝所に猫が入り込むなど有り得ない事だ。猫、しかも黒猫ともなれば不吉と称する者も少なくないので誰かの飼い猫というのも有り得ない。


そして、ドゥリーヨダナは迷信の類は全く信用していないのでなんの気なしに猫を抱きあげれば、人馴れしているのか黒猫は素直に体を預ける。自身が子供の体躯だからか想像以上に大きめの黒猫は、じっと理性的な目でドゥリーヨダナを見つめていた。


「……ふむ。この妙なやり直しとやらに居合わせるお前も何処かの神の遣いだったりするのか?しかし猫を遣わす神なぞわし様知らんしなぁ……」

「みゃーお」

「まぁ良い。お前にはわし様の華々しい勝利の姿を最前で見せてやろう!わーっはっはっは!!」

「……なぅーん……」



――そして、結論から言えばまたドゥリーヨダナは死んだ。正確に言えば5回やり直して5回とも死んだ。



「何故だ!!!!!」


またも幼少時からのやり直しとなったドゥリーヨダナは、寝台から身近なクッションを手当り次第に放り投げる。どこかに引っ掛けたのか、地に落ちたクッションの一部が破れ中身が飛び出すが、そんなものに気をやる余裕もない。


「わし様の計画は完璧だった筈なのに何故負けるのだ!」


ビーマへの毒は量や種類を変えた所で例の如く耐性を付け平然と戻ってきたし、燃えやすい館は火事が駄目ならと柱を弱い材質の物に変え倒壊を狙ったがやはり別の手段で脱出し無事だった。骰子賭博での五王子達の苦悶の表情だけは何度も楽しめたし、牧場視察のガンダルヴァは二度と捕虜なんていう恥は晒さなかった。

戦争の布陣も、戦力だって過去を踏まえ毎回増強を図ったというのに、最後はいつもドゥリーヨダナが討たれて終わるのだ。直近など、流矢に当たっての最期だ。戦争の終わりはドゥリーヨダナの死以外では認めぬとでもいうように。


気付きたくは無かった。確かに神は「どちらが勝て」とまでは言わなかった。それがパーンダヴァの勝利が前提の上だと、理解したく無かった。

ドゥリーヨダナが死に、やり直しとなる際。至るかもしれない可能性を見せられた。


――百王子の死から蘇り、人々を殺戮する if を見た。

――カリとしての魔性に目覚め、次々と民を手にかけるのを見た。

――死にたくないと。機構になぞなりたくないと友に嘆き、友たちが代わりに殺戮を行う姿を見た。

――役目を果たせなかった我らの代わりに、妹が涙を流しながらその手で命を奪っていくのを見た。

――大地の女神が限界ならばと我らの血肉が大地になる様を見た。


全て、ドゥリーヨダナが役目を果たせぬまま死んだ際の「起こり得る可能性」。

神々の祝福を受けし正義の英雄パーンダヴァが最悪の戦争を引き起こしたドゥリーヨダナを討ち、女神の苦痛を取り除いた大地で平和と繁栄をもたらす。それこそが神の望むストーリーであり、神にとってのドゥリーヨダナはその為の舞台装置でしかないのだろう。ドゥリーヨダナ達が機構や魔性に目覚めた際は、やはりパーンダヴァが百王子を討ち取っての結末なのだから、どう足掻いてもドゥリーヨダナに望まれている結末は「死」のみだ。

この先、やり直した末にパーンダヴァに勝利した所で神々はそんな結末は認めず、またやり直しをさせるのだろうと想像がついてしまう。


勝利が欲しい。揺るがぬ王位の座が欲しい。この世の全てが欲しい。しかしそれは決して手に入る事の無いものだと思い知らされる。やり直しの機会を得た事で見えた希望も所詮まやかしのもので。こんな事ならば最初の時にそのまま機構にされていればとの思いが過ぎるも、人としての矜恃だけがそれを押し止める。神々は、恐らくドゥリーヨダナが諦めたら機構や魔性化を躊躇う事なく行うだろう。それだけは決して譲ることの出来ない最期だ。


「……望み通り、派手な戦争を起こしてやろうではないか。今まで以上の、大きな戦を」


神々が戦を望むなら、起こしてやろう。

神々がパーンダヴァの勝利を望むなら、くれてやろう。

――けれど、華々しい勝利などさせてやるか。足掻いて足掻いて、正しき英雄様に、これ以上無いくらい血に塗れた玉座を与えてやろう。

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